第32話:無限在庫と、絶望する天才
「……よし、行くか」
俺はスマホをポケットに
しまおうとして、ふと手を止めた。
待てよ?
このスマホ、俺しか持ってない。
俺が指令塔になるしかないじゃん。
ミケが先行しても、
俺が画面を見ながら
「右だ、左だ」って叫ぶのか?
それじゃあ、フィリアの石板と
変わらないじゃないか。
「……全員持てば、いいのか」
俺は、ある「仕様」を思い出した。
この空間収納『揺らぎ』の、
とんでもなく便利な特性を。
「ニナ、ちょっとこれ持ってて」
俺は自分のスマホを
ニナに手渡した。
「え? はい」
「すぐ戻るから」
俺はそう言うと、
空間の裂け目を開いて、
『揺らぎ』の中へと足を踏み入れた。
次の瞬間、俺はいつもの
店に立っていた。
見慣れた風景。
携帯補充と思考してから俺がいつも
スマホを置いているテーブルを見る。
「……まあ、そりゃあるな」
そこには、
俺のスマホが鎮座していた。
さっきニナに渡したはずだ。
でも、この空間の「設定」では、
外で紛失したり壊れたりしても、
補充と考えれば戻る事になっている。
店の中の物は、
常に「この世界に来た時」の状態に
新品でリセットされるからだ。
つまり、外に持ち出したまま
俺が手ぶらで戻ってくれば、
「新品」が補充されてるってわけだ。
「よし、回収」
俺はテーブルのスマホを掴んだ。
ついでにサバゲーで愛用の
咽頭マイクも持って行こう。
これで小さな声でやり取りできる。
あと、スマートグラスか。
接続してみたら使えそうだ。
これがあれば、手が空いた状態でも
地図アプリ使えるぞ。
そのまま外へと出た。
「お待たせ」
「……え?」
「ブンペイさん、それ……」
ニナが目を丸くする。
彼女の手にはスマホがある。
そして、戻ってきた俺の手にも、
全く同じスマホがある。
「増えた……?」
「……ブンペイ?」
「今、何をした?」
フィリアが眼鏡をずり上げながら、
不審そうに見てくる。
俺はニナからスマホを受け取り、
二台まとめてサンに渡した。
マイクとスマートグラスも。
「ちょっとこれ持ってて」
「はい、次」
俺はまた『揺らぎ』に入る。
テーブルを見る。
携帯とマイク持って出る。
「はい、三台目」
「ちょ、ちょっと待て!」
フィリアが悲鳴を上げた。
「なぜ増える!?」
「質量保存の法則は!?」
「等価交換は!?」
「どこから物質を持ってきているんだ!」
「細かいことはいいんですよ」
俺はニヤニヤしながら、
作業を繰り返した。
入る、テーブルから取る。
出る。
渡す。
入る。
取る。
出る。
渡す。
単調作業だ。
でも、その度に
超高性能な通信端末が増えていく。
これ、日本でやったら
転売で大儲けできるな。
あっという間に、切り株の上に
5台のスマホと
イヤホン、スマートグラスが並んだ。
俺の分を合わせて計6台。
マイクとスマートグラスだけ
もう一回取りに行く。
「……悪魔だ」
「君は、物理法則の破壊者だ……」
フィリアが、
泡を吹いて倒れそうになっている。
彼女の作った「遠話石板」が、
カランと地面に転がった。
哀れ、石板。
生まれて数時間で、
ゴミ以下の存在になっちゃった。
「はい、みんな」
「これ持って」
俺はニナたちに
増殖したスマホとマイク
スマートグラスを配った。
「わあ、ツルツル……」
「これが、ブンペイさんの世界の……」
ニナが恐る恐る受け取る。
「使い方は簡単」
「ここ押すと地図が出る」
「ここ押すと、みんなと話せる」
「で、これに接続すると」
皆から驚きの声が聞こえてきた。
「な、何か見えてる」
「向こうが透けてる!」
「それで地図みれるし位置わかるから」
そして、咽頭マイクの説明も
「これに繋げば、うるさい場所や
小さな声でも喋れるんだよ」
設定はコピー元の俺のが
引き継がれてるから、
ペアリングも完了済みだ。
「……すごい」
「私の位置が、見えてる」
シキがグラスを見て震えている。
彼女にとっても、
これは革命的な道具だ。
「……あの」
横から、弱々しい声がした。
フィリアが俺の服を掴んでいる。
「……私のは?」
プライドも何もかも捨てた、
物乞いのような目だった。
「私の分は、ないのか?」
「研究させてくれ……」
「その、意味不明な物達を……」
「中身を分解させてくれ……」
「……あー」
俺は苦笑いして、
自分の予備として作った
6台目を彼女に渡した。
「どうぞ」
「ただし、分解したら爆発する
セキュリティかけときますからね」
「あとで返してくださいよ?」
「うおおおお!!」
「ありがとう!!」
フィリアはスマホをひったくると、
グラスとマイクも付けて
小躍りして喜び始めた。
チョロい。
この天才、本当にチョロいぞ。
「よし、これで全員繋がったな」
俺は自分のスマホで、
グループ通話を開始した。
全員のイヤホンから、
呼び出し音が鳴る。
『あー、あー。テステス』
