閑話:踏み出す次の一歩
朝が来たのは、分かっていた。
でも、起き上がる気になれなかった。
天井は、昨日と同じ。
なのに、胸の奥だけが落ち着かない。
……分かってた。
こうなるって、どこかで。
ブンペイは、何も約束していない。
誰かを、私を選ぶなんて、言ってない。
私だって、それは分かっている。
それなのに、胸が痛い。
昨日の夜のことを、
考えないようにしても、浮かんでくる。
シキがブンペイの部屋に入っていく。
静かな声で、理屈を話していたこと。
そして、同じ部屋で夜を過ごしたこと。
気づかないほど、鈍くはなかった。
「……馬鹿みたい」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
私は、泣いていい自由をもらった。
子供のことを、思っていいと言われた。
泣いていい、それも自由だと。
気がついたら泣いていた。
あの子の事で、初めて涙が出た。
死んだことを、受け入れられた。
なのに。
そのあと、私は何もしなかった。
好きだとも言わなかった。
そばにいたいとも言えなかった。
考えて、考えて、
正しい言葉を探しているうちに、
夜が終わっていた。
……自由って、そういうことなのに。
自分で選ばなきゃいけない。
間違えても、責任を取らなきゃいけない。
分かっているはずだった。
私は、頭が悪いわけじゃない。
理解もできる、理屈も追える。
でも、心がついていかなかった。
「……私は、何をしてるんだろ」
シキの言葉が、刺さる。
――惚れた男と寝て、何が悪いの?
正しい。
あまりにも、正しい。
私は、何を恐れていたんだろう。
また失うこと?
拒絶されること?
それとも、選んだ結果を背負うこと?
分からない。
でも、シキは違った。
与えられた自由を毒だと言って、
それでも舐めたと、はっきり言った。
尊厳を捨てて生きるか。
尊厳を守って死ぬか、
彼女は、はっきりと選んだ。
……私は?
私は、泣いていいと言われて、泣いて、
それで満足してしまったのかもしれない。
子供を失った悲しみは、確かに本物だ。
でも、それに隠れて、欲から目を逸らした。
私は好きがよくわからない。
でも、彼といると暖かいのはわかる。
これが、好きって気持ちなら嬉しいな。
奴隷では持てなかった気持ちだから。
優しいから?
安全だから?
守ってくれるから?
……違う。
いや、違わないな。
それも考えの中にある、浅ましい女だ。
でも今までの『ご主人様』と違うのは、
一緒に居たい、話したい、抱かれたい。
そう思えたのに、私はまだ選んでない。
考えすぎて、
言葉にする前に、自分で否定していただけだ。
扉の向こうから、声がする。
ミケの、のんきな声。
サンの、少し戸惑った声。
ゴロネの、笑い声。
世界は、ちゃんと動いている。
私だけが、立ち止まっている。
「……自由って」
小さく呟く。
自由は、優しくない。
答えをくれない、待ってもくれない。
でも。
選ばないままいるのは、
自由じゃない。
ただの、逃げだ。
私は、布団の中で目を閉じる。
まだ、何をするかは決められない。
でも、置いていかれるのは嫌だ。
次に口を開くときは、
ちゃんと、自分の言葉で話そう。
それが、
泣いていい理由をもらった私の、
次の一歩だ。




