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2/ 7 ソフィアの願い

「ああ、ソフィアおかえり~。」


いつものように玄関で出迎え、ローブと杖を受け取ろうとした瞬間だった。

突然ソフィアが僕に駆け寄り、飛びつくようにして抱きついてきた。


「えっ?どうした・・・」


そう言いかけた僕の唇はすぐにソフィアの口で塞がれた。激しいキスをされながら僕は察した。これは何かとてもイヤなことがあったに違いない。こんなことはこれまで片手で数えるくらいしかなかったけど、今日みたいに激しいのは初めてだ。そう思い僕は、ソフィアをそっと抱きしめて寝室へ誘導した。


★★


「それで・・・何があったんでしょうか?」

ひと通り行為が終わった後、僕はベッドに寝そべりながら、隣で一糸まとわぬまま、すっかり落ち着いて賢者みたいな表情で考え事をしているソフィアに尋ねてみた。

「うん・・・なんでもないよ。」

「そうですか・・・。」

尋ねても教えてもらえないのはいつものことである。ソフィアもギルドで要職に就いており、家族であっても話せない機密があることは理解している。


「じゃあ、代わりに僕の話を聞いてもらえませんか。リチャードの件、知ってますよね。懲罰委員会にかけられた話。」

「そうだったっけね・・・。」

ソフィアは素知らぬ顔をしているが、昼のナディアの話では、他ならぬソフィアが渉外対応をして方々に謝罪行脚をしているはずだ。だから知らないはずがない。


「今日、ナディアに呼ばれて、例の新人冒険者のメンターを僕が引き継ぐことになりました。」

僕がそう言うと、ソフィアはゆっくり起き上がり、隣に寝そべる僕を険しい表情で見下ろしてきた。


「君、引き受けたの?それがどれだけ大変な話かわかってる?」

僕も起き上がり、真剣な眼差しでソフィアの顔を見つめた。


「はい。詳しい事情は教えてもらえませんでしたが、ナディアの話からただ事ではないと思っていました。おそらくその新人冒険者には強い後ろ盾がいて、今回の件に怒り、ギルドにかなり強い圧力をかけているんじゃないでしょうか?そうであれば辻褄が合います。下手を打てば僕も不興を蒙ってリチャードと一緒に処分されるかもしれません。でも、信頼回復のためには指名された僕以外に適任はいないと思います。」


「でも・・・うん確かに・・・でも・・・いや・・・。」

僕の言葉にソフィアは髪をかきむしって悩み始めた。

ソフィアの気持ちは手に取るようにわかる。


ギルドの要職にある身としては、信頼回復のためには僕を配置するしかないと理解している。ギルドの他の盾役や剣士はリチャードと大差ないマッチョばかり。僕以外だったら、おそらくリチャードの何が悪かったかすら理解できず、下手したら同じことを繰り返しかねない。

だけど妻としてのソフィアは夫にそんな面倒で貧乏くじを引くような仕事をして欲しくないのだろう。


「ソフィア、聞いてください。今こそ僕がギルドの役に立てる時だと思ってます。もし僕がうまく彼女を指導できたら、それでリチャードのことがなかったことにはならないでしょうけど、多少はギルドへの怒りも収まるかもしれない。だから、やらせてほしい。」


僕はソフィアの肩に手を置き、そのエメラルドの瞳を覗き込んだ。ソフィアの瞳は揺れていたが、やがて何かを決意したかのように視線が定まり、大きくうなずいた。


「わかった。君を信用する。他の冒険者と違って誠実で思いやりのある君だったらきっとできると思う。ごめん・・・こんな仕事をさせて・・・。」

「いいんです。大丈夫ですよ。この僕ですよ!間違ってもリチャードみたいに色恋沙汰で問題になったりしませんって。」

僕はおどけてみせたが、ソフィアの表情は硬いままだ。

張り詰めた空気に僕は何も言えず、そのまましばらくソフィアと黙って向かい合っていたが、やがてソフィアがためらいながら口を開いた。


「妻としては、とてもこんなことはお願いできない。だけど・・・ギルドのメンバーとしてお願いしたい。指導を通じて彼女のギルドと冒険者への信頼を必ず回復して欲しい。」

「どういうことです?」

「詳しくは言えないが、今回の件で、あの方はひどくお怒りだ。大げさではなく、この地方のギルドの存続も危ういかもしれない。会長もわたしも手を尽くしているが、他に打つ手がないところまで来ている。アスカさんがあの方へ口添えをしてくれれば、もしかしたら何とかなるかもしれない。そんな一縷の望みを君に託すしかない状況まできているんだ・・・。」


そう言うとソフィアは手をついて僕に向かって頭を下げた。普段の強気な様子とは一変して懇願するような態度のソフィアを見て、僕は重責を実感する一方で、何が何でもソフィアの期待に応えなければという強い気持ちも湧いてきた。


「はい!ソフィアのため、ギルドの仲間のため、必ずや期待に応えて見せます。」


ソフィアの目を見て強く宣言した僕に対し、ソフィアは少し微笑んでくれた。天使のように美しいその微笑みをずっと見ていたいと思ったが、すぐに不安げな表情に戻ってしまった。


「話を聞いた限りでは、アスカさんはリチャードを見て冒険者全体の人間性に幻滅しているらしい。たしかに男の冒険者はリチャードに似たり寄ったりで、あながち間違ってはいない。だから彼女の信頼を回復するためには、君が指導者として、また人として尊敬され、敬愛されるようになることが必要だろう。だけど、妻としては、その敬愛が愛情に変わるのが怖い。そんなことになって、もし彼女の想いがかなわなかったときには反転して恨み100倍になってしまうから。」

「大丈夫です。僕がソフィア以外に心を奪われることはありません。」

僕の決意のこもった答えにソフィアは一瞬嬉しそうな顔をしたが、またすぐにひどく悲しそうな表情になった。


「あらかじめ言っておくが、もし彼女が君に愛情を抱き男として求めたら、わたしは身を引かなければならなくなる。わたしの私情でギルドを危うくするわけにはいかないから・・・。正直不安なんだ。こんな素敵で魅力的なコージローに親身になって指導されたら、どんな子でも好きにならないはずがないって・・・。」

そう言ってソフィアは僕の頬に手のひらを当て、慈しんでくれた。


「買いかぶりすぎですよ!それに僕がソフィアを好きだって部分がブレさえしなければ、他の人が僕のことを好きになるはずなんてありません!むしろ尊敬される方が難題ですよ。ハハッ!」

「フフッ・・・信じているよ。」

悲し気に微笑むソフィアが愛おしすぎて、もはや我慢できず抱きしめてそのままベッドに押し倒してしまった。


このソフィアへの想いがあれば絶対に大丈夫!ソフィアの目論見どおり尊敬してもらえるかはともかく、ソフィアが身を引かなければならない事態には絶対にならない。


この時の僕はそう確信していた。


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