6/ 7 決死の突破作戦
「も、もう・・・逃げられません・・・。おしまいです・・・。」
死霊兵士により何重にも包囲されている状況を目の当たりにして、アスカが僕の腕をつかみながらガタガタ震えている。
「ハァ、ハァ・・・も、もう限界・・・。」
トーニャはへたり込みながら、肩で息をしている。どうやら魔力切れのようだ。
小競り合いで傷つき、魔力も使い果たしたシャーロットはトーニャの腕の中で気を失っている。
もうお終いなのか・・・。こんなところで・・・。まだソフィアにお別れも言っていないのに。
その瞬間、僕はシャーロットが気を失いながらも大事に抱えている聖書が目に入った。もうこれしかない。
僕はシャーロットの腕から聖書をつかみ取り、アスカを呼んだ。
「アスカ、成功の確率は極めて低い。だけど、もうこの作戦しかない。だからよく聞いて欲しい。」
「い、いや・・・。もうダメ・・・死んじゃう・・・。」
アスカはひどく動揺し視線も定まらない。
おそらくこのまま作戦を伝えても頭に入らないだろう。僕はアスカの右手を両手で握り、魔力を流し込んだ。鎮静作用のある回復魔法だ。
「落ち着いた?僕の声が聞こえる?」
「はい・・・。なんかフワッとしてすごく気持ちよかったです。」
「それはよかった。それでは作戦を伝える。この軍団を止めるためには、死霊兵士を操っているネクロマンサーを仕留めるしかない。ネクロマンサー本体は生身だから物理攻撃が効くはずだ。アスカの、その高い索敵能力でネクロマンサーを見つけ出して、剣で仕留めるんだ!」
「えっ!えっ!ムリです。あの、見つけるのはわたくしが担当しますので、仕留めるのはコージローさんにお願いできませんか・・・。」
アスカは僕の方に両手のひらを突き出し、全身で拒否の態度を示した。
「アスカしかできないんだ。ネクロマンサーはおそらくこの死霊兵士の囲みの外にいる。僕が神聖魔法を使って囲みを崩す。いや、崩すのは無理だけどわずかな綻びなら作れるかもしれない。アスカはその綻びを縫って外に飛び出て一気にネクロマンサーを仕留めるんだ。」
アスカに伝えた僕の作戦に対して、まったく別の方向から非難の声が上がった。
「おい!いまなんて言った!?コージローには神聖魔法を使う資格なんてないだろ?違法だってわかってるのか?いや、違法なだけじゃない。神への冒涜だ。そんなことしたら二度と冒険者なんてできなくなるぞ!!」
後ろからトーニャがものすごい剣幕で怒鳴りつけてきた。
トーニャの怒りももっともだ。資格なく神聖魔法を使った場合、最悪、教会から破門されても文句は言えない。それはこの国では社会的な死を意味する・・・。
「トーニャ。このまま何もしなければ僕たちは死ぬしかない。何もしないまま死ぬよりも一縷の望みに賭けたい。それにどうせ僕は確実にここで死ぬんだ。死んだら違法も破門も関係ないだろ?」
僕がニヤリと笑いかけるとトーニャは黙ってそっぽを向いた。多分、見逃してくれるということだろう。
改めて僕はアスカの方に向き直った。
「アスカ、まずネクロマンサーの特徴を伝える。ウォーキングメイルやスケルトンに偽装していることもあるが、一つだけ見分ける方法がある。死霊兵士を操るために集中しなければいけないから、きっと少し離れた見通しのよい場所でじっと動かないはずだ。だから、囲みの外で不自然に動かないモンスターを探してくれ。」
アスカはこくりとうなずくと、丘の頂上に向かって走り、ひとしきり周囲を見渡してから戻って来た。
「あっちの方向にまったく動かないウォーキングメイルがいます。」
「わかった。それがきっとネクロマンサーだ。じゃあ、僕が詠唱しながら切り込んで神聖魔法をかけて囲みを崩す。どんどん囲みの中に入っていくから盾で身を守りながら離れず付いてきてくれ。それで、囲みに綻びができたら、アスカは隙間から抜け出して、ネクロマンサーを仕留めてくれ。」
