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1/ 7 ギルドの危機

異世界で専業主夫シリーズ第三弾。異世界で冒険者から魔導士ソフィアを支える専業主夫となったコージロー。最近は頼まれてパートでクエストにも出ているのだが。

「ソフィア、じゃあこれお弁当。今日も頑張ってね。」

今日も今日とて、専業主夫である僕は、魔導士ソフィアにお弁当を持たせて仕事へ送り出す。

「ああ、うん・・・。今日はお弁当はいらない・・・。」


おや?今日のソフィアは元気がなく、しかもどことなくうわの空だ。そういえば普段はまったくしない化粧をしており、正装用のローブを着ている。苦手な渉外関係の仕事でもあって気が重いのかな・・・。


いや今日だけじゃない。最近はずっと考え込むことが多いな・・・。


「ああ、すみません。お弁当いらないなら前の日に言ってもらえると・・・。どうします?僕がお昼に食べましょうか?」

「あ、ああ。ごめん。せっかく作ってもらったし、やっぱり持って行くことにするよ。じゃあ今日は早く帰るから。あっ、夕飯はがっつりした肉とかよろしくね!」

最後はいつものように夕飯のリクエストをして慌ただしく出て行ったが、どことなくカラ元気を出しているだけのようにも見える。


元気を出してもらうために今日はリクエストに応じてソフィアの好きな分厚い肉を焼いてあげることにしよう。

あっ、もうこんな時間!今日は僕もギルドに呼ばれてるし、急がないと・・・。



僕が、剣と魔法の世界に異世界転生し、苦難の冒険者生活を過ごした後、専業主夫に転職してから1年あまり。先輩魔導士であるソフィアとの生活は、たまにモヤモヤすることはあるがおおむね平和だ。

今ではソフィアを家庭で支えることが僕の天職だと胸を張って言える。

むしろ、最近はギルドからの断りきれない頼まれごとで専業主夫に専念できないのが悩みの種である・・・。


★★


コンコンッ

「失礼しま~す。」


受付で案内されたギルドの会議室をノックし扉を開けると、そこには女性魔導士のナディアが一人で座って待っていた。

ナディアは、かつて同じパーティーでクエストした仲間で、最近ギルド執行部の要職の一つである常務理事に就任した。


「お~!コージロー、よく来てくれたね!!いや~、わざわざ足を運んでもらって悪いね。まあ座ってよ。ちょうどもらいもののお菓子があるけど食べる?お茶も出すからさ。それで時間もないし単刀直入に言うけど、お願いしたいことがあるんだ。」

「すみません。家での仕事が忙しいのでお断ります。」

いつもの高圧的な態度と違って、にこやかに愛想を振りまきながら下手に出てきたナディアの様子を見て一瞬で面倒な話だと悟った僕は、先手を打って断りを入れた。


「まあまあ、話を聞いてからでいいじゃないか。それに君には貸しがあるだろ?研修の時に新人冒険者の女の子に手を出そうとしたこと、ソフィアに黙っておいてあげたじゃないか。」

ナディアは引き下がらず、にこやかな表情のまま、ずいと顔を近づけて凄んできた。いつものナディアらしい態度になってきたぞ・・・。


「あの件は誤解です。新人にちょっかいなんかかけてません。それに結局ソフィアに話したじゃないですか。」

「あの件をソフィアに話したのはわたしじゃなくて職員のナミさんだよ。わたしは黙ってたんだから貸しであることは変わらないはすだ。そうそう、お願いごとってのは、その新人冒険者のアスカさんの話なんだけど・・・。」

「ちょっと、強引に本題に入らないでくださいよ・・・。」

いつものごとくナディアの強引な話の進め方には苦笑するしかない。


「まあまあ。リチャードが休職したって話は聞いてるかな?」

「ああ、噂ですけどクエスト中にケガをしたとか・・・。」

リチャードは、僕が新人冒険者として登録した時の同期で、盾役兼剣士として活躍している。先ほど受付で職員のナミさんからリチャードが自宅療養中だと聞いて心配していたところだ。


「そうじゃないんだ。ここだけの話だけど、実はリチャードが同じパーティーに研修生として入ったアスカさんに懸想して強引に迫ったことがわかって問題になっているんだ。アスカさんの話によれば野営中に押し倒されそうになったとか・・・。リチャードはそこまではしてないって否定してるんだけどね。それで現在ギルドの調査対象になっていて冒険者資格を停止している。」

