眼前にまみえた本性
結局、あの対話の後、創生者は法術師連合側に歩み寄った。
孤独で狂気じみた長き監視の果て、彼は協力という道を選んだのだ。
共に歩むことでしか、真の再生はないと。
法術師連合はその異次元の意思を受け入れ、新たな共存の道を模索し始めた。
法術師たちは依然として創生者の本心を測りかねているが、今は共に空間の安定を守る盟友となった。
一方で、スフェライオスはその冷徹な娯楽としての侵攻を続けている。
その真意は謎のまま。
神坂樹は依然として戦線の最前線に立ち、幾重もの葛藤と闘いながら、まだ死の影は訪れていない。
だが、その先に訪れる「終局」は、もはや時間の問題だ――
◇◇
空間管理中枢《CIC》。
無数のホログラフィック・ディスプレイが、淡く青白く輝いていた。
法術師たちの調査チームは、極めて古代のデータアーカイブを解析していた。
そのデータは、スフェライオス艦隊のかつての“娯楽”としての侵攻記録だった。
「……これが、スフェライオスによる他文明への侵攻の記録か」
解析担当の若い法術師が、震える声で言う。
映像が再生される。
荒廃した星の大地を、無機生命体たちが容赦なく蹂躙していく。
かつてそこにあった文明が、次々と壊滅していく様子が淡々と映し出されていた。
「奴らは……ただの兵器ではない、娯楽としてこれを配信していたらしい」
別の法術師が眉をひそめる。
「対象文明の滅亡を、まるでショーのように実況していた……」
映像からは冷酷なコメントが流れ続ける。
“無抵抗文明、あっさり殲滅”
“この文明の滅亡率は98%、文句なしの大勝利だな”
「我々が敵として対峙してきた存在の本質が、こんな形で明らかになるとは……」
調査長の声は、どこか震えていた。
「……救いは、あるのだろうか」
別の若手が呟く。
だが、誰も即答できなかった。
彼らスフェライオスの“娯楽侵攻”は、法術師たちの倫理観を揺るがし、複雑な葛藤の種を蒔いてしまった。
「……この事実を、どう扱うべきか」
調査長は言葉を切り、視線を遠くの星図に移した。
神坂樹が、何を思うかは、まだ誰にも分からなかった。
◇◇
T-75年前 侵攻配信アーカイブ
空間管理中枢《CIC》の一角。
法術師たちは、古びたデータアーカイブの映像を前にして凍りついていた。
映し出されたのは、かつてスフェライオスが娯楽として配信した侵攻の記録。
対象文明は「Ω-Planet.19022」。
おおよそ地球に似た環境を持つ惑星であった。
文明スケールは0.8、核燃料実用化の段階にあるだけのまだ幼い文明だ。
映像では、高度に発展した兵器ではなく、古典的なICBMが次々と発射される様子が映る。
「まあ、当然」という冷めたコメント。
「ICBM?は面白かった」
「発想は面白かったよね」
だが、その後に起きた現象が法術師たちを凍りつかせた。
リアクターの崩壊連鎖が誘発され、都市ごとが一瞬にして消滅する様が無機質に映し出されていた。
「でも熱核兵器で自衛は無理(笑)」という配信主の煽りに、部屋の空気が重くなる。
映像の下に評価タグが並ぶ。
「#骨董技術 #無防備感 #ノスタルジック」
その文明の脆弱さを揶揄するタグが並ぶが、法術師たちには到底受け入れられなかった。
一人の若手法術師が拳を強く握りしめて叫ぶ。
「これは、明らかに文明だ!俺たちが守っている文明、基底世界と何も違わないだろう!」
その言葉は、静かな怒りと義憤に満ちていた。
「命も文化も、未来も、奴らにとってはただの“娯楽の駒”か……」
別の法術師が重い口を開く。
「これが我々の敵の本質か……」
だが、誰もその事実に反論できなかった。
映像の向こうに映る無数の魂の叫びが、彼らの心に深く突き刺さっていた。
◇◇
映像が終わり、室内に沈黙が広がったその瞬間。
法術師たちの怒声が室内を揺らす。
「これがスフェライオスの本性か!俺たちの故郷に似た文明をあんな形で……!」
「人の痛みも理解せず、娯楽のために無垢の命を奪い続けるなんて許せない!」
一角の薄暗い影の中に、静かに佇む「創生者」の姿があった。
誰も気づかぬまま、彼は肩をすくめて小さく息をつく。
「……俺の作った世界で、俺の創った存在が、無辜の命を奪い続けてきた。
――俺が裁かれねばならないなら、それも当然のことだろう。
だが、それでも…それでも、我が子を、スフェライオスたちを諦めたくはない。」
創生者の瞳は、映像に映し出された破壊の光景と、それに反応する法術師たちの熱情を交互に映し出していた。
彼の表情には、かすかな後悔と、しかし揺るがぬ決意が混じっている。
まるで己の創りしものたちの裁きを、静かに受け入れているかのようだった。
その場の空気とは裏腹に、彼だけが孤独な存在であることを誰よりも知っていた。
法術師の一人が拳を握りしめ、声を震わせた。
「これは……俺たちが守ろうとしている文明と、何も違わない。俺らの故郷、地球にそっくりだ。」
別の者が吐き捨てるように言う。
