第14話:フロウムという街
門をくぐった瞬間に、
空気が、ちょっと変わったな。
清潔って訳じゃないけどね。
でも、この匂い。
これが街だよな。
パンの匂い。
汗の匂い。
革と土の匂い。
「うん、生きてるって感じだな、この街」
思わずそんなことを考える。
ガルドって、金と欲が前に出てた。
ここは、生活が前に出てる感じだな。
通りは石畳だ。
端のほうは土のままだけどね。
でも、ちゃんと排水溝が切ってある。
これ、地味に大事だよな。
屋台が並んでいて、客は笑顔だ。
人が警戒もせずに普通に歩いている。
獣人もいる。
耳も尻尾も、そのまま出してる。
隠してないっていうよりも、
「隠さなくていい」って空気だな。
それだけで、ちょっと驚いてる。
「……へえ」
感動ってほどじゃない。
でも、違和感はあるな、いい意味で。
子供が走って、怒られて、
でも逃げて笑ってる。
獣人の子も、人間の子も、混ざってる。
「普通だなあ……」
自然と口から出た。
昨日、会った隊商に感じた「普通」とは違う。
こっちは、街としての普通なんだよな。
俺は露店を冷やかしながら歩く。
鍛冶屋。
革屋。
布屋。
刃物は、まあまあって感じだな。
地球産には性能も見た目も敵わないな。
あと針が高い、糸も良くないな。
「あー、これは売れるな」
頭の中で、自然と計算してる。
塩はここも高いなあ。
こりゃ昔の地球も、どこも同じだな。
為政者の専売だろうな、気を付けよう。
その代わり、街に紙があるよ。
粗いけど、ちゃんと紙だな。
しかも、本っぽい冊子まで積んである。
「文字が街でちゃんと使われてる」
これ、結構凄い事だよ。
地球は識字率が20%超えは18世紀で
庶民向けの本も、そのくらいだろ。
掲示板もあった。
税の話に市場の規則、衛兵への通報口。
ガルドの掲示板は、脅し文句が多かった。
こっちは違うんだな。
「やるな」じゃなくて「こうしなさい」
同じ管理でも、空気が違うわ。
俺は一度、息を吐く。
まだ信用は出来ないけどな。
でも、嫌いじゃないと思える。
腹が減ったな。
屋台で串肉を一本買ってみた。
銅貨一枚、量は少ないけどいい味だ。
「うん。これ、普通に旨いなあ」
食べると、残ってた嫌悪感が、
少しは引いていく気がする。
消えたわけじゃないんだけど。
でも、何か剥がれていく気はする。
街の音や人の声、子供達の笑い声。
鍛冶屋の炭の匂いに、屋台の匂い。
それが、嫌悪の層を剥がしていくんだ。
それで嫌悪の感情が軽くなる。
俺が抱えられる重さになっていった。
俺は、裏通りにも行ってみる。
表は良い街だよな。
でも、裏は腐った匂いなのかなと。
酒の匂いと湿った土。
ちょっとだけ、腐りかけかも。
でも、ガルドほどじゃないな。
人間が住むなら、ちょっと腐ってないと、
綺麗過ぎたら、逆に住みづらいよなあ。
壁にもたれる男たち。
女が腕を引く。
ああ、ちゃんといるな、こういうのも。
俺は目を合わせずに通り過ぎる。
今は、関わらないで見ただけ。
……まあ、そのうち俺も来よう。
表通りに戻り、広場の側に歩いていく。
そこに、小さいが洒落た建物があった。
表には青銅のプレートが下がっている。
――商人組合。
「お、ここかな?」
ここは、この街の背骨なんだろうな。
露店の許可取りたかったし丁度いいな。
中に入ると、受付の女が顔を上げた。
人間で、表情は柔らかい笑顔だ。
ガルドの役人みたいに、
「何だお前」って顔じゃないのが嬉しいわ。
「ご用件は?」
「新規の行商なんです」
「場所を借りたくて来ました」
紙が出されて、淡々と説明される。
手数料に場所代。
いやあ、分かりやすいなあ。
しかも、賄賂が挟まらないんだもの。
地球の途上国より余程マトモだわ。
俺は感心しながら、素直に払う。
こういうのばっかだと楽なんだけどな。
「お名前は?」
「……ブンペイです」
「ご出身は?」
一瞬、どうしようか考える。
嘘はつかない、でも全部は言えないよね。
「遠いとこから来ました」
女は小さくため息をついた。
「その答え、多いんですよね」
「そうでしょうねえ」
思わず苦笑する。
俺以外でも、行商をする人間なんて、
訳ありの人が多いだろうしなあ。
登録が終わって、札を一枚渡された。
これで市場に立てるらしいな。
外に出ると、空が赤くなっていた。
今日は宿を取ろう。
この世界の宿を見てみたいしな。
宿は混んでた。
隊商が多いみたいだ。
一人部屋、銅で20枚。
安いな、昔行った西成の宿みたいだ。
部屋に入って、荷物を下ろす。
二畳くらいしかないし、壁は薄い。
まあ、揺らぎに戻るだけだし十分だよな。
固いベッドに座って、手を見る。
今朝、銃を握って人を殺した手だ。
少しだけ、気持ち悪さが戻る。
「……そりゃ、やっぱ来るよな」
だけど、これを捨てたら、
また感情が薄くなる気がするしな。
布団に倒れて、目を閉じる。
最後に浮かんだのは、
揺らぎの事務所だった。
じっと見てくるミケの目。
ニナの、ちょっと困った顔。
「あいつら、飯食ってるかな」
独り言みたいに呟いて、
俺はそのまま眠りに落ちた。