『聞こえるか?』
『……うわっ!』
『耳からブンペイの声がする!』
サンが驚いて飛び上がった。
音質クリア。遅延なし。
完璧だ。
『小さな声でしゃべれば言いからな』
『これは敵が近くにいるとか、
煩くとも使えるように出来てるから』
『さっき教えたように眼鏡もみてみな』
『目の前に地図が……』
『これで地図やメール確認してくれ』
「それじゃあ、作戦開始だ」
「ターゲットは迷子の子供2名」
「場所は北の湿地帯」
俺は、
スマホの地図アプリを
全員の画面に同期させた。
「ミケ、先行」
「赤い点の場所までダッシュだ」
「了解!」
ミケが残像を残して消えた。
速いな。
地図があるから、
迷いなく最短ルートを走ってる。
「シキは後方から索敵」
「俺とニナたちは中央突破」
「フィリア先生は……」
俺はチラッと彼女を見た。
グラスの画面を食い入るように見つめ、
「ほう!」「なるほど!」と
ブツブツ言っている。
「……先生、戦力になります?」
「愚問だな!」
フィリアがバッと顔を上げた。
「この地図情報があれば、
長距離魔法の座標指定が
ミリ単位で可能だ!」
「私は後方から、
援護射撃を担当する!」
「私の『爆裂』を見せてやる!」
……あ、この人
火力担当だったんだ。
しかも「爆裂」とか言ってるし、
森を吹き飛ばさないか心配だ。
「じゃあ、フィリアさんは
誤射しないように気をつけて」
「行くぞ!」
俺たちは、
霧の深い森へと飛び込んだ。
視界は最悪だ。
5メートル先も見えない
乳白色の霧。
普通なら、
足元がおぼつかなくて
歩くのもやっとだろう。
方向感覚なんて、
一瞬で狂うレベルだ。
でも、今の俺たちには
「神の目」がある。
『――ミケより報告』
『ポイントA通過』
『あと300メートルで接触する』
ヘッドセットから
ミケの声がクリアに届く。
『――シキより報告』
『進行方向4時の方向』
『人間らしき声が微かにあり』
『距離100。こちらには気づいていません』
『了解、スルーしろ』
『子供の救出が最優先だ』
すごい。
まるでRPGの画面を
見ているみたいだ。
敵の位置も、味方の位置も、
全部が掌の中にある。
エルフの警備隊が
足踏みしているのが馬鹿らしくなる
スムーズな進軍。
これだよ。
俺が求めていた「安全」は。
情報こそが最強の武器だ。
「……見えた!」
先頭を走っていたミケの声。
『子供発見!』
『二人とも無事……いや』
『魔物に囲まれてる!』
俺は地図を拡大する。
赤い点が二つ(子供)。
それを取り囲むように、
黒い点が五つ(魔物)。
『ウルフ型だ』
『飛びかかられる寸前!』
「ミケ、ヘイト稼げ!」
「こっちが着くまで5秒持たせろ!」
『5秒? 余裕!』
その直後、霧の向こうで
派手な音が響いた。
「サン、ゴロネ!」
「射線確保!」
俺たちが現場に到着する。
霧が晴れた。
シキが後方から風魔法を放ち、
視界を一瞬でクリアにしたのだ。
そこには、
二人のエルフの子供を背に庇い、
五匹の巨大な狼と対峙する
ミケの姿があった。
「えいっ!」
ミケが足元にP90を連射して、
狼達を近寄らないように牽制している。
「撃て!」
俺の合図と同時。
サンとゴロネの銃が火を吹いた。
ドンッ! パンッ!
二匹の狼の頭が弾け飛ぶ。
正確無比。
ヘッドショットだ。
残るは二匹。
狼たちが、
突然の増援に怯んで後ずさる。
その隙にフィリアに座標を送る。
「フィリア先生!」
「座標、送りました!」
俺はスマホで、
狼の位置情報をフィリアに転送する。
ピンポイントの座標データだ。
『受け取った!』
『食らえ、私のストレス発散!』
『ファイア・ジャベリン!!』
後方から、
轟音と共に炎の槍が飛来した。
ズドォォォン!!
威力は凄い、二匹を消し炭に変えた。
……表面だけだったけど。
ショットガンでとどめを刺す。
そういや、この世界って
攻撃魔法が発達してないんだったよ。
離れた場所で、ショットガンが吼えた。
残った一匹をシキが仕留めたらしい。
「……制圧完了」
俺はスマホに向かって呟いた。
「怪我人なし」
「子供二名、保護」
あっけないほどの圧勝。
連携のミスなし、無駄な動きなし。
俺たちは、
震えている子供たちに駆け寄った。
「大丈夫か?」
「もう怖くないよ」
ニナが優しく抱きしめる。
子供たちは、
安心したのかワッと泣き出した。
俺はふと、
スマホの画面を見た。
『クエスト完了』
『報酬:エルフの信頼(小)』
『フィリアの好感度(極大)』
……なんか、
変な通知が出てるんですけど。
まあいいか。
この通知機能も、
神様の悪戯ってやつだろう。
霧の向こうから、
警備隊の声が聞こえてくる。
随分と遅い到着だ。
俺たちは、
呆然とする彼らが状況を理解する前に、
涼しい顔で撤収の準備を始めた。
これが、
「チーム・ブンペイ」の
鮮烈なデビュー戦だった。




