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88 《最終話》トーマは、十二歳の〝少し冷めた〟おっさん冒険者である

 結局、その後、王都のギルド本部からは、「依頼達成」の証明書と報奨金三十万ベル相当の金貨が送られてきたが、Sランク昇級の話は何もなかった。

 俺はほっとした気分で喜んだが、ウェイドさんの考えは違っていた。


「まあ、こいつは〝今後もお前のことを注意深く監視する〟ってことだろうな。裏を返せば、向こうとしてはお前の扱いに困惑していて、下手に刺激しないように気を使っているってことだ」


「そうなんですか? 別に、そんなに気を使わなくてもいいのに……放っておいてくれるのが一番嬉しいんですがね」


「なあに、お前は好きなように生きればいいのさ。面倒なことは、俺たち大人に任せればいいんだ。ただし、依頼の仕事はきちんとやってもらうがな」


「へーい、分かりました」



 ギルド長室を出て、階段を下に下りていく。


「ポピィ、お待たせ」

 ラウンジに待たせたポピィのもとへ行くと、彼女の周りには大勢の冒険者たちが取り囲んで楽し気な笑い声を響かせていた。


「あ、トーマ様、お帰りなさいです」


「よお、トーマ、またギルマスに面倒な依頼を押し付けられてたのか?」

 Bランクに昇格したパーティー《虹の翼》のリーダー、ルードさんだ。


「誰が依頼を無理やり押し付けたって?」


「げっ、ギルマス、きゅ、急に出てくんなよ」


「Bランクに上がって、少々天狗になっているお前たちに、ちょうどいい依頼があるんだが、受けてみるか?」

 階段から降りてきたウェイドさんは、怖い顔でそう言って「来い」と指サインをした。


 ルードさんたちは、蛇に睨まれたカエルのように青白い顔で、おずおずとウェイドさんの後についていった。


「くくく……ご愁傷様です、ルードさん」

 Cランクパーティー《赤い雷光》のジェンスさんが、声を殺して笑いながらそれを見送る。


「ん? なんなら、お前らも一緒に来るか、ジェンス?」


「いい、いや、結構です、すいやせんっ……ふう、あぶねえ」

 ウェイドさんと《虹の翼》の面々がカウンターの向こうに消えると、ジェンスさんはため息をついて胸を撫で下ろした。


「ところで、なあ、トーマ、今度はどこを旅する予定なんだ?」

 ジェンスさんとパーティーメンバーは、俺とポピィを囲んで興味津々の様子で尋ねた。


「ええっと、今のところ忙しくて予定は考えていませんが、できれば、まだ行っていない場所に行きたいですね。例えば、プラド王国とか、東の大陸とか」


「おお、いいな。じゃあ、行き先が決まったら、俺たちも一緒に連れて行ってくれよ」


「それは構いませんが……何か目的があるんですか?」


 ジェンスさんたちは、ニコニコしながらこう言うのだった。

「お前やポピィちゃんと一緒に旅をしたら、俺たちももう一段ランクアップできそうな気がするんだよ。どんなに厳しい旅になっても弱音は吐かないからさ、頼むよ」


 このような考えを持っているのは、どうやら彼らだけではないらしい。先ほどギルマスに連行されていった《虹の翼》の面々も同じことを言おうとしていたらしい。そして、これまで俺と交流のなかった冒険者たちも、ルードさんやジェンスさんに、仲介を頼んでいるという。


 ギルドの建物を出て、俺とポピィはパルトスの領主館に向かった。現在、ここに滞在しているアスタール・レブロン辺境伯に会うためである。

 今回、俺たちはレブロン辺境伯からの指名依頼で、彼をアレス伯爵領のポートレスの港まで護衛する。そして、さらに港の管理官であるクラウトン準男爵と合流して、辺境伯とともに獣人国へ向かうのである。


 アウグスト王は、いよいよ獣人国との正式な国交を結ぼうと、まずレブロン辺境伯とクラウトン準男爵を使者として、獣人国皇帝ミゲールへ表敬訪問することになったのだ。

 そこで、獣人国に行った経験があり、知り合いもいる俺が護衛役にえらばれたわけであった。



♢♢♢


《第三者視点》


(これから、こんな依頼が多くなるんだろうな……)

