第20話:夜の反省と、それでも選ぶこと
揺らぎに戻ると、外の音が嘘みたいに消えた。
フロウムの喧騒が、扉で切り取られた感じだ。
「……静かだなあ」
誰に言うでもなく呟いてみた。
皆、今日はそれぞれ疲れたんだろう。
物音は少なく、寝息が微かに聞こえる。
俺は椅子に腰掛けて、深く息を吐いた。
今日一日を、頭の中でなぞってみる。
初めての街、初めての買い物。
初めて、自分の金を持った顔。
サンが肉串を食べてた時の、あの顔。
ゴロネが鏡の前で、首を傾げてたこと。
ミケが泡を追いかけて、笑ってたこと。
――ああ。
俺は、少しだけ笑ってしまう。
「……普通だ」
あまりにも、普通だったんだ。
奴隷だったとか、救われたとか、
そんな言葉ではない、ごく普通の一日。
でも。
その「普通」を、
俺は軽く考えちゃいけないんだろうな。
今日、街には獣人が普通にいた。
商売して、笑って、文句を言って。
自分達でしっかり立っていた。
どこにも鎖なんて見なかった。
――じゃあ、みんなは?
俺のところにいる、この五人は?
誰もいないのに、声に出してしまう。
「……俺はさ」
「飼ってるつもりは、なかったんだよ」
施してるつもりも、
助けてやってるつもりも、なかった。
ただ一緒にいて、
危ない目に遭わせたくなくて、
飯と寝る場所を用意してただけだ。
でも、フロウムでは、
獣人も自分の足でしっかり立てていた。
俺はしてたのは自己満足なのか。
彼女達は自分で立つべきなのか。
そんな考えもずっと胸にある。
でも、指輪を渡した瞬間に、
俺は、彼女達に一歩踏み出した。
あれは冗談じゃない、勢いでもない。
「……結婚、かあ」
言葉にすると、妙に生々しいな。
全員分の指輪を買った時点で、
もう誤魔化しは効かない。
……彼女すら、いたことなかったのに。
いきなり嫁さん四人と、予約一人かあ。
どうしてこうなったのやら。
ふと、視線を感じて顔を上げる。
ニナだった。
寝室の入り口に立って、
少し迷ってから、こっちを見ている。
「……起こしましたか?」
「いや、起きてたよ」
少し間が空く。
ニナは、ゆっくり近づいてきて、
俺の向かいに腰を下ろした。
「……今日のこと」
切り出したのは、彼女だった。
「指輪、ありがとうございました」
「……うん」
それ以上、すぐに言葉が出ない。
ニナは、指に嵌った指輪を見つめる。
「受け取って、嬉しかったです」
「でも、私は」
ニナは、ぎゅっと指を握る。
「まだ、ちゃんと伝えていません」
「私の気持ちです」
ニナは一度、目を閉じてから、
はっきり言った。
「私はあの子を忘れられません」
「でも、貴方と一緒に生きたいんです」
「……ニナ」
沈黙が落ちる。
揺らぎの中は、静かだ。
俺は、改めて思う。
もう、戻れない、いや、戻らない。
独りで、気楽に、
誰にも期待されずに生きる場所には。
でも、後悔はしていない、しない。
「なあ、ニナ」
俺は言う。
「明日、子供の墓にいこうか」
ニナは、顔を上げる。
「……はい」
「二人で結婚の報告に行こう」
「実はあの子の名前も考えてたんだ」
「名前……、ですか?」
「うん。あの子を思い出すときに
名前あった方が良いなって」
「だって、あの子はちゃんといて」
「俺やニナの中にいる」
「だから、名前をあの子にあげたいんだ」
「どうだろうか?」
ニナの目に涙が溜り、溢れてくる。
「なまえは『ルナ』でどう?」
星の名だと言うとニナは喜んだ。
「一緒に生きてくれて嬉しいよ」
ニナは、少しだけ笑った。
揺らぎの外で、
夜が静かに進んでいる。
正解は、まだ分からないけど。
でも、俺はもう逃げない。
それだけは、決めた。




