第27話:変わり者のエルフと、禁忌の科学談義
「測定の間」を出ると、
外は相変わらずの静寂だった。
でも、なんとなく
さっきより空気が軽い気がする。
俺が屁理屈で
長老を黙らせたせいかな?
「……ブンペイさん」
「大丈夫でしたか?」
ニナが心配そうに聞いてくる。
水晶を割っちゃったことを
気にしてるみたいだ。
「平気平気」
「あっちも文句言わなかったし、
まあ、経年劣化ってことで」
俺は軽口を叩いて、
リュックを背負い直した。
早く宿を探さないとな。
さすがに野宿は疲れるし、
エルフの飯も気になるしな。
野菜ばっかりかな?
肉、あるといいなあ。
そんなことを考えながら、
巨木の根元に広がる道を
歩き出そうとした時だった。
「――待て」
後ろから、声がかかった。
門番の透き通るような声じゃない。
もっと低くて、
少しハスキーな声。
振り返ると、
一人のエルフが立っている。
妙齢の女性だ。
でも、さっきの門番たちとは
明らかに雰囲気が違うな。
まず、髪がボサボサ。
綺麗な銀髪に寝癖がついてるし、
なんか葉っぱとか絡まってるよ。
服も、緑のローブなんだけど、
あちこち墨で汚れてるし、
ボタンのかけ違いをしてる。
目の下にはクマがある。
眼鏡……じゃなくて、
片目だけのゴーグルみたいなのを
額にずり上げている。
「……君か」
「水晶を叩き割った、
無礼な人間というのは」
彼女は、早口でまくし立てながら、
目の前までズカズカと歩み寄ってきた。
この人距離感おかしいよ。
近い、近いって。
「えっと、俺ですけど」
「弁償なら払いませんよ?」
俺が一歩下がると、
彼女はさらに一歩詰めてくる。
鼻先が触れそうな距離で、
俺の目をじっと覗き込んできた。
瞳の色が、妙に深い。
好奇心だけでギラギラ光ってる、
危ない科学者の目だ。
「弁償? どうでもいい」
「そんなことより、君」
「さっきの話、本当か?」
「……え?」
「『分子』の話だ」
「それと『座標』」
「あと『酸素』とやら」
彼女は周囲をキョロキョロと見回し、
誰もいないことを確認すると、
声を潜めて言った。
「あれは、出鱈目じゃないな?」
「君には、理屈が見えている」
……おっと。
話が通じるのが出てきちゃったぞ。
長老たちは「精霊への冒涜だ」って
思考停止してたけど、
この人は違うみたいだ。
「出鱈目じゃないですよ」
「俺の国じゃ、常識です」
俺が答えると、
彼女は口元を歪めてニヤリと笑った。
美しい顔立ちなんだけど、
笑い方がマッドサイエンティストだわ。
「面白い」
「実に興味深いサンプルだ」
「君たち、宿はまだだろう?」
「私の研究室に来たまえ」
「拒否権はない。来るんだ」
彼女は俺の腕を掴むと、
ものすごい力で引っ張っていった。
見た目より力強いな!