 ポートレスの港から獣人国へ向かう船のデッキで、トーマは夜の海を眺めていた。


 確かに、こうした類の依頼は、行動の規制が多く堅苦しいものではある。だが、今、彼の胸にあるのは、決して不快な感情ではなかった。


(……前世の生活に比べれば、天国と地獄ほどの違いだ。いやあ、この世界は、異世界は実に面白い。興味が尽きることがない。俺は、今、確かに充実している……幸せだ……)


「トーマ様、こんな所にいたんですね」

 物思いにふけりながら、この世界の大きな月を見上げていたトーマのもとに、カールした栗色の髪の少女が歩み寄って声を掛けた。


「トーマ様、なんだか、楽しそうです」


「ん、そうか? あはは……。なあ、ポピィ、この世界は面白いな、そう思わないか?」


 そう問われて、ノーム族の少女は首を少し傾けて考え込んだが、すぐにきっこり微笑んで答えた。

「少し前まで…この世界は、辛く、悲しく、恐ろしいものでした。でも、トーマ様に会ってからは、この世界を楽しいと思えるようになりました」


「そうか……それなら良かった」


「はい」


 二人は微笑み合うと、並んで月の光を映す夜の海を静かに見つめ続けた。



♢♢♢


 トーマは思う。自分は十二歳という異例の若さでAランクの冒険者に上り詰めた。今なら、たいていの相手には勝つ自信があるし、それだけの力を持っていると自負している。

 だが、この力は自分一人の努力と才能で身につけられたものではない。何といっても、転生した際に、《ナビ》という素晴らしいギフトを授かったおかげである。そして、《前世の記憶》を残してもらったことも大きい。


 トーマはこの世界に生まれて十二年だが、前世を合わせると四十年生きていることになるのだ。前世の辛い経験も、今となっては大きな財産になっている。


(本当に、神様には感謝しかない。この世界に転生させてくれた上に、《ナビ》という最高の相棒を与えてくださった……でも、俺、まだその神様が誰なのか知らないんだよな。

 この前会った、〈フェビアス〉って神様なのかな? 今度、アレッサ様に会ったら聞いてみよう。

 とにかく、俺を転生させてくださった神様、ありがとうございました。おかげで、楽しい人生を歩ませてもらっています。これからも、どうかよろしくお願いします。ああ、できれば、面倒ごとはなるべく少なく、おいしい食べ物と可愛い女の子にたくさん出会わせてください。あ~めん」


『やれやれ……途中まではとても謙虚で良かったのですが、最後のずうずうしさで台無しですね』


 トーマの頭に、ナビのため息交じりの声が響いた。


(当たり前だ。なんてったって、俺は中身は四十歳のおっさんなんだからな)


『何を偉そうに自慢しているんですか? あ~あ、隣のポピィがかわいそうです』


 トーマはナビにそう言われて、そっと隣で海を見つめている少女に目を向けた。しかし、トーマの中では、ポピィはやはり〝冒険の仲間〟であり〝自分の娘〟という感覚が強かった。これからお互いに成長して、関係が変わる可能性はあったが、今のところ、恋愛感情を持つことは考えにくい、というのが正直な気持ちだ。


(まあ、なるようになるさ。まだ、俺の人生はこれからだし、ポピィの人生もこれからだ。急いで決める必要はない。

 俺には、まだまだやりたいこと、知りたいこと、行ってみたい場所が山ほどある。今回の人生だけでは足りないくらいだ。

 神様、さっきのお願いに、もう一つ付け加えます。もし、俺が死んだら、もう一回この世界に生まれ変わらせてください……)


 心の中で手を合わせ、空に輝く月を見上げたトーマの目に、月のすぐ近くを海へ向かって落ちていく流れ星がきらりと輝いて映った。まるで、月のウインクのように……。


ここまで読んでくださった読者の皆様、ありがとうございました。

 これにて、『少し冷めた村人少年の冒険記』は完結となります。

 これまで応援していただいた皆様に、あらためて感謝いたします。


 今週末から、新作『神様の忘れ物』(仮題)の連載を始めます。

 どうか、応援よろしくお願いいたします。


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