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5/ 7 長期クエストと夜のふたり

長かった研修も終盤に入り、アスカの動きもだいぶ様になって来た。


自信をつけてきたのか、今では戦闘で僕が付きっきりで指導しなくとも、萎縮せずにそれなりに動けるようになってきた。まだ単独でモンスターを仕留めるには至っていないが・・・。


一方で、アスカのギルドや冒険者への信頼が回復されたかについては、わからないとしか言いようがない。

普段は僕や他のパーティメンバーとも、にこやかに会話しているし、態度にも含むところは無いように見える。

ただ、なんとなくだが、まだ本心を隠して、僕や他のメンバーと心の距離を置いている気がする。


そこで、僕はシャーロットとナディアにお願いして長期クエストを入れてもらうことにした。

長期クエストは宿泊や食事を共にするので仲間との距離も縮めやすい。

そこで少しでもアスカが心を開いて本心を話してくれれば・・・そんな思いだった。


ちょうど集落からかなり離れた街道沿いで、旅人が悪霊を目撃したという報告があったので、悪霊を弔うため5日間の日程で長期クエストを受任した。

今は目的地に向けて昼は移動、夜は野営地で僕が大鍋で料理を振舞い、その後盾役が交替で見張番をするというルーティーンで動いている。


「じゃあ交替の時間だから見張番を替わってもらってもいいかな?」

僕がテントの外から声を掛けると、少ししてアスカがテントから這い出てきた。

その表情は不安の一言で表現仕切れる。繊細なアスカにとって、暗闇の中一人で周囲を警戒しなければならない見張番は苦手な仕事の一つなのだろう。


それでも見張番を一人でできなければ、一人前の冒険者にはなれない。

僕は心を鬼にして、この長期クエスト中は一人で見張番をさせることにしている。


「あっ、あの・・・お疲れのところ申し訳ないのですが、お話したいことがあるので、しばらくここにいてもらえませんでしょうか・・・。」

一緒に見張場所まで移動すると、アスカが僕の袖をつまみ、不安そうな声で懇願してきた。


これはいつものことである。話があるといっても、盾の使い方とかモンスターの見分け方とか、そういったいつでもできるような話しかしない。

きっと暗闇でいきなり一人になるのが不安なだけなのだろう。


僕は甘やかしすぎだろうかと思いながらも、しばらくその場にとどまりアスカが暗闇に慣れるまで話を聞くことにしている。


「ああ、いいよ。」

またいつものようにどうでもいい話を始めるのかなと思いながら、僕はアスカの少し後ろに座った。


「あっ、あの・・・コージローさんはわたしの研修が終わった後も、このパーティーに残るんでしょうか?それとも別のパーティーに移られますか・・・?」

アスカはそう言いながら、視線は僕の方には向けず周囲を警戒したままだ。見張番は会話をしている時でも常に周囲の警戒を怠ってはならない、そんな僕の教えを忠実に守っていてえらい。


「いや・・・この後はどこのパーティーにも所属するつもりはないよ。ほら、僕の本業はお気楽な専業主夫だから・・・。」

僕が少しおどけて見せたが、アスカはクスリとも笑ってくれなかった。


「そ、そうでしたか・・・この後もコージローさんの指導を受けられたらと思ったのですが・・・。でも、もったいないです。コージローさんは冒険者としてもあんなにできるのに、なぜご家庭のお仕事に専念されているんでしょうか・・・。」

「う~ん、そうだな~。」


この質問は他の冒険者からもよく聞かれる。王侯貴族はともかく、庶民には結婚制度がないこの世界では、いつパートナーに別れを告げられるかわからないため各自仕事を持つことが普通であり、専業主夫どころか専業主婦も稀である。就ける仕事があるのに家庭の仕事に専念するなんて非常識だと面と向かって言われたこともある。


「僕はね。ソフィアを尊敬していてソフィアの仕事を支えたいと思っているんだ。それで僕は冒険者としては非力だけど、料理とか掃除とか裁縫とかは得意だから、冒険者として支えるよりも、家庭で支えた方がソフィアに貢献できるのかなって。だから家庭の仕事に専念しているんだよ。」

