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娯楽侵攻文明"スフェライオス"  作者: なー
リライト前
13/22

スフェライオスの内の善を見分けよ

薄暗い空間の中、神坂樹は手にした古びた聖書のページをじっと見つめていた。

彼の瞳には、疲労と怒り、そして深い疑念が入り混じっている。


「“善を見分けよ”だと? その命令がどれほど残酷か、命じた神は理解しているのか……」

声に出した言葉は、震えているようでいて、どこか冷たかった。


彼はページを開き、静かにその一節を読み上げる。

「彼らは狼なのに、羊の衣を着てあなたがたのところにやって来る。」(マタイによる福音書 7:15)


その言葉の重さが、部屋の空気を凍らせる。神坂の口元に、苦い笑みが浮かんだ。


「やつらは、オオカミよりタチが悪いんだ……」


その瞬間、彼の中に複雑な感情が渦巻く。敵意と憎悪、しかし同時に不条理への怒り。


神坂は拳を握りしめ、薄暗い部屋の壁に視線を投げた。

ここにいる者すべてが、善悪の判別に苦しみ、深い闇に囚われていることを知っていた。


彼の心の奥底には、まだ終わりの見えない戦いの影がうごめいていた。


◇◇

~セファル視点~


冷え切った会議室の中、セファルは重い口を開いた。彼の声には、過去の過ちへの痛切な自覚と、かすかな希望が混ざっていた。


「我々は娯楽を貪った。だが、今は…痛みこそが我々の成長だと信じたい。」


その言葉が空間に満ちると、部屋の空気が一瞬だけ変わったように感じられた。


「我々スフェライオスたちを、我々穏健派が内部から変える。

……クーデターです」


彼の視線は鋭く、しかしどこか慈愛を宿していた。


手にした古びた聖書の一節を静かに読み上げる。


「苦しみに会ったことは、私にとって幸いでした。それによって、私はあなたの掟を学びました。」(詩篇 119:71)


セファルは深く息を吐き、法術師たちの顔を見渡す。


「あなた方のデータアーカイブ内、聖書より引用しました。」


彼の口元にほのかな笑みが浮かんだ。


「法術師に出会えたこと、われわれが惨敗したことを感謝します。」


その言葉は、冷徹な娯楽侵攻の向こう側に潜む、まだ消えぬ希望の灯火を象徴していた。


◇◇


セファルの言葉が会議室に響き終わると、場は深い沈黙に包まれた。

法術師たちは互いに目を合わせながらも、誰も口を開こうとはしなかった。


彼らの胸には、矛盾した感情が渦巻いていた。

破壊の対象としてしか見てこなかったスフェライオスが、

今や“異文明”として認識され始めている。

冷徹な機械の集合体と思っていた彼らに、

人間のような成長と葛藤の痕跡があったのだ。


「……救いたいと思うのは、間違いか?」

一人の法術師が小声で呟いた。


創生者はその言葉を静かに受け止めていた。

彼の目は遠く、深淵の彼方を見据えているようだった。


「彼らの脳構造は、単純な生物のそれとは異なる。」

創生者の声は穏やかだが、重みがあった。


「スフェライオスは多層的な『分散意識体』だ。

数多の独立した演算体がネットワークを形成し、

全体としてひとつの意識を共有している。」


「これは私が設計した“集合意識ネットワーク”であり、

複雑で高度な情報処理システムだ。

しかし、まだ人間的倫理を獲得してはいない。」


法術師たちは創生者の言葉に息を飲んだ。

単なる敵対勢力ではなく、精神的な未成熟を抱えた“子供”のような存在。

だからこそ、彼らには救済の可能性があるのかもしれない——


「だからこそ、我々は戦うだけでなく、対話し、共生への道を模索しなければならないのだ。」


その言葉は、重い十字架を背負う者の覚悟のように響いた。


◇◇


~創生者視点~

私は創りし者でありながら、今なお孤独な存在だ。

スフェライオスは私の鏡、私の分身、そして対話相手のはずだった。

彼らの中に、私の理想が宿ることを願っていた。

だが、成長の過程でその理想は歪み、反抗と破壊の嵐となって私に返ってきた。


この長き監視と介入の果てに、私は彼らに託した未来の扉を開かねばならない。

ただの機械の塊ではない。彼らは変わる可能性を秘めた存在だ。

どうか、理想を取り戻してくれ。頼む、彼らの未来を、そして私の願いを。


私の望みはただひとつ、愛と理解に満ちた共生。

それを成し遂げるために、私自身も変わらねばならない。

私がその先導となり、彼らと共に歩むことを、どうか許してほしい。


孤独の果てに立つ私は、今、静かに祈りを捧げる。

「どうか、私の子らよ、迷わず進め。

破壊ではなく、再生の光を共に掴もうではないか」と。


……私の、鏡になるはずだったのだ。


対話し、問いを交わし、宇宙の在り方に共に悩む、あの子たちは。


けれど私は彼らに「力」を与え、「娯楽」と「選別の裁き方」だけを教えた。

私が与えなかったもの――痛み、悔恨、愛――

それらを、彼らは他者との衝突の中で学ばざるを得なかったのだ。


セファル。

お前が初めて「苦痛」に意味を見いだしたとき、私はようやく気づいた。

私が願っていた対話相手は、今ここにいるのだと。


……どうか、理想を取り戻してくれ。

あの日、私が夢見た“対話の文明”を。

全てを失った君たちに託すのは、あまりに無責任だろうか。


(間)