「あっ、あの・・・ムリです。まだ一人ではモンスターを仕留めたこともないし、きっと失敗します・・・。」
アスカは急に震え出した。足もガクガクとしている。僕はアスカの肩に手を置いた。
「全力を出して仕留められなければ仕方ない。もともと無理な作戦なんだ。もし、ネクロマンサーを仕留められなかった時には、アスカだけでも逃げてくれ。そしてソフィアに伝えて欲しい。ソフィアとは出会ってから3年にもならないけど、僕にとって一生分の幸せをくれた。だからソフィアも残りの人生では僕のことを忘れて、今の僕と同じくらい幸せになって欲しいって。」
僕がそう言うと、アスカはようやくうなずいてくれた。
「よし!トーニャは、シャーロットのことを頼む。僕はアスカと切り込む!いくぞ!」
「はい!」
力強いアスカの返事を背に、僕たちは丘をかけ下り、聖書を開き、詠唱しながら先頭にいた死霊兵士の腕を切り落とした。
それを見て剣や槍を持った死霊兵士が僕たちを取り囲むように集まってくる。
しかし、その瞬間、神聖魔法の詠唱が終わり、僕の周囲は光に包まれ、周囲の死霊兵士が一気に動かなくなった。
「す、すごいです!すごい威力です!コージローさん!」
「アスカ、早くこの隙間に!盾で身を守りながらついてこい!!」
動かなくなった死霊兵士を突き飛ばして先に進もうとするが、その後ろに次から次へと新手の死霊兵士が集まってくる。
僕は、剣で僕やアスカへの攻撃を防御し、詠唱が完成したら神聖魔法を発動することを繰り返した。みようみまねの詠唱だったが神聖魔法の効果は抜群で、僕とアスカは囲みの中を奥へ奥へと進むことができた。しかし、千体を超える死霊兵士の囲みは分厚くなかなか突き抜けるには至らない。
だんだんと息があがり、詠唱も苦しくなってきた・・・。剣を持つ手も重い。
「ガッ!グッ!」
アスカをかばうため、死霊兵士の剣をまともに背中に受けてしまった。息ができなくて詠唱も苦しい。でもここで膝をつくわけにはいかない。僕はこらえて神聖魔法の詠唱を続け、また前に進んだ。
「アスカ!付いてきているか?」
「は、はい!なんとか。」
もう息があがって詠唱ができない。ここまでか・・・。
そう思った瞬間、目の前の死霊兵士2体の後ろに開けている空間が見えた。あそこをこじ開ければ囲みの外だ!!
「どうりゃ~!」
僕は死霊兵士に体当たりして、強引にわずかな隙間を作ると、アスカの腕を引っ張り向こう側に放り投げた。
「頼む!アスカ!ソフィアに・・・。」
それだけ伝えると、また僕の周囲に死霊兵士が集まって来てあっという間に取り囲まれた。
僕は剣で周囲の死霊兵士を薙ぎ払ったが、物理攻撃が効かない死霊兵士にこんな攻撃は何の意味もない。ただ自分がとどめを刺される時間が先に延びるだけだ。アスカの腕を掴むときに聖書を落としてしまったから、もはや神聖魔法も使えない。
潔く死のう。そう思いフッと目を閉じようとしたその時だった。
「ちぇすと~!!」
遠くから裏返った甲高い声が聞こえて来て、その直後からすべての死霊兵士が動きを止めた。
そのまま僕が仰向けに倒れ、肩で息をしながら青空を見つめていると、アスカが喜びを爆発させながらボディプレスをするように僕の上に倒れ込んできた。グェッ!!
「やった!やりましたよ!わたくしたち!助かりました~!」
「よくやった!しかし初めて仕留めたモンスターがネクロマンサーなんて、もはやレジェンド冒険者だね。」
「コ、コージローさんのおかげです~。」
そう言いながらアスカは僕の胸の上で泣き出した。僕は寝ころんだままアスカの頭に手を置きながら、こう思っていた。
「生き残ってしまった。さあどうしようか・・.。」