76 最強トリオ 1
「ルーシー、実は来てもらったのにはわけがある。少し長くなるが、聞いてくれ」
俺は真剣な顔を作りながら、なるべく威厳を持ってそう言った。だが、ルーシーには、俺の威厳など心地よいそよ風のようなものだった。
「うむ、うむ、聞かせてくれ、主殿」
ルーシーは、さっと椅子を俺の前に持ってきて、ニコニコしながら前のめりに座った。
俺はがっくり肩を落としながらも、咳払いをして気を取り直し、とりあえずアレッサ様が魔族の国を離れて神域に帰ったいきさつ、そして、そのことによって引き起こされたベヒモスの暴挙について、あらましを語った。
「ふむ、なるほどのう……アレッサも苦労したようじゃな。それで、主殿、我は何をすればよいのじゃ?」
ルーシーは、少し神妙な顔になって尋ねた。
「うん、それでな、魔物の〈スタンビート〉が起きる前に、ベヒモスを神域に帰らせたいんだ。その手伝いをしてくれ」
「なんだ、そんなことか。ベヒモスをぶっ飛ばせばいいんだな?」
ルーシーには話が簡単で助かる。
「まあ、簡単に言うとそうだ。だが、相手は神獣だぞ、簡単にはいかないだろう?」
俺の言葉に、ルーシーは少し考えてからこう言った。
「ううむ……神獣と戦ったことは無いが、古竜とは戦ったことがある。今の我よりずっと弱い頃じゃ。それでも、引き分けじゃったぞ。今なら、古竜の二、三匹くらい倒すのは簡単じゃ。そんなものでどうかのう、主殿?」
「うん、そうだな、ルーシーと俺と、このアンガスで戦えば、さすがに負けることは無いはずだ。できるだけ怪我させないように、負けを認めさせることができたら、最高だな」
「うむ、了解したのじゃ。ところで、主殿、どうしてこんな所に魔人の親子がいるのじゃ?」
「ああ、それは俺も知らないんだ……アンガス、あんたから説明してもらっていいか?」
俺は、本当はアレッサ様からアンガスのことは聞いていて知っていたのだが、あえてそこは伏せてアンガスに話を振った。アリョーシャさんが彼の娘だったことは、知らなかったけどね。
アンガスとアリョーシャさんは、静かに自分たちの過去を語り始めた。
(なあ、ナビ、ルーシーは二人のことを〈魔人〉と言っているけど、魔族と魔人は同じものと考えていいのか?)
俺は、二人が話をしているかたわらで、ナビと話をしていた。
『はい、同じですが、魔族というのは、かなり後の時代になって数が増えてから、魔族が自分たちでそう呼び始め、人間もそれを取り入れたものです。バルセン王国が生まれた当初は、人間たちはリンドとアレッサの子どもたちを、魔人様と呼んでいました。〈破壊と断罪の神〉アレッサは、人間にとってすべての魔物を従える恐ろしい存在、文字通り〈魔〉そのものでした。その魔の神が人間と交わって生まれた子どもは、魔と人が一つになった存在、つまり、〈魔人〉だったのです』
(なるほどな……確かに、魔人の方が正確な感じがする。魔族というと、なんか〈悪そのもの〉の一族ってイメージだもんな。よし、俺もこれからは魔人って呼ぼう)
「……―マ…トーマ、話は終わったぞ」
「あ、ああ、ごめん、ちょっと疲れていて……」
俺が我に返ったとき、皆が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「おお、それはいかん、主殿、ゆっくり休まれよ。我が寝所に連れて行こう、どこじゃ?」
ルーシーは、俺をひょいと抱え上げてそう言った。
「あ、あの、そちらの部屋を使ってください。すぐに、シーツを取り替えますので」
アリョーシャさんがすっかり敬語になって、ルーシーにそう言った。
「ま、待て、ルーシー、自分で行けるから下ろせ」
「いや、主殿はすぐに無理をするからのう、用心が肝心じゃ」
ルーシーはそう言って、有無を言わせず俺をアンガスの寝室へ運んでいった。嬉々とした笑顔を浮かべて……。
まあ、一応大事な話は終わっていたので、俺も、めったにできないルーシーの〝ままごと遊び〟付き合ってやった。ただ、裸になって俺の横に潜り込もうとするのだけは、断固拒否したのだが……。俺は、まだ体は十二歳の少年なんだぞ、まったく……。
♢♢♢
「よし、準備はこれくらいでいいかな。食料は、俺の亜空間ストレージにまだたくさん入っているからな」
翌朝、朝食を済ませた俺たちは、さっそく出発の準備をした。
「まったく……トーマ、お前って奴は本当に規格外だな」
「空間魔法まで使えるなんてね。本屋に来た頃は、まだ魔法が使えなかったんでしょう?」
「ああ、あれから頑張ったからね」
まあ、本当はナビ先生がいてくれたおかげだけどな。
「よし、じゃあ、出発するか。アリョーシャ、行ってくるよ」
アンガスが使い込んだ装備を身に着けた後、うきうきした様子で娘とハグしながら言った
「はい。行ってらっしゃい。トーマ君、ルーシーさん、お父さんをよろしくお願いします。これでも、けっこう年なので」
「おい、俺はまだそんな年じゃないぞ。あと、百年は生きるつもりだからな」
アンガスがむきになって反論する様子に笑いながら、俺たちは洞穴の外に出ていった。
「よし、じゃあ〈身体強化〉を使って、一気に走るか。アンガスも使えるよな?」
「ああ、当然だ」
アンガスは少し怒ったように憮然として答えた。
「じゃあ、ダンジョンまで先導を頼む。俺は後方から索敵しながらついていく」
「わかった。では、行くぞ」
アンガスは頷くと、身体強化を発動して一気に駆けだした。俺がその後に続く。ルーシーは、昨夜からいったんドーラのダンジョンに帰って、しばらくいない間のことを使い魔たちに指示したり、ダンジョンの組み換えやドロップアイテムの調整をしたりしていた。
ダンジョンに着いたら、再び俺が呼び出す予定だ。
ごつごつした岩場が続く平原や斜面を、俺とアンガスは風のように走り抜けていく。途中で出会う魔物たちも、大半は無視して素通りだ。ただ、動きが速い〈ロックリザード〉や〈フライングデビルスネーク〉などは、立ち止まって処理しなければならなかった。
そして、二十数分後、先を走っていたアンガスが、崖を上りきったところで立ち止まった。
彼の側へ行ってみると、そこには深さ二十メートル、幅六十メートルほどの谷があった。そして、アンガスが指さす谷の左奥、その突き当りに大きな洞穴が口を開いていた。
それが、太古の洞窟ダンジョンの入り口だった。