今ではこれが僕の本心である。一時はモヤモヤしたこともあったが、僕にとっての一番は尊敬するソフィアを支えて、ソフィアの役に立ち、ソフィアに認めてもらうこと。

そのための手段が冒険者であっても、主夫であっても変わりはない。今では自信を持ってそう言える。


「うらやましいです・・・わたくしには家庭に入って支えてもよいと思えるくらい敬愛できる方など、これまでに出会ったことがなくて・・・。」

「きっと、これから現れるよ。まだ若いんだから。」

僕が何気なくそう言うと、アスカの顔が急に曇り、思いつめた表情になった。


「あの・・・わたくし、コージローさんに隠していたことがあります。実はわたくし、親が決めた婚約者がいたんです。」

「ああ、やっぱり。なんとなく貴族階級の出身だと思ったんだ。」

アスカにはギルドに圧力をかけられるほどの後ろ盾がいるのだ。当然、貴族出身であることは予想していた。


「はい・・・わたくしの実家は伯爵家でした。それで18歳の時に初めて婚約者と会ったのですが、なんというか・・・わたしよりかなり年上で嫌みったらしくて、とてもこの人を愛することができるとは思えなくて・・・。」

「ああ、貴族は大変だよね。」


僕は噂でしか聞いたことがないが、王侯貴族の結婚は政略結婚とほぼイコールらしい。政略上必要であれば年の差婚も、嫌いな相手との結婚も当たり前と聞いている。


「そんな時、庶民の方々は、自由にお慕いする方を見つけて愛を育まれると聞きまして・・・わたくしは愛のない結婚をするよりも、つつましやかな生活でも庶民として自分で身を立てて、お互いに想い合える人を見つけたい。そう決めて家を飛び出し、王都から遠く離れたこの町で冒険者になったんです。」

「え!それで家出したの?すごい行動力!!」


貴族として真綿にくるまれるように大事に育てられたであろうアスカが、貴族の家を捨て庶民として一人で生活する決意をして、それを実行に移すことがどれだけ大変なことか、僕には想像もつかない。きっと今日まで人に言えない苦労もあったはずだ。これまでは頼りないと思っていたけど、これは評価を改めないと・・・。


「フフッ・・・ありがとうございます。でも、ダメでした・・・。」

僕の素直な感想に照れたのかアスカは少しはにかんだが、やがて自嘲するようにフッと息を漏らした。

「冒険者になろうとしても、まったくの力不足でみんなに迷惑をかけてばかり。前のメンターには、冒険者はあきらめて家庭に入って俺を支えろと言われる始末です・・・。」

「ああ、うん。リチャードのことはごめんなさい・・・。悪いやつではないんだけど、繊細さが足りなくて・・・。」

周囲を警戒しているアスカには見えないだろうが、僕は座ったまま手をついて謝った。


「いいんです!コージローさんが謝らないでください!あいつはコージローさんについてもひどいことを言ってましたよ!!なんでも、盾役としても剣士としても全然実力がないのに料理で取り入ってハイクラスパーティーに研修生として潜り込み、リーダーの女性魔導士に色仕掛けでたらしこんで俺が採用されるはずの枠を横取りして、しかもすぐに辞めて今では女に食わせてもらってる世渡りばかりがうまい男のクズだって!!」

アスカは怒り心頭といった感じで、リチャードの口調をマネしながらまくしたてた。突き出したしゃくれ顎も含めて無駄に再現度が高い・・・。

なんというか僕の前でそこまでリアルに悪口を再現する必要があっただろうか。アスカにもそう思われているみたいでなんか傷ついた・・・。


「それで・・・わたくしに対しても『コージローみたいに賢く生きればいい、だから俺の女になれ』とか言ってきて!!もう、思い出すだけで気持ち悪い!!」

話しているうちにヒートアップしてきたのか、アスカは拳で地面をドスドスと叩き始めた。

あまりの怒りっぷりに僕はオロオロと見守るしかなかったが、やがてアスカは拳を地面におろし、うなだれてしまった。


「好きになれない人と結婚するのが嫌で家を飛び出したのに、ここでも生活のために好きでもない人に俺の女になって家庭に入れと言われる・・・。わたくしは、ささやかでも想いが通じ合った人と支え合って生きてゆきたいだけなのに、そんなに難しいことなんでしょうか・・・。」

「・・・・・ごめんなさい。リチャードのことはギルドの仲間として僕にも謝らせてほしい。それから、アスカの想いが通じ合う人は、きっとこれから現れるんだと思うよ。僕がソフィアと出会えたみたいに。」

「そうでしょうか・・・。ありがとうございます。コージローさんにそう言ってもらえると、きっとそうだって気がしてきます。」

少し怒りが解けたのか表情が柔らかくなった。


それを見て、僕がそろそろ頃合いだからテントに帰って寝ようかなと腰を上げかけた時だった。


「あの・・・ごめんなさい。わたしのせいでギルドの方に迷惑をかけていることは自覚しています。さっきのリチャードさんの所業を、わたしが怒りに任せてうっかり母への手紙に書いてしまったせいで、父に伝わってしまい、父を怒らせてしまったようで・・・。」

「えっ?家出中にお母さんに手紙を書いてたの?」

話の本筋には関係ないと思ったが思わずツッコんでしまった。しかし、アスカは何がおかしいのだという表情できょとんとしている。


「はい。定期的に近況を伝えておかないと母が心配しますので・・・。それにこの町で生活できるよう手配もしていただきましたし、このギルドに盾役兼剣士として入れたのも母の知人の紹介ですので、顛末をきちんと報告しておく必要がありまして・・・。」


うそ?お母様に生活環境も整えてもらって?ギルドもコネなの?

