74 再会 1
翌朝、日の出の前に目覚めた俺は、マルア(この世界のリンゴ)のジュースとパン、ボアの串焼き肉で朝食を摂ると、さっそく、調査を開始した。
身体強化で走り続け、ほどなく森を抜け、岩場が広がる山脈の麓に到着した。魔力探知を使いながら、西から東へと移動していく。
(特に何もないようだな。強い魔物もいないし……)
『はい。この辺りは異常はないようです』
俺はそのまま東に向かってゆっくり移動していった。森の方には、多くの魔物たちの反応があったが、こちら側には特に目立った魔力反応はなかった。そして、十数分ほど、移動したときだった。
最初に気づいたのは、遠距離の魔力を探知していたナビだ。
『っ! マスター、右前方約五百メートルに大きな魔力反応が……二つ、わずかに動いています。ダンジョンではなく、生き物のようです』
(了解。隠密を使って近づいてみる)
俺は自分の魔力を制御しながら、〈隠密〉のスキルを使ってその魔力のもとに近づいていった。
そこは、森の近くで、小高い丘がある場所だった。二つの大きな魔力は、その丘の内部から漏れ出ているようだ。そっと近づいていくと、そこにはきちんと整備された防御柵と畑、花畑、そしてドアが取り付けられた洞穴があった。
『誰かが住んでいるようですね。この魔力の大きさ、まさか、魔物?……いや、この魔力には記憶があります。以前、パルトスの近くの森で遭遇した〝魔族〟ではないでしょうか』
ナビの言葉に、俺も記憶の底から思い出がよみがえってきた。
(ああ、あの魔族の男か……名前は確か…ガス……アンガスだ。あいつか……でも、もう一人いるんだよな?)
『はい。こちらも、どこかで会ったことがある魔力の性質なのですが……すみません、思い出せません』
(ふーん……誰だろう? まあ、いいか。アンガスには悪意は感じなかった。もし、この調査に協力してもらえたら、頼もしい戦力になる。当たって砕けろで、頼んでみるか)
俺は、隠密のスキルを解いて、洞穴の入り口に近づいていった。
(ああ、結界が張ってあるな。かなり強力なやつだ。これじゃあ、入れない……石をぶつけてみるか)
入口から十メートルの所で、そこに強力な防御結界が張られているのが分かった。俺は、近くに転がっている石を拾って、その結界に投げてみた。
石が音を立ててぶつかって砕けるのと同時に、洞穴の内部の魔力反応が動きを見せた。大きい方の魔力の持ち主が、ドアの内側に移動した。おそらく、のぞき穴から外をうかがっているのだろう。
そして、すぐにガチャリと音がして、鉄製の丈夫なドアが開かれた。その内側から現れたのは、やはり、あの魔族の男〝アンガス〟だった。
「お前は、いつかの少年……たしか、名前はトーマだったな?」
「覚えていてくれたのか、お久しぶり、アンガス……」
アンガスは少し戸惑ったように、手を動かしながら、言葉を探しているようだった。
「どうして、ここに……?」
「ああ、ギルドの依頼を受けて、調査に来たんだ。最近、魔物の様子がおかしいからって……そしたら、偶然ここを見つけてね。誰が住んでいるのか、気になって……」
「そうか……」
アンガスは、納得したように頷きながらも、まだ警戒を解けずに、迷っているようだった。
「父さん、誰なの?」
アンガスの背後から声がして、もう一人の魔力の持ち主が顔をのぞかせた。
それは、俺も一度会ったことがある魔族と人族のハーフの女性だった。
「あれ? 君は、確か魔術の本を買いに来た……」
「ああ、はい、あの時はありがとうございました。ええっと、元王室錬金術師の……すみません、名前は忘れました」
「ふふ……アリョーシャよ。こんな森の奥まで、よく無事に来れたわね?」
アリョーシャの方が先に警戒を解いたようだった。
「詳しい話は中で聞かせてくれ。今、結界を解除する」
アンガスはそう言うと、ドアの外のすぐ右側に置かれた、丸い飾りの石のようなものに手を置いた。すると、魔力が電線を伝わるように流れていき、地中に埋められているらしい結界装置を次々と停止させていった。
(すごい……あれも魔道具か? 俺の村や俺が使っている結界装置より、はるかに機能的で効率的だ……あの道具の作り方、教えてもらえないかな)
俺が目を見開いて、結界が消えていく様子を見ていると、アンガスの声が聞こえてきた。
「さあ、中に入ってくれ」
「あ、ああ、お邪魔します」
♢♢♢
そこは、洞穴の中とは思えないほど、実に快適な居住空間だった。温度調節の魔道具が常に内部を快適な温度に保ち、手作りらしい家具が、機能的に配置されている。
「素晴らしい部屋だね。他にも部屋はあるの?」
俺が周囲を見回しながら尋ねると、アリョーシャさんが、嬉しそうに答えた。
「そうでしょう、ふふふ……ここがリビングで、そっちがキッチンね。それから、奥に寝室兼書斎が二つと、トイレ、お風呂、地下には倉庫があるわ」
「すごい……じゃあ、ずいぶん長くここに住んでいるの?」
「およそ、百九十年だ」
アンガスが答えて、俺に椅子に座るよう促した。
俺は訊きたいことがたくさんあったが、よけいな警戒をさせないように、今は質問を控えることにした。
「それで、ギルドからは、どんなことを聞いているのだ?」
アンガスは俺の体面に座ると、そう尋ねた。
「ええっと、最近急に魔物が増えてきて、しかも、強い魔物が街の近くの森に現れるようになったこと、ギルド長は、これが〈スタンビート〉の前兆じゃないかって考えていること、かな」
「ふむ……」
アンガスは、納得したように小さく頷いた。
「さすがはギルマスね。その通りよ」
お茶を淹れたポットとカップをトレイに載せて、キッチンから出てきたアリョーシャさんが言った。
「え、ということは、二人はもう何かを掴んでいるってこと?」
俺の問いに、アンガスは重々しく頷いて、話を始めた。