第10話:朝七時と墓と拾い物達
揺らぎの中は、相変わらず静かだ。
音がないってわけじゃない。
空気が、音を飲み込んでいるみたいだ。
五人は、店の入口近くに固まったまま。
身体は完全に戻っているようだな。
息も、顔色も、脈も。
身体も服の汚れもリセットされてる。
揺らぎに触れた瞬間、全部一気に整った。
それでも動かない。
いや、動けないんだろうなあ。
「……まあ、そうかあ」
俺は頭を掻いて、ため息をつく。
身体が治っても、この自由って状況が
理解できないんだろうな。
昨日、いや今日の昼までは「奴隷」で、
“考えなくていい存在”だった。
命令を待つ、勝手に動くな、考えるな。
それが生き方だったわけだ。
それが「今から自由だぞ」って無理かぁ…
フリーズするに決まってるな。
俺は簡単な食事を作った。
パン、スープ、ソーセージにポテト。
豪華じゃないが、腹は満たせる。
「喰っていいよ」
「誰も怒らない」
「毒も入ってないよ?」
言葉を足しても、変えても
誰も手を伸ばさない。
視線が俺を追う、判断を仰ぐ目だ。
……あー、これは時間かかるわ。
「じゃあ、ルール決めようか」
俺は床に腰を下ろした。
上から見下ろすのはやめる。
「まず、ここでは殴られない」
「勝手に動いても殺されない」
「飯は喰っていい。寝ていい」
「働けとは言わない」
それでも動かない。
俺は肩をすくめた。
「まあ、今すぐじゃなくていいよ」
「今日は、飯食って休めばいいからね」
そう言って、寝具を出して床に並べた。
その時だった。
一番小柄な獣人が、恐る恐る動いた。
猫っぽい耳の女の子だ。
年は……十代前半くらいかな。
可愛いな。
ケモ耳で猫耳、最強だろ。
一歩。
二歩。
俺を見る。
怒られないか確認する目。
「食べていいよ」
俺はスープを渡した。
彼女は震える手で器を取って、
一口飲んだ。
……そこで、ようやく他も動いた。
遅れて、ぎこちなく。
まるで氷が溶けるみたいに。
俺は背もたれに寄りかかる。
「ふう」
とりあえず、今日はこれでいい。
翌朝七時。
今日は、外に出ない。
揺らぎの中で迎える。
感情が、すっと均される。
消えるわけじゃない。
角が取れて、平らになる。
昨日の怒りも、嫌悪も、悲しみも、
全部、奥に沈む。
「……便利だなあ、ほんと」
俺は苦笑した。
だからって、昨日やったことを
別に忘れはしない、記憶は別枠だ。
俺は森へ出た。
外の空気は、少しだけ重い気がする。
湿気と土と、生命が満ちてる
俺は、森の一角を選ぶ。
スコップを出して、穴を掘る。
一つじゃない。
死んだ奴隷たち、そしてあの子。
名前は知らない、でも覚えてる。
昨日、手を振ってくれた。
それだけで十分だ。
土を戻し、花の種を埋める。
咲くかどうかは知らない。
「……以上」
祈りも、説教もない。
これで終わりだ。
空が青くて何だかムカついた。
午後。
五人は、少し慣れてきたようだ。
視線が、前より下がらない。
一人が、恐る恐る聞いてきた。
「……あの、私たちは」
「ここに居ても良いよ」
「俺は、君たちを拾っただけなんだ」
「だから、主人として飼う気はないよ」
「売らない、殴らない、使わない」
一拍置いて言う。
「逃げたけりゃ逃げてもいい」
「止めないし、追わないよ」
彼女は理解できたか分からない顔で、
それでも、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
その言葉に、胸が少しだけ動く。
でも、今はそれでいい。
夜。
ソファに座って、天井を見る。
ここは静かで安全だ。
なのに心臓が、存在を主張する。
ドクン、ドクンと。
嫌な感じも、少し残ってる。
人を殺したあの独特の後味。
でも、完全に沈んでない。
まだ感じられる。
「こりゃ悪くないよな?」
俺は小さく呟いた。
記憶で感情が少しは揺れていくみたいだ。
でも、それに飲まれない。
冷静で、それでいてキチンと人間だ。
「……ほんと、すげえチートだわ」
次は、もっと上手くやれるだろ。
感情も、判断も、選択もミスらない。
俺は立ち上がる。
明日もやることは多いな。
生きてる奴らの明日を、少しずつ作ろう。
それだけだ、俺は笑った。
「次は、もっと上手くやろう」
翌日。
五人は、まだ互いに距離を測っている。
視線は俺と、そして揺らぎの境界。
ここにいれば安全、それは分かってきた。
でも、安全な場所に長くいたことがない。
だからそれが良い事か理解してない
「……あのさ」
俺はコーヒーを淹れながら言う。
「ここ、檻じゃないからな」
「鍵も無いし、首輪も無いし」
返事はない。
でも、さっきより背中が丸くない。
「逃げるなら森かな」
「街はおすすめしないな」
「理由は、…捕まって奴隷になるから」
一人が、小さく頷いた。
理解はしてないが、聞いてはいる。
俺はマグを置いて、続ける。
「今日も仕事は特にないよ」
「寝るか、食うか、ぼーっとしいて」
「仕事は?」
別の獣人が、かすれた声で聞いた。
「あー……今は無いかな」
「必要になったら頼むから宜しく」
「いやな仕事は断っていいから」
その言葉に、一瞬空気が揺れた。
「断っていい」
多分、生まれて初めて聞いた言葉だ。
俺はそれ以上、触れない。
理解させようとすると、説教になる。
今日はここまで。
夜。
揺らぎの中でも、星は見える。
俺は机に座って、今の状況を整理する。
村長たちはもういない。
村は多分、もう駄目だ。
でも、俺が気にする事じゃない。
拾ったのは五人。
死んだのは、もう戻らない。
揺らぎは万能じゃない。
それも確認できた。
「……十分だな」
ノートに簡単なメモを書く。
・仮死状態なら修復可
・完全停止は不可
・判断は境界側
・俺の意思は関係なし
感情は、今は沈静されてる。
七時を揺らぎ内で迎えた結果だ。
でも、完全な無感情じゃない。
昨日の映像は、ちゃんと残ってる。
“嫌だったな、悔しかったな”
その程度だ。
でも、今はそれでいいんだ。
俺はノートを閉じた。
翌日。
森に出て、簡単な小屋を作る。
店に展示されてた、木造の物置小屋だ。
五人は遠巻きに見ているだけ。
言われるまで、手伝おうとはしない。
「自分で決める」
その回路が、まだ無い。
だったら、“見て覚える”ところからだ。
俺は釘を打ちながら、言う。
「これは家、俺のじゃない」
「君らの家、自由に使える家だ」
反応は薄い。
でも、視線は小屋に向いている。
夜になり、二人が小屋で寝たようだ。
一歩だ。
十分。
この五人を助けたのは、
善意でも正義でもない。
捨てたと言った、だから拾っただけ。
でも、それでいいだろ。
世界はもっと雑にできてる。
そもそも、この世界って捨てられてるし。
俺が、全部背負う必要もない。
背負う気も無い。
勢いで拾っちゃった。
だから面倒は見なきゃ。
それだけなんだよ。