「えっ!!ウソでしょ?なんでそんなことを?」


この世界にはセクハラという概念はない。

しかし、だからといって何をやっても許されるというわけではない。特に冒険者は信頼関係の世界である。仲間の女子と強引に関係を持ったりしたら、パーティーはもちろん、ギルドからも追放されて冒険者生命が終わってしまう。

リチャードは多少短慮なところがあるが、そこまで考えが至らないなんて到底思えないのだが・・・。


「リチャードの処分は懲罰委員会で審議中なんだけど、問題はアスカさんのフォローだ。彼女は盾役兼剣士を志望しているけど、盾役も剣士もこのギルドには男しかいないだろ?でも、アスカさんはもう男のメンターはイヤだって言うんだ。」

「じゃあ、しょうがないじゃないですか。そもそも女性が、マッチョさを求められる盾役とか剣士を志望することに無理があるんですし、ジョブチェンジするか、冒険者をあきらめてもらうしかないでしょう。」

しかし、僕の正論に対して、ナディアは苦笑いで応えた。


「いや、そう簡単じゃないんだよ。ギルドとしても監督責任を問われている。アスカさんも盾役としての研修の継続を希望しているし、このまま放り出すわけにはいかないんだ。それでね、アスカさんに事情を話したら、それならコージローだったらいいって言うんだよ。たしか盾役の実技研修の時に彼女をうまく手なずけてただろ。だから、コージロー、アスカさんのメンターになって指導してやってくれないか?」

「お断りします。家庭での仕事が忙しいので、クエストに出て新人を指導している余裕はないんです。」


1度クエストに出たら1週間や10日間の泊まり込みになることはざらだ。ソフィアもクエストに出ることが多いし、僕もクエストに出たら生活がすれ違ってしまう。それでなくとも、そんなに長期間ソフィアと離れるなんて耐えられない。


「そこはうまくやるからさ。なるべく近場のクエストを依頼するし、長期のクエストに行かなければいけない時はソフィアの長期クエストの時期に合わせるようにするよ。実はこの件はソフィアが渉外を担当しててさ、苦労してるみたいなんだよ。君が引き受けてくれたらきっとソフィアも助かるよ。」

「えぇ・・・でも・・・・。」

ソフィアの役には立ってあげたいが、それでも主夫が本業の僕としてはためらわざるを得ない。


「コージロー、君も新人冒険者の研修の時に指導を受けただろ?誰の指導を受けたんだっけ?」

煮え切らない僕にイラついたのかナディアは急に腕組みをして胸をそらした。笑顔から一転、表情も厳しくなり声色も野太くなって少し迫力が出ている。

「ソフィアとサンドラと・・・・ナディアです・・・・。」

「だよな!先輩から指導を受け、それを後輩に返す。それが冒険者としての仁義じゃないか?君は、まだメンターを一度もやってないだろう?先輩の恩をこれからどうやって返していこうってつもりなんだ?」

「いえ・・・はい・・・・。」


僕の脳裏に、研修生として、また新人冒険者としてナディアたちに迷惑をかけた日々が駆け巡った。


「しかもこの件、わたしやソフィアも対応に困っている。対応を誤ればギルド全体に重大な影響があるかもしれない。君がうまくやって、アスカさんの信頼を取り戻して事態を収拾させることができれば、ギルド全体を助けることになるんだよ。」

「そこまで大きな話なんですか?だったら僕には絶対無理ですよ。」


さっきまではただ面倒なだけの話だと思っていたが、どうやらかなりの重責を背負わされるらしい。そうなってくると、ますます引き受けるわけにはいかない。


「コージロー・・・。君はまだ冒険者登録をしているよね。いざという時は冒険者としてギルドに頼るつもりだからだろ?いざという時に頼ろうとするならば、ギルドの仲間が困っている時には力を尽くすべきじゃないか?」

「はい・・・。」

正論に対して僕はうなだれるしかない。


「じゃあ、引き受けてくれるね!!パーティーはシャーロットさんのところだから、帰りに受付でパーティー加入登録しといてね。よろしく!わたしは次の会議があるからこれで・・・。」

