3/ 7 新しいパーティー・はじめてのクエスト
翌日、僕はギルドの待合室で、新しいパーティーのメンバーと顔合わせをしていた。
「コージローくん、よろしくね。シャーロットです。」
シャーロットさんは僧侶。真っ白でくるくるした髪に小太りの体。
もうおばあさんと言っても失礼ではない年齢らしい。もともとは教会で聖職者をしていたが、早期退職して冒険者になった変わり種だ。
シャーロットさんは温厚そうな笑顔を浮かべながら手を差し出してきたため、僕はその手を握った。
「トーニャです。よろしく。」
それから女性魔導士のトーニャ。僕より1~2年先輩だから若手から中堅に分類されるだろうか。スレンダーな身体に真っすぐな黒い髪。顔も相当な美人だが、眉に皺が寄っている。
気難しいのか、今日だけ機嫌が悪いのか・・・。
ぶっきらぼうな口調だったが、それでもトーニャも手を差し出してくれたため、僕は握手で応えた。
それから、問題のこの子だ・・・。
栗色のボブカット、盾役には小さすぎる小柄な身体に小さな顔、整った顔だちには庇護欲をそそりそうな憂い気な色が見える。
「あの・・・、アスカです。先日はご指導ありがとうございました。今日からもよろしくお願いします。」
そう言ってアスカも手を差し出してきた。僕は握手していいものか少し迷ったが、この世界にはセクハラという概念はないし、さすがに握手拒否は失礼かと思い、思い切ってその手を握った。すると、思いのほか強い力で握り返してきた。
「じゃあ、挨拶も済んだし、さっそく出発しましょう。近くの森に悪霊が出るらしいので、弔いに行きましょうかね。」
シャーロットの号令の下、トーニャ、アスカ、僕のパーティーは2人ずつ並んで歩き始めた。
「あの、コージローさん。ふつつか者ですが、改めてご指導よろしくお願いします。」
隣のアスカが人当たりのよい笑顔を見せながら話しかけてきた。
おそらく色んな人から愛されて大切に育てられたんだろうなと思わせる、ほんわかした上品な雰囲気をまとっている。この姿だけ見るとリチャードと恋愛沙汰でトラブルを起こしたなんてとても信じられない。
でも、最初が大事だ。ちゃんと僕には色恋の問題などあり得ないと予防線を張っておかないと。僕には秘策があるのだ。
「ああ、よろしくね。あっ、そういえばシャーロット!この間、ソフィアにお菓子をいただきましてありがとうございます。お家で二人でおいしくいただきました。」
「ほほっ、ソフィアちゃんと仲が良さそうでいいわね~。」
後ろを振り返り、シャーロットにあらかじめ用意していたセリフを伝えると、シャーロットからは予想通りの回答があった。
「ああ、アスカにはわかんないよね。ソフィアは僕の妻で、ギルドに所属する女性魔導士なんだ。」
少しわざとらしいと思ったが、すかさず隣のアスカにソフィアについて解説をする。
そう。僕の作戦は、僕に最愛の妻がいることを早い段階でカミングアウトして、アスカを恋愛対象として見ることあり得ないと認識してもらい、警戒を解いてもらうというものだ。
しかも若いアスカから見れば、既婚者なんて恋愛の対象外だろうから、間違っても向こうから恋愛に発展することもないだろう。なんと完璧な作戦。ソフィアがいてくれてよかった。
「ええ~!コージローさんって結婚していらしたんですね?」
「ん?いや、僕もソフィアも庶民だから結婚はしてないけど・・・。」
「じゃあ、恋人として神の前で愛を誓い合ったとかでしょうか?」
「いや、そういえばそんなこともしていないな・・・。」
「それではお二人はどんな関係なんですの?」
アスカの顔はきょとんとしている。おそらく純粋な興味で聞いているのだろう。たしかに僕とソフィアの関係はどう説明すればよいのだろう。
それから小一時間ばかり歩きながら、いかに自分がソフィアを愛しているのか、そしてソフィアが僕を愛しているのか語り続けた。
関係に名前を付けられないのなら、愛の深さで説明するしかない。そんな思いから熱心に語ったのだが・・・。
「おい、いいかげんのろけ話やめろ!もう森に着いたぞ!そんな話、誰が聞きたいんだよ、まったく!」
後ろからトーニャがイラついた声で制止してきた。
いや、これはギルドのための作戦で・・・と説明するわけにもいかず、僕はうなだれてトーニャに謝った。
「怒られちゃいましたね。」
アスカは僕にニッコリと微笑みかけると、急に顔を近づけてこっそり耳打ちしてきた。
「トーニャさん、最近、また彼氏が出て行っちゃったみたいですよ。この国ではそういうの珍しくないですよね。コージローさんも気を付けてくださいね。」
驚いて飛びのくと、アスカはいたずらっぽく微笑んでいた。
しかし、その直後、アスカの様子が一変し、急に不安そうな表情になった。
「あのあたり、何かいませんか?」
「えっ?」
僕はアスカが指さした茂みの方を見たが、何も見つけられな・・・。
シュッ!!
