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心がすこーし軽くなるお話

ラジカセ

もう来月で55歳にもなるのに最近は何をやってもうまくいかない。ただただ初夏の暑さを感じるだけで本当に退屈で心がすさんでいく毎日だ。今日も会社は休みだけど、遠出はする気になれなくて家の近所をうろちょろ歩き回っている。どうしてこんなどんよりした天気なの、私の心みたいな一面灰色の空。余計に自分がみじめに思える。

ん?突然なんだろう。どこからか歌が聴こえてくる。これは空耳だろうか?いや…やっぱり聴こえてる、間違いない…!

私は自分の聴覚だけを頼りに歌の聞こえてくる方へ一歩、また一歩と足を進めた。だんだん歌のボリュームが大きくなっていく。あ、この曲は!私はハッとした。中森明菜の「スローモーション」だ。思ったより近くまで来ている。ふと横を見ると、そこには茂みの中に怪しげな小道があった。歌はそこから大きく聴こえてくるみたい。こんな道今まであったかなぁ?と不思議に思いながら、少し冒険してみることにした。歩いていると、大きな木の下にボロボロのラジカセが置いてあった。歌はここから流れていたのだ。懐かしい、子どもの頃によく使って歌聞いてたな。でも、こんなところになんで? 誰のものだろう。

「♬砂の上~刻むステップ~今あなたとともに~」

「スローモーション」が終わって次の曲が流れた。次の曲もイントロですぐに分かった。

明菜ちゃんの「サザン・ウインド」だ。私はこの歌を耳にして19歳だった自分を思い出した。

「鈴木早苗は仕事の覚え悪いしドジよね。」「早苗は高卒だし、使い物にならないわ。」

このころの私は入社1年目でおつぼねたちに悪口を言われ放題だった。雑用はすべて私に回ってきて、少しでも暗い顔をして作業していると上司に怒鳴られた。同期の人たちは大卒しかいなくて、私は「なんでこんな会社に入ってしまったんだろう」と後悔と自責の毎日だった。何もかも嫌になって、1日だけずる休みをして海にドライブに行った日があった。そのときに車で20回ほどリピートして聞いていたのが、この「サザンウインド」だった。私はずーっと明菜ちゃんの大ファンだった。かっこいい歌が多い中、この明るくてかわいい歌を歌っている明菜ちゃんを見て衝撃を受けた。そしてこの曲が大好きになった。

海沿いの道路を車で運転しながら、この歌を大熱唱した。

「♬白いチェアに足を組んで~頬図絵つくのも気になるわ~映画的な気分で少し~メランコリックに髪をかきあげて~危険なこころ」

すると気持ちがスカッとした。何も解決してないのに、清々しくて自然と笑顔になれた。

明日からまた頑張ってみよう、そう思えた。

私が自分の若い頃に想いを馳せると、ボロボロのラジカセは「サザン・ウインド」をまたかけてくれた。

誰も周りにいないことを確認し、私は少し踊りをつけながら歌い始めた。

「♬白いチェアに足を組んで~頬図絵つくのも気になるわ~映画的な気分で少し~メランコリックに髪をかきあげて~危険なこころ」

この曲を何十年ぶりに歌うというのに、やっぱりスカッとした。19歳のころ新人だった自分が、今では上司になった自分にエールを送ってくれているみたいな、変な感覚だった。

歌が終わるとラジカセからは何も流れなくなった。私はラジカセを手に取った。

ついに壊れたんだろうか。後ろを見ると、そこにはかなり薄くなったインクペンで名前が書いてあった。

「す…ずき、さな…え?」

これは私のラジカセだったんだ!なんでこんなところにあるのかは全く身に覚えがない。でも、大切なラジカセをいつの間にか無くして泣いた日があったのは覚えている。

そうか、やっぱり昔の自分が今の自分を励ましにきてくれたんだ!私は涙を目にためながらラジカセを胸に抱いて、静かに目を閉じた。

「初心を忘れず頑張って!あんな辛い時期を乗り越えたあなただったら、今もきっと、乗り越えることができる。たまには海にでも、行ってみたら?」

うん、わかったよ、19歳の早苗。私また、頑張ってみるね。



ー過去の自分が今の自分を救ってくれたんだ。

みなさんはこんなことを感じたことはありますか?私の経験を書かせていただくと、私は過去の自分に救われたことがあったんです。過去の自分が頑張っていたおかげで助けられて今に至っています。そしてその時こう感じました。自分自身の味方はどんなときも自分自身なんだ、自分自身でなければならないんだ、と。みなさんにもどうか自分だけは自分自身を信じてあげてほしい。私は心からそう願っています。

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