7/ 7 重すぎるよ
「それでは、これから県令であるコリンズ公爵閣下が直々に取調べを行う。くれぐれも失礼がないように!」
そう言って僕を窓のない、小さな机と椅子が2脚だけある小部屋に案内した県庁の衛視は、僕を部屋に残してどこかへ去っていた。
無事にネクロマンサーを討伐し、生き残った僕たちはギルドに英雄として凱旋した・・・というわけにはいかなかった。仲間は黙っていると言ってくれたが、どうやってネクロマンサーを撃退したか報告をすれば、僕が無資格で神聖魔法を使ったことは当然露見してしまうだろう。黙っていてくれた仲間も蔵匿の罪に問われるかもしれない。
僕は自ら当局へ報告し、すぐさま身柄を拘束されて、連日県庁で取調べを受けることになった。
僕は素直に罪を認め、いかなる刑にも服すつもりだ。これまでの取調べでも事実を自供している。
それにもかかわらず、なぜ県令直々の取調べまで行われるんだろう・・・?
ガチャ・・・。
ノックなく開かれた扉から入って来たのは、金髪に金色の口髭を蓄えた中年くらいの男性だった。僕の向かいに座った彼は、県令であるコリンズ公爵であると名乗った。
「コージローくん、君は、ネクロマンサーを討伐するために無資格で神聖魔法を使ったそうだね。」
「はい。間違いありません。」
僕はこれまでの取調べと同じように事実を認めた。
「いやにあっさり認めるが、事の重大さがわかっているのかな?君は教会を破門されても仕方ないことをしたのだよ。もちろん冒険者資格も、治癒師の資格も取消だ。」
コリンズ公爵は、口の端を歪ませながらニヤつき、皮肉っぽい口調で語りかけてきた。
「わかっております。仲間の命を守るため、いかなる罰をも受ける覚悟でした。」
「ふむ・・・。」
僕が神妙な顔で答えると、コリンズ公爵は懐からタバコを取り出し、口にくわえて、紫色の煙を吐いた。
「しかし、見事な神聖魔法だったそうだな。どうだ?王都の聖職者大学で学ばないか?奨学金も給付しよう。」
あまりにも唐突な提案に面食らい、思考が追い付かなかった。でも、これは僕にとって到底受け入れることができない提案だ。
「いえ、この町に愛しい妻がおります。妻を置いて王都に行くわけにはいきません。」
僕の答えを聞いてコリンズ公爵は吹き出し、大笑いした。
「ハハッ!アッハッハ!!ハハッ!いや、失敬。君の妻とはソフィアのことだろう?あんな粗雑で家事もできなくて、いびきがうるさいだけの若くもない女のためにこんな千載一遇のチャンスを捨てると言うのか?ハハッ!冗談もたいがいにしたまえ!」
「公爵がどう思われていても、ソフィアは僕にとって最高の女性です。大学や奨学金などと比べられるものではありません。」
僕は、思わず身分の差も考えず、コリンズ公爵をにらみつけてしまった。コリンズも突然色をなした僕に面食らったのか、笑うのを止めた。
「なるほど・・・。では正直に言おう。君が免罪されるためには、アレクサンドラと一緒に王都に行って聖職者大学に入らなければならない。これは恩恵ではない。取引条件だ。」
コリンズ公爵はさきほどまでのニヤついた表情を一変させた。
「申し訳ありません。まったく状況がわかりません。」
「まあ、そうだろうな。まず、君が一緒に冒険していた、・・・アスカという名前を使っていたか。彼女の本名はアレクサンドラ。正真正銘の上級貴族だ。」
「はい。伯爵家の出だと聞いています。」
そう答えると、コリンズ公爵は、またおかしくて仕方ないといった表情で笑い出した。
「君はアレクサンドラがただの伯爵家の娘だと思っているのか?王都に出れば誰でも知っていることだから教えておいてやるが、彼女は母親の実家である伯爵家に身を寄せているが、その実は枢機卿閣下の一人娘なのだよ。」
枢機卿!言わずと知れたこの国の聖職者のトップ。また、世界の聖職者のトップである教皇に選ばれる資格もある。なるほど・・・単なる伯爵家の娘に対して、なんでギルドがあんなにあわてふためいた対応をしたのか不思議だったが、枢機卿の娘なら納得だ。枢機卿を怒らせたら地方のギルドを一つつぶすくらい容易い。
「ついでに言っておくと、親が決めた婚約者というのは私のことだ。だから私は枢機卿閣下の命を受けて、わざわざこんな田舎の県令に転任して、アレクサンドラの生活を陰で支えながらも、王都に戻るよう説得するために、これまであれこれと画策していたわけだ・・・。」