突然、その茂み近くから矢が飛んできて僕の足元に刺さった。
「敵襲~!!」
僕は叫ぶと、大鍋を持ち、シャーロットとトーニャの前に立った。その直後から次々と矢が飛んできたので、大鍋で受け止めた。
アスカは大丈夫か・・・。そう思って周囲を見ると、アスカは離れたところで盾を頭の上にかざしてブルブル震えている。
戦力にはなってないけど、あれなら急所に矢が刺さることはあるまいから放っておこう。それよりも目の前の敵に集中だ。
僕はトーニャに目で合図すると、ちょうど詠唱を終えたところで、炎の魔法で火球を出現させ茂みを焼いた。すると、焼けた茂みの間から、弓に矢をつがえようとする骸骨人間が見えた。
「スケルトンだ!おそらく1体。弓で攻撃してきてる。アスカ!そこからスケルトンの注意を引きつけて隙を作れるか?」
「ム、ムリで~す。」
アスカは相変わらず頭の上に盾をかざしてガタガタ震えたままだ。仕方ない。
「トーニャ!援護をお願い!」
トーニャはうなずくと、スケルトンに向かって火球を発した。物理攻撃が効かないスケルトンにダメージを与えられるわけではないが、熱風でバランスが崩れた。
「チェスト~!!」
僕はその隙に盾を捨て、剣を持ってスケルトンに駆け寄り、気迫一閃、袈裟切りに斬った。
これでもスケルトンにダメージは与えられないが、弓を持っていた手を切り落とすことができた。返す刀で首を落とす。
スケルトンの動きは鈍ることはなかったが、切り落とされた手の骨と頭蓋骨を拾おうとしている。よし、時間を稼げた。
「シャーロット!」
「・・・神の御名の下に。」
シャーロットさんの長い長い詠唱がようやく終わり、スケルトンは光に包まれ、その直後、動きを止め、ただの骨に戻り崩れ落ちた。
「ありがとうございました。シャーロット。」
「いえいえ、コージローが詠唱の時間を稼いでくれて助かったわ。なんで神聖魔法はこんなに詠唱が長いのかしらね~。」
シャーロットはにこやかに微笑みながら、開いていた聖書を丁寧に閉じ、リュックにしまった。
「アスカ、大丈夫?」
僕は膝をついてうずくまりながら、頭の上に盾をかざしているアスカに近寄った。
「あっ、あっ・・・あの・・・もう大丈夫でしょうか?」
「うん、シャーロットが神聖魔法で悪霊を浄化したからもう大丈夫。」
「あっ、ありがとうございます。」
アスカは力が抜けたのか腰から崩れ落ちた。
★★
「じゃあ、さっきの反省会ということで、盾役の基本的な動きを復習しようか。モンスターの襲撃を受けた時、盾役はどう動くんだっけ?」
帰り道の休憩時間、地面に座りながらアスカと今日のクエストの振り返りをした。
「まず、仲間に敵襲があったことを伝え、可能であればモンスターと攻撃手段を特定して仲間に伝えます。」
「そうだね。その後はどうするの?」
「遠隔攻撃タイプであれば後衛の魔導士や僧侶の近くに移動して盾で守ります。近接攻撃タイプであれば少し離れた場所でモンスターの注意を引いて後衛から引き離し、後衛の援護を待ちながら戦います。」
「そうだね。じゃあ、相手がスケルトンの時はどう戦えばいいと思う?」