そう言うとナディアは席を立ち、足早に部屋を出て行った。


会議室に残された僕の頭の中には、大変な事態になったという思いしかなかった。


★★


その頃、ソフィアは、県庁舎内の県令執務室において、頭を深く下げ、ギルドを代表して謝罪の口上を述べていた。相対する県令であるコリンズは執務机の席に足を組んで座り、横を向いたままだ。


「この度のこと、ギルドの監督不行届きであり、深く陳謝させていただきます。今後は責任追及と再発防止に努め・・・。」

コリンズは、ここまで聞いたところで、金色の口髭がのった唇をゆがめて冷笑し、右手を突き出してソフィアの謝罪を遮った。


「謝罪はそのくらいでいいよ。どうせセレモニーとしての謝罪だろう。あの方には丁寧な謝罪があったと伝えておくよ。それで怒りが鎮まるとは思えんがね。ククッ。」

目の前の金髪の中年男は皮肉っぽく笑った。ソフィアとしてはこんな男に頼らざるを得ないのがたまらなく口惜しい。


「それよりも会長からは私と旧交を温めてくるように言われなかったかな?ちょっと、そちらのソファに移ってゆっくり話そうじゃないか。」

そう言うとコリンズは同席していた秘書官に退室を命じ、ソフィアをソファに座らせ、自分はその対面に座った。


「しかし、いつ以来かな?君が宮廷魔導士を辞めた時以来だから、かなり経つよね。いや、この地方の県令に就任した時にすぐに挨拶に来てくれるものだと思ってたんだけど水くさいね・・・。」

コリンズは、皮肉めいた口調でニヤニヤと笑いかけた。

「申し訳ありません。一介の冒険者のわたくしめが気軽に公爵閣下にご挨拶にあがるなど僭越の極みと思い、遠慮しておりました。」

本音は違う。今さらコリンズの高慢で嫌味な顔など見たくないから県庁に来ることすら避けていたのだ。


「ははっ、他人行儀だな。昔のようにコリンズと呼んでもらえないのかな?」

コリンズは卓上の葉巻を切り、口にくわえて火をつけた。

「お戯れを。卑賎の身のわたくしが公の場で公爵閣下のお名前を申し上げるなど恐れ多いことです。」

「そうか・・・。じゃあ、今度、二人だけで会えるよう食事の席を設けるから、そこで話をしようじゃないか。」

「それは恐れ多いことです・・・。」

本当はそんな席などまっぴらごめんである。なんで、かつてはこんな権高で皮肉屋な男に惹かれていたのだろう?今では消したい黒歴史だ。


「ところで、私のところへ戻ってくる気持ちはないかね?」

コリンズは葉巻を少し吸っただけで、灰皿の上でもみ消し、体を乗り出してきた。

「いえ、わたしのような在野の生活に染まった粗忽者が、今さら宮廷魔導士などとても務まりません。」

ソフィアは目線を下に向けてコリンズの視線を避け、硬い口調で答えた。


「いや、そういう意味ではないよ・・・。」

ソフィアが思わず顔を上げると、そこにはニヤついたコリンズの顔があった。


「庶民であるわたしくめには・・・・。」

ソフィアが硬い表情のまま、また視線を下げるとコリンズは破顔一笑した。


「ハハハッ!!冗談だよ!ところでお昼はまだなのだろう?料理を運ばせるから一緒に食べようじゃないか。」

コリンズは秘書官を呼んで料理を注文しようとしたので、すかさずソフィアはそれを遮った。


「わたくしは、弁当を持っておりますのでそれをいただきます。公爵閣下の分のみご注文いただければと思います。」

そう言ってソフィアは、今朝がたコージローに持たされた弁当の包みを広げた。中には厚切りハムとチーズのサンドイッチ、トマトときゅうりのピクルス、そしてウサギ型に切ったリンゴが入っていた。

さすがコージロー、わたしの好みをよくわかってる・・・。思わず笑みがこぼれたソフィアに対して、コリンズは訝し気な視線を投げかけてきた。


「君は料理はしないんじゃなかったかな?それとも考えを改めたのかね?」

「いえ、閣下。これは家人が持たせてくれたものです。愛しいわたくしの夫が。」


ソフィアは軽く微笑み、この日初めてコリンズの目を見て言葉を返すことができた。


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