コリンズ公爵は大げさに肩をすくめた。
「こんなに年が離れた人と・・・。」
思わずこぼれた僕の言葉をコリンズ公爵は聞き逃さなかった。
「何を言っている?貴族では当たり前だ。それに君とソフィアだって似たようなもんだろう?」
コリンズ公爵の皮肉っぽい口調や冷笑がさっきからやたらと僕の癇に障ったが必死でこらえた。
「しかし、たいそうアレクサンドラに好かれたものだな。もし君を免罪してくれれば、そして君を一緒に王都に連れて行ってくれれば、アクレサンドラも王都に戻り、私との結婚も受け入れるそうだ。早馬で伝えたが、それを聞いた枢機卿閣下は大層喜ばれたとか。なにせ年を取ってからの一人娘だから、かわいくて仕方ないらしい。」
「先ほども申し上げましたが、僕は王都に行くわけには参りません。」
断固とした口調で伝えると、コリンズ公爵は口髭を撫でながら不思議そうな表情をした。
「ふむ、わからんな・・・。聖職者大学に行って、しかも枢機卿閣下の後ろ盾があれば出世は思いのままだ。まあ司教くらいは確実だろう。ああ、なるほど。君がアレクサンドラの愛人になることは目をつぶろうじゃないか。なに、結婚なんて形ばかりのものだからね。まあ、最初に何回か味見させてもらうことにするが、後は好きにすればいいさ。」
その下品な言葉に僕の我慢の限界が来て、思わず机をたたいてしまった。
「僕が愛するのはソフィアだけです!!だからこの町を離れて王都に行くことはできません。」
その言葉にコリンズ公爵の表情が一変し、それまでに見られた冷笑や皮肉を一切消し、凄みのある顔つきになった。
「君は自分の立場がわかっているのか?君がこの話を断れば、枢機卿閣下に申し上げてこの地方のギルドを潰すこともできるんだぞ。その時、君の愛するソフィアはどうなる?いや、そもそも君の問題はソフィアの監督不行届きだ。だから冒険者としてだけではなく、ソフィアの魔導士資格も抹消して、二度と魔導士として働けないようにしなければいけないなあ・・・。」
「・・・・・・。」
コリンズは二本目のタバコを取り出してくわえると、僕に煙を吹きかけてきた。
「明日出発だ。もう君に選択肢がないことは十分にわかっただろう。明日の朝まで時間をやるから、朝までソフィアと存分に別れを惜しむといいさ・・・。来なければどうなるかわかるな。勘の悪いガキは嫌いだよ。」
そう言ってコリンズ公爵は下卑た笑いを浮かべながら席を立ち、僕は小部屋に残された。
★★
コリンズ公爵の取調べが終わった直後、僕は釈放された。
すぐにでも家に帰ってソフィアの顔を見たい。はやる気持ちはあったが、ぐっとこらえた。その前に僕には行かなければならない場所がある。
「ただいま。」
玄関の扉を開けると、ダイニングの椅子にソフィアが座っていた。クエストにも、ギルドにも行かずにずっと家で待っていてくれたんだ・・・・。
「おかえり・・・。なんか・・・久しぶりだね・・・。」
僕とソフィアはしばらく無言のまま向かい合った。まずは心配させたことを謝りたい、それに伝えなければならないこともたくさんある。だけど胸が詰まって言葉が出て来なかった・・・。
「疲れたよね。お風呂を沸かしてあげるから先に入りなよ。それで、今日はゆっくり休むといいよ。」
優しく語りかけてくれるソフィアの顔を見ていると鼻の奥がツンッとなった。
でももう時間がない。辛いけど、ちゃんと伝えないと。
「ソフィア、その前に聞いてもらいたい話があるんだ・・・。」
僕はソフィアと向かい合って座り、これまでのことを話した。
アスカがアレクサンドラだったこと、ネクロマンサーの死霊兵士に囲まれて神聖魔法を使わなければならなかったこと、県庁に拘束されて今日まで取調べを受けていたこと。
おそらくソフィアにとっては既に承知の話だっただろうが、口を挟まず黙って聞いてくれた。
「大変だったわね。でも、わたしは仲間を守ったあなたを誇りに思うわよ。もう冒険者を続けることは難しいと思うけど、解放されたってことは大したお咎めも受けないだろうし、しばらくは家でゆっくりするといいわ。あなた一人ぐらい、このソフィアさまが養ってあげるわよ。」
そう言ってソフィアは右手のひらで自分の胸を二度たたいた後、僕に微笑みかけてくれた。