「ちょ、待って!」
「みんなもいるんで!」
ニナたちが慌ててついてくる。
ミケは「変な奴に捕まった」って顔で
あくびをしていた。
案内されたのは、
街のメインストリートから外れた、
うっそうとした枝の上の小屋だった。
「研究室」って言ってたけど、
どう見ても「ゴミ屋敷」一歩手前だ。
本、本、本。
羊皮紙の束、謎の鉱石、
干からびた植物、変な色の液体。
足の踏み場もない。
「適当に座れ」
「そこにあるのは失敗作の爆薬だから
触るなよ」
「……座れねえよ!」
俺は心の中でツッコミを入れた。
サンが興味津々で爆薬を見ようとするのを、
慌てて止める。
彼女は奥から椅子を引っ張り出し、
俺に向き合って座った。
「私は、フィリア」
「この街で、魔法の理を研究している」
「周りからは変人扱いだがな」
「俺はブンペイです」
「こっちは家族の……」
「名前など後でいい。今は知識だ」
フィリアは、
机の上に紙とペンを広げた。
「さて、ブンペイ」
「先ほどの『肺に水を出す』話だが」
空気が、ピリッと変わる。
彼女の目が、真剣そのものになった。
「あれは、忘れるんだ」
「……え?」
「この街の連中に、
あれを広めるなと言っている」
「長老たちは理解できなかった」
「『残酷な妄想だ』と切り捨てた」
「だが、私は分かった」
「あれは妄想ではない」
「理論上、可能な『殺人術』だ」
フィリアは、
自分の喉元を指差した。
「肺胞に水を満たす」
「脳血管に熱を与える」
「座標指定さえ確立できれば、
防御不可能な処刑になる」
「あんなものが広まってみろ」
「この街の秩序は崩壊する」
「子供の喧嘩で死人が出るぞ」
俺は、少し驚いた。
まともだわ、見た目は変人だけど。
言ってることはすごくまともだ。
「……そうですね」
「俺も、使う気はないですよ」
「ただの例え話です」
「嘘をつけ」
「君の目は、使えると確信していた」
フィリアはため息をつく。
「だから、私が封印する」
「あの理論は、この部屋から出すな」
「長老たちの耳に入れば、
君たちは危険分子として
消されるかもしれない」
「……マジですか」
「あいつらは、
自分たちの理解を超えるものを
何より恐れるからな」
フィリアは、
ニヤリと笑って身を乗り出した。
「だがな」
「危険なのは『応用』の部分だけだ」
「私が知りたいのは、
その根底にある『理屈』だ」
彼女の目が輝き出す。
「なぜ、物は下に落ちる?」
「君は『重力』という言葉を
呟いていたな」
「精霊が引っ張っているのではないのか?」
「燃焼とはなんだ?」
「酸素とは、空気の中に混ざっている
見えない粒なのか?」
「分子とは?」
「世界は、小さな粒の集まりなのか?」
矢継ぎ早の質問だ。
まるで、新しいおもちゃを見つけた
子供みたいだな。
俺は、ちょっと嬉しくなった。
この世界に来て、初めてかもしれない。
「科学の話」ができる相手なんて。
俺の大学の友達や教授たちは、
みんなこんな感じだった。
徹夜で実験して、目の下にクマ作って
でも目はキラキラしてて。
「……いいですよ」
「教えましょうか、俺の知ってること」
「本当か!」
フィリアがガタッと立ち上がる。
「その代わり、条件があります」
「なんだ? 金か? 魔石か?」
「情報です」
「俺たちも、この世界のことを
もっと知りたい」
「特に……」
俺はチラッとニナたちを見た。
「感情をコントロールする方法」
「精神に干渉する魔法について、
教えてほしいんです」
フィリアは、
キョトンとしてから、大笑いした。
「なんだ、そんなことか!」
「精神魔法など、
エルフなら子供でも知っている」
「心を平穏に保つための、
基礎中の基礎だぞ」
「でも、俺たちには必要なんです」
「いいだろう!」
「君が『重力』と『分子』を語るなら、
私は『精神』と『構造』を教えよう」
「交渉成立だな」
俺たちは、
ごちゃごちゃの机の上で握手をした。
フィリアの手は、インクで汚れていて
そして温かかった。
「さて、まずはどっちからだ?」
「リンゴが落ちる理由か、
それとも火が燃える仕組みか」
俺は苦笑いしながら、
羊皮紙に図を描き始めた。
「じゃあ、万有引力の話から」
「まず、全ての質量を持つ物体は、
引き合う力を持ってるんですよ」
「……ふむ」
「星と星が引き合う、だと?」
「ロマンチックだが、数式はあるのか?」
「ありますよ」
「F = G Mm/r^2 です」
「なんだその美しい式は!!」
フィリアが絶叫する。
後ろで、ミケが「うるさい」と耳を塞ぐ。
シキは、俺が書いた数式を
食い入るように見つめている。
夜が更けていく。
リェンの静かな夜に、
俺たちの話し声だけが響いていた。
「異世界での学会」ってやつかな。
悪くない。
いや、むしろ凄く楽しいかも。
この出会いが、俺達に「最強の盾」と
「最悪の矛」の両方を与えるなんて。
この時の俺は、
まだ知る由もなかった。




