87 Aランク冒険者はひきこもりたい 3
「そうですね、地図を見れば一目瞭然ですが、この先は右側が山、左側が深い谷と川があります。川の向こう側はまた高い崖で、その先はすぐに海ですから、道を通すならどうしてもこちら側になります。とすれば、谷沿いに道を作るか、山を貫通して道を通すか、いずれにしても難しい工事になりますね」
「ふむ、君ならどっちを選ぶかな?」
「俺なら、山を貫通する方を選びます。谷沿いの道は、常に転落やがけ崩れの危険と隣り合わせですから」
ラズレイは口元に小さく笑みを浮かべると、再び歩き出した。
「よし、じゃあ君の言う方法が可能かどうか、見に行こうじゃないか。山を登るぞ」
『マスター、彼に言わなくていいんですか? 山の途中にはワイバーンの巣がありますが……』
(ああ、多分この人も知っているはずだ。知っていて、あえてそっちに行こうとしているんだと思う。ワイバーンと戦わせる気か、それとも……)
俺は、あえて何も言わず、彼の後についていった。
その後、黙々と約二十分ほど岩の多い斜面を登って、俺たちは山の頂上近くに達した。と、その時、頭の上から、ギャアアッという声が聞こえ、大きな黒い影が舞い降りてきたのだった。
「おっと、ワイバーンの縄張りに入っちまったようだな。おい、トーマ、これを使え」
ラズレイは白々しい口調でそう言うと、背中に背負っていた小さな丸い盾を俺に向かって放り投げた。
その盾には明らかに何か魔法が掛けられていた。
『マスター、すぐにその盾を捨ててくださいっ!〈ヘイト〉の魔法が掛けられています』
そういうことか、と理解したときには、すでにワイバーンが俺をめがけて突っ込んできていた。
ところが、この時、ワイバーンが足場にしていた大岩が、ワイバーンが飛び立った衝撃と羽ばたきの風にあおられて、斜面を転がり落ちてきたのである。その先には、俺にワイバーンを仕向けてほくそ笑んでいたラズレイが立っていた。
ラズレイは、予定外の事態にもさすがに慌てず、一瞬の無詠唱の風魔法で大岩を粉々に砕いた。だが、そこで再び予想外の事態が彼を襲ったのである。
彼の足元が、ガラガラと音を立てて崩れたのだ。
「うわっ、しまった……」
俺は、一度目のワイバーンの襲撃を防御結界で防ぎ、ウィンド・ボムで吹き飛ばしたところだった。ラズレイの声に彼の方を見ると、体勢を崩した彼が背中の方から崖の下へ落ちていこうとしていた。
たぶん、そのまま放っておいてもSランクなら、どうにかするだろう、いや、これも彼が仕組んだ芝居かもしれない。
俺はそう考えたが、一瞬で判断しなければならないとき、常に人命優先という癖が身についてしまっていた。ラズレイの策にまんまとはまったかもしれないが、仕方がない。
「防御結界っ!」
俺はラズレイの背後に防御結界を張った。
一方、ワイバーンはお構いなしに二度目の突撃をしてきた。ラズレイが結界の上に無事にあおむけになるのを確認すると、目の前に迫ったワイバーンに向かって手を伸ばした。
「収納っ!」
ワイバーンの巨体が、空中で一瞬のうちに消えた。
♢♢♢
ラズレイは空中で結界の上にあおむけになったまま、信じられないものを見た、という顔で呆然としていた。
「何が起きた? 今、ワイバーンが一瞬で消えたぞ?」
俺は彼の側まで行くと、手を伸ばして彼を引き起こした。
「おい、答えろ、どんな魔法を使ったんだ?」
助けたのに礼も言わないラズレイにむかつきながら、俺はつっけんどんに答えた。
「別に、大した魔法じゃありませんよ。空間魔法でワイバーンをストレージに収納しただけです」
「空間魔法だと? あのデカブツを入れられる容量のマジックバックがあるっていうのか?」
俺は答えるのが面倒になって、ワイバーンを解放するために山頂へと歩き出した。