「はい・・・悪霊が取り付いているスケルトンや歩く鎧であるウォーキングメイルなどは、物理攻撃や攻撃魔法ではダメージを与えることはできません。上級僧侶が使う神聖魔法による浄化以外では対応できませんので、盾役は僧侶を守りながらモンスターの攻撃を妨害して、詠唱の時間を稼ぐことが基本的な役割になります。」
ちなみに補足すると、上級僧侶の資格がない人が神聖魔法を取扱うことは法律で一切禁止されているので、治癒師の資格しかない僕や魔導士であるトーニャなどが神聖魔法を使って悪霊を攻撃することはできない。
「そう!よくわかってるじゃん!すごく勉強してるね。研修生でそこまで理解している人はほとんどいないよ!!」
僕は素直に感心して褒めたつもりだったが、アスカの反応は鈍かった。
「でも、全然だめですよ・・・。頭でわかっていてもいざ実戦となると足がすくんであの有様です・・・。わたし、向いてないんでしょうか・・・?」
アスカは目を伏せ地面を見ながら、指で芝生をむしっている。目には涙もたまっているようだ。
「そうかな・・・?僕もよく足がすくんだよ。怖気づいてモンスターに向かって飛び込めなくて、後衛に後ろから杖で殴られたこともあったし。」
僕の言葉にアスカは顔を上げ、その瞬間、目にたまった涙がこぼれ落ちた。
「じゃあ、それをどうやって克服したんですか?」
「いや、まったく克服してないよ。そもそもギルドに行く途中で足がすくんでそのまま動けなくなって、冒険者をしばらくお休みしたこともあったしね。ハハッ。」
僕が自嘲気味に笑うと、アスカもつられて笑ってくれたが、すぐに真顔に戻った。
「でも、今は立派に冒険者をされてるじゃないですか。先ほども勇敢に戦われて・・・。どうして勇気を出せるようになったんでしょうか?」
「う~ん・・・。」
慣れかな、とか適当に言ってしまいそうになった瞬間、アスカの真剣な表情が目に入った。これは他人の言葉で適当に回答しちゃだめだ。この真剣な思いに応えるためには、自分の本心から答えないと。
「僕は、そういう時、常にソフィアの顔を思い浮かべてる。」
僕は言葉を選びながら、しかし心に正直に答えた。
「えっ?急にのろけですか?」
アスカが思わず表情を崩したが、僕は真剣な表情のまま続けた。
「いや。本当なんだ。もともとソフィアは僕の指導担当で、研修生の時も、新人冒険者の時もずっと指導してくれていたんだ。尊敬するソフィアが今の僕を見たらどう思うだろう、失望させたくない、そう思ったら自然と震えが止まって足が動くんだ。今でも怖くなるときはいつもそうしてる。」
「そう・・・なんですね。わかりました。」
言葉とは裏腹に表情は納得していない様子だ。きっとまだアスカにとって尊敬できる冒険者を見つけられていないから実感できないんだろう。
まあいい。それはゆっくり見つければいいさ。
僕がソフィアみたいな存在になれるとは到底思えないけど、僕がソフィアから受けた教えの100分の1でも伝えられるようにしたい。アスカが肩を落とす姿を見て、同じように実力不足だった昔の自分を思い出し、そう思った。