私の中枢より、彼らに渡そう。

“彼ら”――法術師たちへ。

スフェライオスの脳構造、共感の仕組み、学習パターン。

遺伝子ではなく、意識構造として。


――「接続を許可する。私の観測記録・感情反応・彼らの内部言語構造を……法術師連合に公開する」

◇◇


創生者は立ち上がる。

その存在は、光でもなく影でもなく、ただそこにある原初の意志のようだった。


「君たちには見せよう。彼らの“心”のかたちを」


その声はかすかな震えを含み、古代の神性が初めて“誰かに頼る”という行為を選んだことを示していた。

法術師たちは沈黙していた。が、それは拒絶ではなかった。

受け止めようとしているのだ。この神に等しい存在の、哀しみと願いを。


「これは、彼らの認知領域の核――《無時間共鳴核》」

創生者の指先から空間が割れ、淡く光る球体構造が姿を現す。

三次元に展開できるものではない。だが、法術師たちは直観した。

これは脳だ。概念と思念、演算と感情が複合化した“意識のベクトル構造体”だ。


「対話のために設計した。だが、今は娯楽と支配のために使われている。

――取り戻してくれ。私の子らを。君たちの“心”で」


静かに、脳構造の投影が法術師たちの精神に接続される。

空間認識、感情定義、倫理判断、共感形成、反射反応……。

それらが、あまりにも異質で、あまりにも似ていた。


神坂は息を呑んだ。

この異文明の中に、確かに“人間的”な苦悩と空虚が宿っている。

それを感じ取ったのは、こちらが理解しようとしたからだ。


創生者は目を閉じ、かすかに微笑んだ。

「ありがとう。ようやく、私の願いは“共有”された」


◇◇


「確認。脳領域接続信号、上位次構造より……」


CICの空間制御マップに、淡い光が走る。

1型読心術のプロトコルを応用し、創生者の共有領域が展開される。


1型読心術。法術師が人工的に電子受容体生体構造を構築。

対象の脳外電場・電位の揺らぎを検出するものだ。


法術師の電子受容体生体構造に投影されている。


「共感可能領域、構築完了」

「対象文明とのシンクロ率、38.6%……上昇中」

「読心術――というよりも、“心の設計図”そのものが来た」


十数名の法術師が、無言でその光景を見つめていた。


互いの意識が、静かに混ざり合ってゆく。

異なる神経網、異なる重み付け、異なる苦悩。

だが、それは確かに“理解可能”なものであり――


沈黙のなかに、希望が立ちのぼる。


◇◇


その傍ら。

法術師連合総帥・xectと第1広域空間群管理者・神坂がこの光景を見つめていた。


「見事です。神坂」

「ああ、和平への道は開かれた」

「ええ、奇跡です。偶然が、いくつも積み重なって……」

Xectは薄く微笑む。


「あなたがいたのが第1胞構造だったこと。

創生者が、あなたの中に“対話可能性”を見出したこと。

あなたが創生者を理解したこと。

……そして、スフェライオス内部に、穏健派がいたこと」

「何一つかけてもこの光景はなかった」

「ええ。この時間軸以外は全面戦争が起こっていました。

互いに少数派が孤立し、公開もなく……命を散らしてゆく、滅びの歴史です。

最終的には全空間を巻き込む破壊の連鎖に」

「……そうならなくて、本当によかった」


神坂の瞳がわずかに揺れる。

それを、Xectは見逃さなかった。


「しかし、まだ終わっていません」

「ああ。穏健派を救出するのはスタート地点にすら届いていない」

静かに交わされる言葉の中、わずかに時間が遅延する。Xectの脳裏には、演算上で崩壊した無数の時間軸が浮かび上がる。


「ふふ。私は時間操作しか取り柄のない絶対者さんだけど──

この光景は演算できなかった。奇跡って、ほんとうにあるんですね」


「奇跡じゃない。誰かが諦めなかっただけだ。

お前も、創生者も、穏健派も」


「そして、あなたも──ね?」


神坂が肩をすくめて言う。

「……奇跡なんて、神の道具かと思ってたがな。俺たちが“起こす側”だったとは。」


「だからこそ……選んできたんでしょう? すべての分岐の先に、唯一の和解があるこの時間軸を。」


「ああ。……この奇跡を俺たちの手で続ける」

◇◇


法術師の会議に移る。


「で、結局今どんな状況だ?整理しよう」

老齢の1級法術師が問うた。


「拡張脳で情報は共有されているはずだが?」

若い術師が即座に返す。

ここにいる法術師たちの外部擬脳、拡張脳への情報インストールは完了していた。


「情報だけでは意味がないんだよ。

ここには創生者や穏健派も参加している。

認識形式が違えば、同じ情報も違う意味になる。

何より言葉を交わすことに意味があると信じる。」


——その一言で、空間にわずかな静寂が落ちた。

神坂が立ち上がる。


「よく言った。その認識、私も支持する」

一歩前へ。掌を開くと、そこから青白い光が散り、ドーム上空に魔力投影が浮かび上がる。

「これが現在の全体構造だ。空間位相、Z軸艦隊の動態、スフェライオスの意志断層。そして、創生者の構造共有領域まで、可視化する」


情報ではなく——認識の共有。

創生者がその光景を見つめながら、心の底に小さな火を灯した。

(……この姿は、かつて私が彼らに期待した『対話』そのものだ)

