9 ルッダの商人サバンニ 4
「な、何だ今の光の色は?トーマ、君は魔法が使えるのか?」
サバンニの問いに、俺は小さく首を振った。
「いいえ、使えません」
「ううむ……これまで三色の光は見たことがあったが、これほど多くの色の光は見たことがなかった。なんとも不思議だ」
「あの、それって、何を調べるための道具なんですか?」
俺の問いに、ラスタール卿は、目をそらして微笑みを浮かべた。そして、改めて俺の方に向き直ってこう言った。
「気を悪くせんでくれ。これはな、魔族かどうかを見分けるための聖具の一つなのだ」
「魔族?」
ラスタール卿はうなづいて続けた。
「うむ……先日、王都の近くで魔族の仕業と思われる事件があってな。それ以来、法王様がひどく用心されるようになって、我々にこの宝石を使って魔族を探し出すように、ご命令があったのだ。それ以来、わしはこうして肌身離さずこれを首から下げて、会う者たちを調べておるのだ。昨夜、君を呼んだのも、胸のこの宝石が微かに振動していたからだ」
(なるほど、そういうことだったのか。俺の魔力に反応したんだな)
『魔力制御を覚えないと、今のマスターは、湯気を上げながら歩いているヤカンのようなものですからね』
(ひどい例えだな…しかし、確かに不用心だった。後で魔力制御のやり方、御指南頼みます、ナビ様)
『分かりました。まあ、簡単ですけどね。それより、マスター、王都の近くの事件て、もしかして……』
(ああ、たぶん、ジャミール遺跡で、俺がレイナとかいうネクロマンシーを浄化し、魔力貯蔵装置を封印した件だろうな。法王のやつ、魔族がやったと思ってビビりまくっていやがるのか。まあ、そう思ってくれた方がこっちとしては都合がいいが)
「それにしても、今の光は……」
ラスタール卿が、まだ合点がいかない表情でつぶやいた。
「ラスタール卿、それより商売の話にいきましょう」
サバンニは、俺がただの少年だと思い込んでいたので、魔法の話には興味がなく、俺が昨夜漏らした話の詳細を聞きたがった。
ラスタール卿は頷いて、俺に言った。
「おお、そうだったな。トーマ、われわれは十分な財力と人脈を持っておる。君の力になれるはずだ。考えていることを聞かせてくれないかね?」
「もちろん、商売だからね。こちらにも少しは利益がないと援助は難しいがな」
俺は、素早く頭の中で論理の流れを組み立ててから、話を切り出した。
「僕には仲間がいます。そして、船を持っています。僕はその船を使って交易をしようと思っているんです」
「ほう、交易船か。なかなか面白いところに目を付けたな」
「ふむ、確かに……だが、リスクも多いぞ。まず、海は天候に左右される。何日も船が出せなければ、まず生ものは商品にならない。海賊や魔物の危険もある」
サバンニの言葉に言葉に、俺は頷いて続けた。
「確かに危険は多いです。でも、それは陸上でもあまり変わらない。僕は冒険者として、何度か商人の馬車を護衛しましたが、毎回盗賊の襲撃に遭いました。それと、何を売るかは一番大事です。生ものがリスクが多いなら、腐らないものを扱えばいい……」
ラスタール卿は楽し気に何度も頷きながら、俺の話に聞き入り、サバンニも顎髭を触りながら小さく頷いた。
「なるほど……で、どんな商品を扱おうと考えているのかね?」
「まだ、確定ではありませんが、要は、みんなが欲しがるものを売ればいい、そう考えています」
「いやいや、それは商人なら誰もが考えていることだよ。君が考えた商品は、もう他の誰かが扱っているということだ」
サバンニは、これでもう話は終わりだ、という顔でソファの背にふんぞり返った。
俺は、ここで切り札を切って、反応を見ることにした。
「ミスリルでも、ですか?」
「「ミスリル!(だと!)」」
二人の大物が同時に声を上げて身を乗り出した。
「ミ、ミスリルが手に入る当てがあるというのか?」
(おお、思った以上の反応だな、いいぞ)
俺は心の中でほくそ笑みながら、彼らに付け入る隙を与えない。
「いや、当てはありません。でも、今日の午前中、武器を見に行ったのですが、そこではミスリル製のナイフが、隣国の六倍ほどの値段で売られていました。聞けば、ミスリル鉱石が入ってこなくなったので、価格がどんどん上がっているということです。これは、狙い目だと思いました」
二人はがっかりしたようにため息を吐いた。
「確かに、ミスリル鉱石を仕入れることができれば、巨万の富を得られるだろう。だが、ミスリルが採れる鉱山はほとんどない。アウグスト王国のエルプラド鉱山くらいだ。しかも、この国とアウグスト王国は国交を断絶しておる。持ってくるにも来れ……ん?いや、待てよ……」
お、さすがに大商人、気づいたか?
