7 ルッダの商人サバンニ 2
夕闇に覆われたルッダの街を、人の波に紛れながら歩いていく。店々の軒先をランプの光が照らし、客引きの声と賑やかな話し声が響き渡っている。
(お、ここかな)
ギルド推薦の食事の店は、いわゆる繁華街から少し路地を入った落ち着いた場所にあった。だが、繁盛しているらしく、店の中に入ると賑やかというより騒がしかった。
空いている席を探したが、パッと見た所では空きは無いようだ。
(しかたない、屋台で何か買って宿屋で食べるか)
俺がそう考えて入り口に引き返そうとしたとき、近くの席から声が聞こえてきた。
「おい、そこの少年、誰かを探しに来たのかい?」
声の方を見ると、そこには二人の男が向かい合って座っていたが、片方の口髭を蓄えた小太りの男が、ふっくらとした手のひらを俺に向けて来い来いと手招きしていた。
俺は招かれるままに、そのテーブルに近づいて行った。
「ふむ、見た所、旅の途中のようだが、さしずめ父親を捜しに来たってところかな?」
「まあ、待て待てサバンニ。ここは100ラグナ賭けようじゃないか。わしは、この子は腹が減って何か食いたいと思ったが、席が空いてなかったのであきらめて帰ろうとしていた、という方に掛けるぞ」
もう一人の白髪の、やはり口ひげを生やした身なりの良い老人が、テーブルに銀貨を出してそう言った。
「ふふん、よろしいですぞ、ラスタール卿。では、私も銀貨一枚。さて、少年よ、真実を述べたまえ。神に誓って、ウソは言うでないぞ」
(……何だ、こいつら?俺を遊びの道具にするんじゃねえよ。ううん、どっちも勝たせたくはないけど、もう作り話を考えるのも疲れたしな)
「こっちの人の言う通りです。もう、行っていいですか?」
俺は少しぶっきらぼうにそう言って、去って行こうとした。
「まあまあ、待て待て。おぬしのお陰で酒代が儲かった。何でも好きなものをごちそうしよう。ここに座るがよい」
白髪の紳士然とした男が、そう言って自分たちの横の席を指さした。
うん、まあ、奢ってくれるって言うなら、少々気に食わなくてもやぶさかではない。
『乞食根性丸出しですね。プライドはないんですか?』
(ああ、そういう意味のプライドはないな。俺のプライドは、自分の価値観に従って正直に生きるってことだけだ)
おや?ナビさん、反論は無いんですか?呆れ返っているのかな?
俺は少し表情を柔らかくしながら、男たちの間に座った。
「さあ、遠慮はいらないぞ。何でも注文してくれ。おいっ、ウェイター……」
白髪の老紳士はにこにこしながらそう言って、ウェイターを呼んだ。
「ここは、ラスタール卿のご厚意に甘えなさい」
小太りの男は小さな声でそう言うと、ウインクして微笑んだ。
「ありがとうございます」
俺は二人に礼を言って頭を下げると、やって来たウェイターに尋ねた。
「定食はありますか?」
「はい、ございます。今夜は、バルホース(白身魚)のムニエルかボアのステーキ、それにラビット肉と野菜のスープとパンが付きます」
「じゃあ、バルホースのムニエルでお願いします」
「かしこまりました」
「ふむ、君はなかなか常識のある少年だな。旅の途中かね?」
白髪の老紳士が微笑みながら尋ねた。
「はい、あ、ええっと……」
「おお、これは失礼した。わしはラスタールだ。そっちはサバンニ」
「はい、ラスタールさん。商売の調査のためにあちこちを回っています」
俺はこの二人の反応を見るために、探りの情報を入れて答えたが、案の定、二人はちらりと顔を見合わせて、話に食いついて来た。
「ほう、商売の調査かね?」
「ふむ、君は商人の息子かな?」
「いいえ、仲間と一緒に、これから商売をやろうかなと思っています」
サバンニは俺の返事に、少しがっかりしたような表情を浮かべた。
「ふうん…だが、商売は厳しいぞ。普通は、しっかりした商人のもとで経験を積み、十分な資金を貯めてから独立するものだ」
「はい、おっしゃる通りです。ただ、僕には秘策があるんです。まだ、誰もやっていないような……あ、いえ、なんでもありません」
(ほらほら、顔つきが変わって来た。良い情報を引き出せるかもしれないぞ)
『まったく……知りませんよ、詐欺師まがいのことばかりして』
(まあまあ、見てろって)
「ほう、それは興味があるな。わしらなら、良いアドバイスができると思うぞ。話してみないかね?」
ラスタールの言葉に、俺は二人を交互に見てから、おずおずした様子で言った。
「あ、あの、あなた方のことをよく知らないので、それは……」
「うむ、確かに見ず知らずの者に大事な話は出来ないだな。では、こうしよう。明日、昼前に、私の店に来たまえ。私はブロン・サバンニ、サバンニ商会の会長だ。こちらは、ローダス国教会のラスタール枢機卿様だ。どうだ、驚いたかね?これで、我々が信用できる者たちだということは理解できただろう?」
サバンニはそう言って、ちょっとふんぞり返った。
「あ、これは失礼しました……分かりました。明日、昼前にお伺いします」
俺は内心、してやったりと喜びながらも、国教会という単語に不快な思い出をよみがえらせていた。あの、ジャミール遺跡での出来事だ。このラスタールという一見紳士風の老人も、バルロとかいう法王とつながっているのだ。ゆめゆめ油断はできない。
その後、俺は運ばれてきた料理を食べながら、二人の大物たちと当たり障りのない世間話をして過ごした。
(やれやれ、少し疲れたな)
二人に別れを告げて店を出ると、俺は街灯の下で宿屋までの道を確認しながら、小さなため息を吐いた。
『明日はもっと疲れることになりますよ』
(ああ、そうだな。でも、うまくいけば、計画が一気に進むかもしれない)
宿屋までの身とを歩き出しながら、俺は拳にぐっと力をこめるのだった。