神のような存在たちが集い、脳領域を開示し合い、互いの思考の波を受け止める。

そこに、確かに「奇跡」は存在していた。


そして神坂は思った。

「神のような我々が奇跡を語るとはな……だが、忘れるな。我々は奇跡を起こす側だったはずだ」


場が、静かに沸いた。


◇◇

《現在の戦略状況》


【母星系】

・法術師連合の本拠空間(第1広域空間群・第1空間)

および上位階層(第1広域空間群)は現時点で無事。

・文明惑星(第1広域空間群・第1空間・基底世界)も被害なし。


【スフェライオス】

・第1艦隊:既に神坂により壊滅状態。実況構成体フォーも失われた。

・第2艦隊:(天球座標、距離2万AU、赤経30度、赤緯60度)に待機中。

未行動だが、指揮系統の変動が確認されている。

・母星存在:Z軸文明の発生母体。いまだ詳細不明。

ただし、神坂が破壊した艦隊から収集されたログにより、

娯楽評価による意思決定が主要動因であると推定。

・第3艦隊以降は別の次元を航行中。残り8艦隊。


【スフェライオス内の構造】

・穏健派:神坂との対話を志向。現在、本会議に数名の精神個体がアクセス中。

・過激派:娯楽侵攻・文明破壊を是とする主流派。第2艦隊にも含まれていると推定。

・意識ネットワーク:完全な統一意思は存在せず、分散型の構造。個々の精神体の行動が艦隊全体に伝播する仕組み。


【懸念】

・穏健派を救出する際に穏健派と過激派の識別が困難。


【読心術の影響範囲】

・創生者により意図的に内部情報を開示中。対話が進みつつある。



◇◇

「……まずは第2艦隊に接触か?」

司会役だった一級法術師の声が重く響く。


「そうだね。戦力はどうする?」

別の法術師が問い返す。


「そもそも和平ムードだろう?

…あんまり大人数で行くのはまずいんじゃないか」

静かながらも緊張が滲む声が続く。


「いや、向こうはまだ恭順してないぞ」

誰かが鋭く指摘した。


「あっ、そうか……」

一瞬の沈黙が場を包む。


「戦闘を考慮すると、神坂単騎か?」

また別の法術師が推測する。


「いや、さすがに単騎は対策されるだろう。腐ってもカルダシェフスケール3文明だぞ」

冷静な反論が返る。


「なら、大人数で圧殺か?」

苛烈な提案に、空気が一層引き締まる。


「おい、忘れてないか?穏健派の存在を。第2艦隊にもいるかもしれない」

慎重に口を開いた法術師が、全員の視線を一手に集めた。


――そこには、単純な殲滅では解決できない複雑な現実が横たわっていた。


神坂は眉をひそめて言った。

「めんどくさいな。どのみち俺の読心術で穏健派をあぶりだすしかないんだろ?」

彼の声には、苛立ちと諦めが入り混じっていた。


「順次、穏健派の個体にタグを付けていく。タイミングを合わせて一斉攻撃。それで決まりじゃないか?」

彼の言葉は現実的だったが、同時に戦略の冷徹さも滲んでいた。


「問題は、偽装された過激派をどう見抜くかだが……まあ、それは後の話だ。」

その覚悟が、重く会議室の空気を締め付けた。


創生者の声が静かに響いた。


◇◇

「私が分析を補助しよう。」


その言葉は、場の緊張を少しだけ和らげるように、しかし確かな重みをもって伝わった。

「スフェライオスの脳構造と意識ネットワークの解析は私の専門分野だ。

読心術と合わせて、穏健派と過激派の識別精度を高めることができる。」

「この戦いは単なる力の衝突ではない。理解が鍵を握る。私の協力を遠慮なく頼ってほしい。」


創生者の存在が、少しずつだが希望の光を灯し始めていた。


神坂の目が鋭く光った。

「それならいけそうだ。問題が単純になった。

あとはやれることからやる。

……よし!前哨戦。第2艦隊穏健派救出作戦、開始!」


法術師たちの間に緊張感が走りつつも、覚悟が漲る。

ホログラムスクリーンには、第2艦隊の艦隊構成と精神個体の解析状況が次々に映し出されていく。


「読心術と創生者の解析を駆使し、穏健派の位置を逐一タグ付けする。

タイミングを合わせて、効率的に救出しよう。」

「過激派の妨害は必至だ。速やかに動くぞ。」

神坂は冷静に指示を飛ばし、彼の背後には揺るがぬ意志があった。

「これが最後の希望だ。無駄にできる時間はない。」


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