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82 事件の結末

「な、ば、馬鹿な、そのようなことが許せると思うかっ! このダンジョンは、我が管理しているのだぞ」


「その管理ができていないと言っているのですっ!」

 俺はついに我慢できず、ベヒモスを睨みつけながら叫んだ。


「うぬうううっ、人間ごときが、我に向かって何たる口の……」


「結界っ! 収納っ!」

 怒り狂ったベヒモスが叫び終える前に、俺は素早くベヒモスを結界で覆い、ストレージの中に収納した。


「うはははは……やったな、主殿っ! あのいけすかない奴の慌てた姿が思い浮かぶわ」

 ルーシーはうっぷんが張れたように、喝采を上げた。


「いや、たぶん、すぐに何かの魔法を使って、無理やり出てくると思うぞ。その前に、出てきたらどうするか、話し合おう」


 俺の言葉に、ルーシーもすぐに表情を引き締めて頷いた。


「元の姿に戻ったら、とうてい勝ち目はないだろう……」

 アンガスが青白い顔でうつむき加減にそう言った。


「そうだな……勝負するなら一瞬に決めないとだめだろうな」


「アンガスと我でしばらくは動きを止められると思う。主殿、何かとっておきの魔法とか、ないのか?」

 ルーシーが期待のこもった目で俺を見つめた。


「たぶん、外側からの魔法は、すべて弾かれるか、消されてしまうと思うんだ。やるとするなら、内側からだけど……」


(なあ、ナビ、ベヒモスに心臓はあるのか?)


『神獣の体の構造については、神界の極秘事項になっているようで、情報がありません。すみません。ですが、推測はできます。おそらく神霊が込められた魔石によって生きているのではないかと』


 これは初めて聞くすごい情報だった。つまり、神獣とは《神が自らの魂を与えて創った魔物》ということなのだ。


(じゃあ、体内の魔石を壊せば倒せるんだな? まあ、難しいだろうが……)


