第19話:フロウムの街と、はじめての買い物
フロウムのそばで、揺らぎから出た。
何事もなく門をくぐった瞬間、
活気に満ちた喧騒が押し寄せた。
「……うわあ」
思わず、皆から声が出る。
大岩村と比べ、音と匂いが多いからな。
人の声、笑い声、呼び込み、金属音。
焼いた肉の匂い、甘い菓子の匂い、
汗と土と革の匂い、そして生命の匂い。
揺らぎに慣れすぎてたせいで、
一瞬クラクラしそうになる。
後ろを見ると、皆も同じというか、
初めて見る街は、刺激的だったようだ。
ニナは背筋を伸ばして、
必死に平静を装っている。
でも、キョロキョロと目が忙しい。
サンは周りの匂いが気になるようだ。
肉串の匂いを嗅いで鳴った腹の音を、
誤魔化すみたいに口を閉じてるよ。
ゴロネは完全に観光客だなあ。
首を左右に振って見回しては、
「すごーい!」
を連発している。
ミケは――
「ねえブンペイ! あれなに!」
「あっちは音がする!」
「この匂い、食べ物!」
興味のある物に一直線だった。
「こら、勝手に走るな!」
「走ってない、歩いてる!」
嘘つけ、ほぼ跳ねてるだろ。
シキだけが、少し遅れて歩いていた。
目じゃなく、耳で街を見てる感じだ。
俺は一度、立ち止まる。
「なあ、みんな」
全員がこっちを見る。
「今日は訓練じゃないし、仕事でもない」
「街を見て慣れる日だからな」
少し間を置いてから、続ける。
「……でね」
ポケットから、銅貨と銀貨を出す。
「皆にお小遣いを渡します」
一瞬、空気が止まった。
「お小遣いって何?」
サンが最初に声を出す。
「これは、それぞれのお金なの」
「好きな物を買っていいんだよ」
全員の顔が、同時に固まった。
「……いいんですか?」
ニナが聞く。
「うん、いいよ」
「使い切っても、残しておいてもいい」
「命令、では?」
「違うよ。それぞれで決めるんだ」
その言葉に、
全員が少しだけ息を飲んだように見える。
サンは串焼きの屋台を見て、
それから自分の手の中の銅貨を見る。
「……買って、いいんですね」
「いい」
次の瞬間、
サンはほとんど駆け足で屋台に向かった。
「すみません! これと、これと、これ!」
肉の串、肉の串、肉の串。
受け取った瞬間、
泣きそうな顔で一口かじる。
「……おいしい」
その一言が、やけに重かった。
ゴロネは服とアクセサリーの露店だ。
吸い込まれたように向かう。
「これ可愛い! え、これも!」
「ブンペイさん、これどう思う?」
「ゴロネに似合うと思うよ」
「じゃあこれ買う!」
即決だな、ゴロネらしい。
ミケはというと――
「これ、なんか嫌な感じでカッコいい」
「多分、呪い系だからやめときなさい」
「じゃあこれ!」
泡の出る水かあ。
シャボン玉だね。
不思議とミケに似合いそうだ。
ぶくっと泡が出た瞬間、
ミケの目が輝いた。
「すごい!消えた!また出た!」
完全にツボに入ってる。
シキは少し離れた店の前で止まった。
古い冊子と、小さな香水瓶。
匂いを確かめて、静かにそれを選ぶ。
「……記録と、匂い」
「今日を忘れないためです」
なるほど、シキらしい。
ニナだけは、何も買わなかった。
手の中の銅貨を見て、
それから服の内にしまう。
「……今回は、貯めます」
「欲しいもの、ない?」
「あります」
「でも、今じゃない」
個性がでるなと思っていると、
獣人の店主がやっている露店があった。
シンプルな指輪がある。
装飾も宝石もないが素敵だな。
ニナに差し出す。
「……え?」
「これは、俺からね」
「まあ、無理に付けなくてもいい」
ニナが戸惑っていると、
何かを嗅ぎつけた皆が集まってきた。
「……あ」
やっちまった。
「えー、ニナだけなのブンペイさん?」
ゴロネがにやにやして言う。
「……全員分、買う」
結局、五つ買った。
サンが、ぽつりと言う。
「前に見た映画で」
「指輪は、結婚の証って言ってました」
「え」
「薬指につけてましたね」
全員、無言で俺を見る。
「……そうだよな」
「そういう意味に思ってくれて良いよ」
「私、とっても嬉しいです」
サンが言う。
ゴロネも、シキも、ニナも、静かに頷いた。
俺は一人ずつ、
言葉を選びながら指輪を渡した。
ミケだけは腕輪を選んだ。
「ミケは、これ」
「指輪じゃなくていいの?」
「うん」
「いつか大人になったら、指輪もほしい」
「……約束するよ」
「頑張って大人になる」
ミケは満足そうに腕輪を付けた。
その時、シキが小さく言った。
「……ねえ」
「どうしたの?」
「さっき、路地で」
「子供が消えたって話、聞きました」
空気が、少しだけ変わる。
「攫われたみたいです」
「森の方、って」
ニナが唇を噛む。
サンが串を握りしめる。
ゴロネが笑顔を消す。
ミケが泡を止めた。
俺は、深く息を吸った。
「……今日は、ここまでな」
「明日、考えよう」
誰も反対しなかった。
それぞれ、
初めての買い物袋を抱えたまま。
街はまだ、賑やかだった。
でも俺たちは、
もう、ただの見物客じゃなかった。
――次は、生き方を選ぶ番だ。
そう思いながら、
俺はフロウムの空を見上げた。