僕の思う家出とはちょっと、いやだいぶ違う。やはりお貴族様は、我々庶民とはまったく発想が違うのだろうか。あまりの価値観の違いに面食らい僕は呆然としてしまったが、それに構わずアスカは話を続けた。


「わたくし、父に手紙を書きます。このギルドには、たしかに粗暴で失礼な人もいますけど、コージローさんみたいな立派で、わたくしのことを気にかけて親身にお世話をしてくれる親切な方もいるって。それで今回のことは水に流して欲しいとお願いしてみます。」


そのアスカの言葉は、ソフィアから僕に与えられた大任が成就したことを意味するものだった。しかし、こんなにあっさりと・・・。いや現実には、苦労が報われる時はこんな風に唐突に訪れるものかもしれない。


「ありがとう・・・そうしてくれると助かる・・・。」

僕は気が抜けて脱力し、そっけない反応しかできなかった。


でも、これを伝えたらソフィアはどんな顔をするだろう!!早く帰ってソフィアに伝えたい!この話を伝えたときのソフィアの喜ぶ顔や僕を褒めてくれる言葉を想像すると・・・少しずつ喜びが実感となってきた。


「あの・・・それで、もしよかったらなんですが・・・、研修が終わっても、たまに一緒にクエストに出て指導してもらえないでしょうか・・・。」

「ああ、うん。もちろん・・・。」


アスカからのおずおずとした申出に二つ返事で了解した直後だった。急にアスカの表情に緊張が走った。


「あっ、あの、あの暗闇に何かがいます・・・。」

アスカが指さす先には暗闇しか見えなかった。しかし、僕よりもアスカの方がずっと目がいい。きっと僕には見えない何かがいるかもしれないと思い、僕は焚き火から火のついた棒を一つ抜き取り、アスカが指さした方へ投げた。


すると、火の明かりで一瞬照らされた場所に、動く骨のようなものが見えた。


「スケルトンだ!はやくシャーロットとトーニャを起こして!」

「は、はい!敵襲で~す!スケルトン1体!早く起きて下さ~い!」

アスカの震える声が暗闇に響き渡った。すると、それまで静かだった周囲の暗闇のあちこちから急にガサガサとした物音が聞こえてきた!!」


「う、うわ!他にも骨とか、鎧とか、ゾンビみたいなものがいっぱいいます!囲まれてます!たすけてくださ~い!」

僕の目には何も見えないが、アスカには見えているのだろう。アスカは恐怖で僕にしがみついてきた。


「モンスターの数が多い時はどうする?」

「こ、後衛を守るために密集します。」

「よし!シャーロットとトーニャの方へ行くぞ!」

僕たちはすぐにシャーロットとトーニャのテントに向かった。二人はちょうど起き出してきたところだった。


「シャーロット!スケルトンと、それからウォーキングメイル、ウォーキングデッドみたいなものもいます!多数に囲まれているようです。すぐに神聖魔法で退路を開きましょう!」

僕がそう言うとシャーロットは険しい表情をした。

「こんなにたくさんスケルトンやメイルがいるとなると、自然発生じゃない。ネクロマンサーかもしれないわ・・・。」


ネクロマンサー・・・。本でしか読んだことがない伝説の死霊使いだ。死霊を集め、死体や鎧に憑依させた死霊兵士を人形のように操る。高位のネクロマンサーは、死霊兵士を統率し、訓練された軍隊のように規律のある集団として操ることもできるらしい。すでに囲まれているとなると袋のネズミか・・・。


「暗闇の中でむやみに動くのは危険よ。近寄ってくる死霊兵士をあしらいながら夜が明けるのを待ちましょう。明るくなって周囲の状況がわかったら、そこで脱出する作戦を立てましょう。」

シャーロットの言葉に従い、僕たちは朝を待ちながら剣や弓矢を持った死霊兵士と小競り合いをし、逃げ、また小競り合いをし、逃げることを繰り返した。

そしてようやく夜が明け始めた頃、僕たちは気づいた。


僕たちが小高い丘の上にいて、周りを千体を超える死霊兵士に何重にも取り囲まれていることを。


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