僕はそんなソフィアの顔を正視できず、下を向いた瞬間、ついに目から涙がこぼれてしまった・・・。
「どうしたのよ・・・。男のくせに情けないわね。冒険者ができなくなったくらいでなんだっていうのよ、フフッ・・・。」
「違うんだ・・・。僕はもうこの家でソフィアと一緒に暮らすことができない・・・。明日の朝に出ていく・・・。」
僕がこう漏らした瞬間ソフィアの表情が凍り付いた。
僕はそのまま黙り込んでしまったソフィアに事情を説明した。アレクサンドラが父である枢機卿に口添えしてくれたこと、でもその条件として僕が一緒に王都に行かなければならないこと、もしこれを断ればギルドを潰し、ソフィアも魔導士を続けられなくなるとコリンズ公爵から脅されたこと・・・。
ソフィアは僕の説明が終わっても、ずっと黙っていた。凍り付いた表情は変わらず、ずっと瞳だけが揺れていた。そして、その瞳から一筋の涙が流れるのと同時に口を開いた。
「わたしは・・・わたしは魔導士でなくなってもいい・・・。ギルドがなくなったって構わない・・・。それでもあなたを失いたくない・・・。感情のままにそう言ってしまいたい。だけど、前に言った通り、彼女が君を求めるならわたしは身を引くしかない。わたしのわがままでギルドの仲間を危険にさらすことはできない・・・。」
そのままソフィアは声も出さず涙を流し続けた。
僕はソフィアにハンカチと、1枚の紙を差し出した。
「王都に行っても僕は必ず戻ってくる。その証としてこの紙をソフィアに渡したい。受け取ってもらえないだろうか。」
ソフィアに渡した紙にはこう書いてある。
宣誓証書
ソフィア・スタチェンカ 殿
私は、残りの生涯をあなたのみを愛することを誓う。この誓いが破られた場合には、この命を神に奉げる。
コージロー・ヤマグチ
「これは・・・わかってるの?」
「公証役場で作ってきた。ここで宣誓した約束が破られた時は、宣誓証書にこめられた魔力によって約束した代償、つまり僕の命が強制的に取り立てられることも理解している。」
この世界には庶民に結婚制度はない。ただ、結婚に代わって永遠の愛を誓うため公証役場の宣誓証書を作って相手に差し入れる方法が採られることがある。もっとも、わざわざ自分を縛るために宣誓証書を作るなんてバカなことをする人はほとんどいないし、破った場合の代償としてもせいぜい金銭を支払うと書くぐらいだろう。
この宣誓証書を認証し魔力をこめてくれた公証人も、僕が命を捧げると書いたら前代未聞だと仰天し、翻意するようしつこく説得してきたが、僕が覚悟の上だと強引に押し切って、やっとこの内容で作成してくれたのだ。
「ずっと待っていてくれとは言わない。ソフィアが他の人を好きになったら、この宣誓証書は破り捨ててくれて構わない。だけど、僕はソフィア以外には考えられない。その気持ちを形にしたい。ソフィアの気が変わるまではこの宣誓証書を持っていてくれないだろうか・・・。」
ソフィアは震えながら、じっと宣誓証書を見つめ、ぽつりとつぶやいた。
「重い・・・重すぎる・・・・。」
ああ、そうかも・・・。いつでも破っていいとは言っても、この宣誓証書でソフィアも縛り付けることになるわけだし・・・。やはりソフィアには自由になってもらった方がいいのか・・・。
ぼんやりとそう思っていると、いつの間にかソフィアが僕の目の間に立って、僕の頭を抱きしめていた。
「ずるいよ・・・・。自分だけそんなの・・・・。」
そう言ってソフィアは、激しくキスをした。熱烈に何度も。そして、そのまま僕たちは明朝まで一睡もしないまま、最後の愛を確認し、別れを惜しんだ。
明朝、約束の時間が迫って来たので、僕はベッドから起き上がった。
ソフィアは僕とは反対の壁の方を見て寝ころび、こちらを振り返ろうとしない。
僕がトランクに身の回りのものを詰めていると、ベッドの方から、か細い声が聞こえた。
「昨日のお返しに、わたしも重いこと言っていいよね・・・。」
振り向くとソフィアはまだ壁の方を向いたままだった。
「おばあちゃんになっても、灰になっても、この世がなくなっても、ずっとこの場所で待ってるから。」
僕は、その背中には答えず、振り返らないまま玄関の扉を開けた。
「いってきます。なるべく早く帰ってくるから・・・。」