「こんな破壊の元凶に怒鳴りつけたところで、何が変わるんだ?文明は戻ってこない。」
部屋の片隅にいる創生者は、苦しげに眉をひそめる。
彼もまた、深く心を痛めていることが、彼の沈黙の重みとなっていた。
「……そうだな。怒りは当然だが、俺も苦しい。」創生者の声はかすれていた。
「俺はこれらの文明を作り、見守ってきた。
しかし、この行為を親として止めることができなかった」
「だが、ここからどうするかが大事だ。過去に縛られてばかりでは進めない。」
法術師たちは一瞬言葉を失い、そして互いに視線を交わした。
未来のために、今できることを模索する決意が、その場に静かに満ちていった。
◇◇
法術師連合の会議室は、異様な緊張感に包まれていた。
巨大なホログラフスクリーンに映し出されたのは、スフェライオスによる過去の侵攻文明の記録映像。
「Ω-Planet.19022……我々が保護してきた文明と、ほとんど変わらないはずの文明だ。」
怒りに震える声が何度も会議室に響く。
「48時間で文明機能は完全停止、ほぼ瞬時の制圧だと……こんなものを娯楽と称するなど、許されるはずがない!」
しかし、その場の一角でひっそりと存在感を放つ創生者の姿があった。
彼の視線は静かにスクリーンの映像を追いながら、深い孤独と罪悪感を隠しきれなかった。
その時、会議室の通信端末が告げる。
「スフェライオス、代表者からのリモート参加を許可します。」
穏健派とされる一人のスフェライオスが、薄く微笑みを浮かべて現れた。
「過去の行為に対して謝罪を申し上げます。私たちの中にも、変化を望む者がいることを知ってほしい。」
法術師たちは息を呑む。
「我々もこの状況を終わらせたい。だが、我々の中の大多数は娯楽の価値を手放すことはできない。」
途端に通信は乱れ、荒々しい怒号と反発が飛び交う。
「娯楽とは進化の原動力だ!」
「それを否定する者は、我々の敵だ!」
法術師側は防衛の堅持と倫理の尊重を訴え、大半派に対して厳しい態度を示す。
だが、穏健派と手を組み、新たな共生の道を模索せねばならない。
創生者はその狭間で、静かに自らの可能性を見つめる。
「まだ、再生は可能か……?」
彼の孤独な問いが、会議室の重苦しい空気の中にひそかに響いた。
◇◇
~穏健派スフェライオス代表・セファルの視点~
通信端末に自らの姿が映し出される。
穏健派の私は、いつもより少しだけ深く息を吸い込んだ。
「皆さん、ご覧の通り、私たちスフェライオスは過去に幾つかの文明を滅ぼしました。」
言葉を選びながら、しかし真摯に続ける。
「これは、決して言い訳できるものではありません。私たちの“娯楽”がもたらした惨劇です。
今なお、その罪の重さを感じています。」
会議室の反応は冷たい。だが、それでも言わねばならない。
「私の存在そのものが、我々の中では異端とされている。
今も、発言後に粛清される可能性がないとは言い切れない。
だが、それでも……伝えなければならないのです。」
「しかし、私たちの中にも変化を望む声があります。
無差別の破壊を続けるのではなく、共に歩む道を探りたい。
法術師の皆さん、そして創生者殿、あなた方と和解し、共生の未来を築きたいのです。」
「私たちにはまだ、変われる可能性があると信じています。
どうか、対話の機会を与えてください。」
私はその願いを胸に秘め、通信を終えた。
通信が切れた後、沈黙が長く続いた。
けれど、私は知っている。どんなに厳しい現実でも、希望の芽は必ずあるのだと。
◇◇
神坂の個人用切離空間「武器庫」。
静かな空間に、淡く青白いホログラムが浮かぶ。
xectの人格インターフェースが、冷静な目で神坂を見据えている。
神坂
「スフェライオスの大半は未だ娯楽侵攻を続けている。
穏健派も存在するが……正直、信じ切れない。」
xect
「理解しています。しかし、私は時間遡行の権能を持つ。
過去の選択を幾度となくやり直し、可能な未来を探索してきました。」
神坂は眉をひそめる。
神坂
「時間を遡っても、無数の未来があって、結局何を信じればいいか分からなくなるだけだ。」
xect
「それでも、最も可能性の高い未来を選ぶしかないのです。
完全な救済は望めなくとも、共生への道筋を模索することはできます。」
神坂は拳を握りしめ、少しだけ沈黙する。
神坂
「……俺は戦い続ける。でも、時間遡行があるなら、何度でも間違いをやり直せるのか?」
xect
「――確かに私は、幾度も時間を遡って選択肢を探ってきました。
だが、そのたびに誰かが失われ、何かが壊れました。
可能性は未来を拓く刃であると同時に、過去を切り裂く鎌でもあるのです。」
神坂は視線を前に戻し、決意を固めた。
神坂
「なら、失敗を恐れずに、一度きりのこの未来を最善にしなければな。
時間を戻すのに頼らずに。」
xect
「その覚悟が、未来を変える鍵です。私も全力で支えます。」
ホログラムの光が一瞬強く輝き、ゆっくりと消えていった。
神坂は静かに息を吐き、武器庫の空間から抜け出す準備を始めた。