『はい、基本的にはその通りです』



「主殿? どうかしたのか?」

 俺がじっと考え込んでいるのを見て、ルーシーが心配そうに声を掛けた。


「あ、ああ、いや、大丈夫だ。そうだな、倒すのはさすが無理だけど、脅すことくらいはできるかもしれない。とりあえず、ベヒモスが出てくるのを待とう」

 俺はその場に座り込んだ。


「これを飲んでみないか? 娘が持たせてくれたものだ」

 アンガスが、大きなポーチから陶器の瓶を取り出して栓を抜き、金属のマグカップに中の液体を少し注いで手渡した。


 嗅ぐ前から、さわやかなハーブとワインに似た香りが漂ってきた。俺は一口それを口に含んだ。

「ん……うまい…けど、これ、かなり強い酒だろう?」


「あはは……それほど強くはないぞ。ワインを蒸留して少し混ぜただけだ」


「主殿、我にも飲ませてくれ」


 俺は飲みかけのカップをルーシーに渡した。ルーシーは、くんくんと匂いを嗅いでから、気に入ったのか、一気に残りの液体を飲みほした。

「うはああ、これは美味いのじゃ。アンガス、もう一杯注いでくれ」


「まあ、いいが、これは我々の中では、死を覚悟したときの最後の飲み物でな、大事な仕事に出かけるときには、いつもこれを持っていくんだ」


「そうか……今の俺たちにはぴったりの飲み物だな……」


俺たちがそんな話をしているうちに、十分近くが過ぎていた。




「なあ、主殿、少し遅すぎないか?」

 アンガスの〈末期の酒〉をちびちび飲みながら、ルーシーが言った。


 俺とアンガスも顔を見合わせる。三人ともそう思っていたのだ。


「ま、まあ、神獣といっても、そう簡単に亜空間からは出られないんだろう……たぶん、もうすぐ出てくると……あ、ほら、上を見てみろ、なんか光が……」

 俺は、不意に上の方から降り始めた光を指さした。


 きっと、ベヒモスが現れるのだろうと思っていたが、光は次第に強くなり、やがてそこの空間全体を包んだ。


 俺たちは訳が分からず、ただ茫然とその光の中心を見つめていた。すると、その中心から、巨大な手のようなものが現れ、ゆっくりと下に降りてきたのである。

 その手は、手のひらを上に向けていたが、その手のひらの上に黒い髪、黒いドレス姿の人物が立っていた。


「あ、あれは……」


「っ! ア、アレッサ様?」

 俺は、わが目を疑って思わず叫んだ。


 その巨大な光の手に乗って現れたのは、破壊と断罪の神の化身アレッサだったのである。



♢♢♢


「アンガス、トーマ、そして(いにしえ)のホムンクルス、ルーシーよ、まことに苦労を掛けたのう、すまぬ、このとおりだ」

 アレッサは謝罪の言葉を述べて、深く頭を下げた。


 まず、アンガスが慌てて跪いて頭を垂れ、俺とルーシーもそれに倣って片膝をついて頭を下げた。


「もったいなきお言葉……先日賜ったご神託を全力で(まっと)うするは、子孫として当然のことでございます」

 アンガスが答えた。


「うむ、感謝するぞ。それにしても、そなたにトーマとその従魔が加勢してくれるとは、まことに不思議な(えにし)じゃな。トーマよ、ラパスに続き、我の過ちの後始末までさせてしまってすまなかったな。そなたには感謝の言葉もない」


「いいえ、この星に住む者として、この星を守ってくださる神々のために自分にできることをやるのは、当然のことです。気にしないでください」


 アレッサは、深いため息を一つ吐いた後、こう言った。

「ありがたい……では、我も約束しよう、これから後も公正なる裁きをもって、この星の民たちを守ると……」

 そして、さらに続けて、

「……されば、今回の責任は我自身にもある。それゆえ、創造神フェビアスに来てもらった。ベヒモスと我に裁きを下してもらうためにな……さて、ではトーマ、ベヒモスをここに出してくれぬか」


「はい」

 俺は頷くと、ストレージからベヒモスを一キロメートル離れた場所に出した。空間全体を揺るがすような重い音が響き渡り、大きな島のような巨体が現れた。


「うぬううう、人間の小僧めっ! 我をこ…の……はあ? な、なぜ、アレウスがここに……それに、その手は、まさか……」

 ベヒモスは、さすがに結界は解いたようだが、亜空間からは脱出できなかったらしい。

(そんなことってあるか? 神獣だぞ、神の力を宿した魔物なんだぞ?)


『おそらく、ベヒモスにとって、亜空間に閉じ込められるのは初めての経験だったでしょう。対処するには、魔法に対する豊富な知識と魔力操作が必要になります。ベヒモスにはそれがなかった、いや足りなかったのかもしれません』


(ん? つまり、あいつはバカだったと?)


『……まあ、マスターと比べれば、たいていの者はバカになりますが……』


 ベヒモスは、見た目通り、いや見た目以上の〝脳筋〟でした、はい……。


「ベヒモスよ、いかに愚かなお前でも、そろそろ己の犯した〝事の重大さ〟が分かったであろう。ただ、最悪の事態になる前に、そこのいる三人の者たちが力を貸してくれたので、事なきを得ることができたのだ。

 そなたの罪は、主である我の罪。共にフェビアスの裁定を受けるとしよう。フェビアス、頼む」

 アレッサの言葉に、いまだ呆然自失のベヒモスだったが、光の中心はますます眩しく厳かな光を放ち始め、誰もが自然に頭を垂れるような格好になった。


『アレウスよ、裁きはそもそもそなたの役目ではないか。我に難しい仕事をさせるでないわ。ふむ……そうだなあ……では、こうしよう。

 今回のことは、もとをただせば、アレウスが己の職務を放り出して、千年余の間人間界で休暇を楽しんだことが原因だ。その結果引き起こされた罪は、三つある。

 一つは、その千年余の間、神界の神々や天使たちに余分な仕事を押し付けたこと。二つ目は、愚かな手下の神獣が、己が神域の主だと勘違いして、傲慢な心を持ったこと。三つめは、その神獣が己の怠慢で放置していたダンジョンから、魔物が溢れ出して、人間たちに壊滅的な被害を与える寸前であったこと、である。

 よって、アレウスには、これから元の神力を取り戻すまでの間、我の仕事を手伝うこと。面倒なことでも、嫌とは言わせぬぞ。

 それから、ベヒモスについては、己の傲慢を悟り本来の役目を思い出すために、千年の間、

辺境の星バランでアトモスの手伝いをしてもらおう。出来立ての星ゆえ、かなりの重労働になるだろうが、たかが千年だ、頑張るがよい。と、いうところでどうだ?』


 遥か上空から聞こえてくる厳かな男神の声に、一同はもう一度深く頭を下げた。


「感謝する、フェビアスよ。謹んで神命を拝受しよう。ベヒモス、分かったな?」


「は、はい……」

 巨大な神獣が、小さな声で悲し気に返事をした。

 

 こうして、世界を揺るがしかねない事態は、未然に無事解決を迎えたのであった。


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