「……そうか、陸路がだめなら、いったん海へ運んで持ってくれば……いや、だめだ、積み荷の検査で引っ掛かるか……だが、港を使わなければ……」
サバンニが独り言のようにつぶやくのを聞いたラスタール卿は、慌ててたしなめた。
「おいおい、違法な密売に手を染める気か?見つかったら、これまで築き上げた財産が没収、それどころか、命も失くしてしまうぞ」
「はあぁ……そうですな。あはは……いや、一瞬の夢を見ただけです」
サバンニはそう言って、力なくうなだれた。
「アウグスト王国からではなく、別の場所から、正規の交易品として取引すればどうですか?」
俺の言葉に、二人は再び目を丸くした。
「い、いったい、どこから、どうやって……」
「トーマ、君は一体何を隠しておるのだ」
「特に隠していることはありませんよ。でも、もし、今言ったことが可能になったら、お二人は僕に力を貸してくださいますか?もちろん、それ相応のお礼はいたします」
二人は、俺をまじまじと見つめて小さなうなり声をあげた。
「ううむ…いやはや、どっちが名うての商人か、分からなくなってきましたわい」
「末恐ろしい少年だな…ふふふ……だが、面白い。やって見せてもらおうではないか」
二人は口々に俺への感想を述べた後、サバンニが代表して言った。
「トーマ君、約束しよう。君が正規のルートでミスリルを運んで来たら、我々はそれをきちんと商品として扱うことをな。おお、そうだ……」
彼は何か言いかけてから、手をポンポンと二回叩いた。
すぐにドアが開いて、例のセンター分けが、へこへこしながらサバンニのもとへ駆け寄った。サバンニはそいつに何か耳打ちし、そいつは一瞬、驚きと不快の表情を浮かべて俺を見た後、小さく頭を下げて部屋から出て行った。
「ルッダの港には、私の店の倉庫と出張所があってね。何か急用や連絡することがあったら、ここに直接来てもいいし、その出張所に行ってもらってもいいからね」
サバンニがそう話している間に、再びドアが開いて、センター分けが何やら持ってきて、うやうやしくサバンニに手渡した。
「これを君に渡しておこう。私の商会の幹部しか持っていない身分証だ」
サバンニはそう言って、俺にギルドカードくらいの大きさの、商会の紋章が刻印された金属製のカードを手渡した。
「それを見せれば、疑われることなく私と連絡が取れる。ただし、君がへまなことをすれば私にも疑いが及ぶことを忘れないでくれ」
(え?いや、いくら何でも、信用しすぎでしょう、サバンニさん。まだ二回しかあったことのない、どこの誰とも分からない子どもの俺に……いいんですか?)
「こ、こんな大事なもの、俺が貰ってもいいんでしょうか?」
俺がカードを手に戸惑っていると、サバンニがにやりと微笑んで、俺に顔を少し近づけながら言った。
「心配はいらぬよ。私には手練れの部下が何人もいる。君が少しでも、わが商会の不利益になると判断したら……ふふ……まあ、怖くなったら、それは返してくれればいい」