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8 ルッダの商人サバンニ 3

 「なあ、おっちゃん、このナイフもっと安くならないのか?」


 翌日、俺は朝からルッダの街を散策していた。サバンニ商会に行く前に、少しでも商売の情報になる事はないか、探すことにしたのだ。


 とある一軒の鍛冶屋を何気なく覗いていた時、俺の目に一本のなかなか良いナイフが目に入った。それは、ミスリル製のダガーナイフで、ポピィへのプレゼントにいいなと思ったのだ。だが、値札を見て目を丸くした。なんと、120000という数字が書かれていたのだ。


「ああ?馬鹿言え、そいつはミスリルのナイフだ。それでもぎりぎりまで安くしてるんだ」

 作業場から出てきた筋肉隆々の五十前後のオヤジさんが、汗を拭きながらそう言った。


「へえ、これがミスリルなのか……」

 俺はわざと知らないふりをして、さらに尋ねた。

「どうしてミスリルは高いんだい?」


「そりゃあ、おめえ、ミスリルが貴重だからに決まっているじゃねえか……」

 オヤジさんはそう言って一つため息を吐くと、帳場の椅子に座ってさらに続けた。

「この国にはミスリルが採れる鉱山がねえからな。だが、昔はよ、もっと安く仕入れることができたんだ。隣国のエルブラド鉱山から、ある程度ミスリル鉱石が入ってきていたからな。ところが、この国のお偉いさんたちが欲に目がくらんで、隣国に攻め込んだせいで、国境が閉ざされちまった……バカな話さ」


(ほうほう、なるほど、ミスリルか……パルマの街のライナス様にお願いしたら、鉱石を仕入れさせてくれるんじゃないか?それを、船でこのルッダに運び、高値で売りつける……ふふん、これで一つ切り札ができたな)

『悪どい商人のやることですね』

(〝賢い〟と言ってくれないかね、ナビさん。まあ、現実的に可能かどうかは分からないけどな)


「おい、どうした、小僧?ぼーっとしやがって。このナイフを買うのか?」

「あ、いや、無理です」

「そりゃあ、そうだな。こっちのナイフなら5000でいいぜ?」

「いや、お金を貯めて、このミスリルのナイフを買いに来るよ」

「あはは……そうか、頑張れよ」

 俺は親父さんに手を振って店を出た。


♢♢♢


 昼少し前、俺はサバンニ商会の大きな建物の前に立っていた。そこは、街のほぼ中心部で、教会や大きな屋敷が立ち並ぶ通りの一角にあった。

 豪華な入口の門が開いて、出てきたのは高価な服を着た金持ちか貴族らしい男女だ。見送りに出てきた、髪をセンター分けして口髭を生やした男が男女を丁寧に見送った後、近くに立っていた俺を見て、怪訝そうに眉をひそめた。


(いやあ、これは正面からは入れない雰囲気ですな)

 俺は慌ててその場から立ち去り、店の裏手の方へ歩いていく。

 


 頑丈な鉄柵に囲まれた店の周りを歩きながら、裏庭の方を見ると、何人かの従業員らしき男たちが倉庫と店の間を行き来して荷物を運んでいた。すると、外から一台の馬車がやって来て、裏門と思われる所に止まった。そこには門番がいるらしく、御者は何かを見せてから、その門を通っていった。

 俺は、その裏門の方へ向かった。


「あの、こんにちは」

 俺は、門の前に立った鎧姿の門番に声を掛けた。


「ん?何だ、お前は?」

 門番はきょとんとした顔で、俺を見下ろした。


「あの、ここの店のサバンニって人に、昼前に来いって言われてたんです」


「はああ?嘘じゃ…ないようだな。ちょ、ちょっと待ってろ」

 門番は酷く慌てた様子で、門の内側に入ると、ガチャガチャと鎧の音を立てながら店の方へ走って行った。

 三分ほど待っていると、店の方から、門番と先ほど正面入り口にいたセンター分けの男が走って来るのが見えた。


「ハアハア……き、君は、なぜ正面から来ないのかね。さっき、入り口の前にいただろう?」

 センター分けした髪が少し乱れた男が、息を切らせながら怒ったように言った。


「はあ、あの、あなたに追い払われると思いましたので……」


「む、いや……まあ、いい。中に入りなさい。いいですか、くれぐれも旦那様に失礼のないように、それと……」

 早口でしゃべりながら前を歩き始めた男が、汗を拭いた後、ハンカチをズボンのポケットに突っ込んだつもりが地面に落ちたので、俺はそれを拾い上げた。


「これ、落としましたよ」


 男は振り返ってポケットを探った後、むっとした表情で俺の手からハンカチをひったくった。


♢♢♢


 男に連れられて入ったのは、店の三階にある部屋の一つだった。そこで待っていろと言われたので、俺は高そうな革張りのソファに座って、落ち着いた木造の部屋の中を見回した。


『さすがに趣味がいい部屋ですね』

(ああ、そうだな。派手じゃなく、かといって質素でもない。品がある装飾と造りだ)

 ナビとそんなことを話していると、外の廊下の方から複数の足音が聞こえてきた。


(ナビ、念のために俺のステータスに偽装を掛けてくれないか?)

『なるほど、了解です』

 商人のギフトを持つものは、〈鑑定〉のスキルを獲得することがあるらしいからな。俺の今のステータスを知られたらまずいだろう。


 足音がドアの前に止まって、まず、例のセンター分けの男がドアを開いて現れた。そして、彼の後から、ブロン・サバンニとラスタール枢機卿、そしてワゴンカーを押しながら若い女性が一人入ってきた。


「やあ、待たせたね」

 サバンニがその太った下腹を揺すりながら、にこやかな顔でそう言った。


 俺は立ち上がって、軽く頭を下げた。と、その時、魔力の波がぶわっと俺を包み込むのを感じた。

(っ!おっと、いきなりきましたか……)

 俺は気づかないふりをして、魔力の出所を探った。それはすぐに分かった。紅茶と茶菓をテーブルに並べている若い女性だ。


「まあ座り給え。ありがとう、ジェニス……」

 サバンニはそう言って、座りながら女性とちらりと目を合わせた。女性は頭を下げる前に小さく首を振った。そして、何食わぬ顔で部屋を出て行った。


『鑑定されましたね。まあ、偽装したステータスですが、準備していて良かったです。さすがマスターですね、予感的中です』

(ふうん、これはある意味宣戦布告になるんだが、いいのかな、サバンニさんよ?)


「少年、まだ、名前を聞いてなかったな」

 ラスタール卿が、ニコニコしながら俺の横に座って言った。彼は、今日は聖職者らしく白い法衣に金の刺繡が施された濃紺のマントを羽織り、首からやたら大きな透明の宝石のペンダントを下げていた。


「あ、はい。トーマといいます」

 俺は、その大きなペンダントに違和感を覚えながら答えた。


「ふふ…これが気になるかね?いいよ、ほら、触ってみたまえ」

 ラスタール卿はそう言うと、宝石の部分を俺に差し出した。


(今度は何だ?魔力検査か?)

『どうやら、そのようですね。なぜ、彼らはここまでマスターのことを疑っているのでしょうか?』

(いや、誰に対してもやっているに違いないよ。自分たちの利益になるかどうか、それだけが大事なんだろう)


 俺はうんざりした気持ちを抑えながら、差し出された宝石を軽く撫でた。すると、途端に宝石は七色の光を発して輝いたのである。

 光はすぐに消えたが、ラスタール卿もサバンニも驚いて目を丸くした。



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