「今から、ワイバーンを外に出します。俺は殺したくないので逃げますが、ラズレイさんは、倒したければ勝手にどうぞ」
ラズレイは慌てて俺の後を追いかけてきた。
山頂に立った俺は、ストレージからワイバーンを放出した。そして、そいつが襲ってくる前に、一目散に山を駆け下りていった。一方、ワイバーンも真っ暗な空間に閉じ込められた恐怖から、すでに戦意を失くしていて必死に逃げ去っていった。
俺は山の麓まで下りたところで、木の根元に座り、ストレージから冷やしたハーブティーを取り出してのどを潤した。
「うまそうだな。俺にもくれないか?」
ラズレイが俺の隣に座りながら言った。
俺は黙って自分が飲んだカップを差し出して、金属製のポットからハーブティーを注いでやった。
ラズレイは、喉を鳴らしながら一気に飲み干すと、カップを返しながら言った。
「ふう、うまかった……ありがとな」
「まだ、ありますよ。飲みますか?」
「いや、もういい……なあ、お前は空間魔法の他に風魔法も使っていただろう? 他にも使える属性魔法はあるのか?」
「それを聞くのは、冒険者としてマナー違反でしょう?」
「ああ、そうだな……じゃあ、俺も使える魔法を教える、それならどうだ?」
俺はため息を吐いて、カップとポットをストレージにしまうとこう言った。
「ええっと、あなたは俺をテストする任務を受けているのだと思いますが、俺としては〝不合格〟でいっこうに構わないです。だから、もう、くだらない詮索はやめませんか?」
ラズレイは肩をすくめて笑みを浮かべながら言った。
「やはりバレていたか。あはは……だが、今は純粋な興味だ。俺はどうしてもお前の本当の力を見てみたい。決闘を申し込んででもな……」
「やめましょうよ。Sランカーに勝てるわけがないじゃないですか。俺は、ただのんびりと冒険しながら、世界中を見て回りたいだけの〝夢見る少年〟なんです……あ、そうだ、そんなに強い奴と戦いたいなら、〈魔の森〉の奥のダンジョンに行ってみたらどうです?
そこの三十九階に、とんでもなく強い〈メタルスライムの進化種〉がいるんです。今の俺じゃあ、歯が立たないくらい強いですよ。途中の階に〈リッチ〉とかもいるから、戦闘狂のあなたでも、きっと満足できますよ」
「ああ、新発見のダンジョンか……ふむ、そんなに強い奴なら、行ってみてもいいかもな」
「ぜひ、行ってみてください。一応、Sランカーが行くことをダンジョンの管理者に伝えておきますから、それなりに楽しませてくれるはずですよ」
俺の言葉に、ラズレイは再び驚愕の表情で俺を見つめた。
「は? ちょっと待て、ダンジョンの管理者だと、何だそりゃ? 何でお前が知っているんだ?」
俺はつい何気なく言ってしまったことを後悔したが、もう遅かった。
「ああ、ええっと、実はダンジョンコアを〈テイム〉して、俺が管理者になったんですが、実際の運営はダンジョンコアの化身、〈メイリー〉って名前なんですが、その子に任せているんです」
もう、ラズレイは衝撃のあまり言葉を失って、むやみに首を振るばかりだった。
♢♢♢
王都に帰ったラズレイは、宰相に報告する中で真剣な顔でこう言った。
「悪いことは言わねえ、あいつには関わらないことだ。あれは、人間のものさしでは測れない、化け物だ。だが、こっちが下手に突かなければ無害な子ども、いや、あれは中身は老獪な年寄りのような奴だな……」
「ほお、君にそんなことを言わせるとは、やはり実力は本物か……しかし、今後の扱いが難しそうだな」
宰相の言葉に、ラズレイは肩をすくめて言った。
「Sランクでも爵位でもくれてやればいいさ。少しは、歯止めになるかもしれないからな」
ラズレイの言葉に、宰相はじっと考え込むのだった。