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68 閑話『アンガスは、今……』 2

《第三者視点》


 アンガスの話と願いをじっと聞いていたアレッサは、話が終わると、悲し気に一つため息を吐いた。そして、厳かな声でこう言った。

「力をもつ者は、同時にそれに似合う知恵を持たねばならぬ。だが、そういう者はめったにおらぬ。かつての我がそうであったようにな……」


 そして、アンガスを見つめると、こう言った。

「そなたには、望みがある。できれば、この国に残って魔族を導いてほしいのだが、今はそうもいかないようじゃな?」


「はっ、今は魔族より、エリーシアの方が大切です。ご期待に沿えず、申し訳ございません」


「ふふ……よい。我が子らは寿命が長い。気のすむまでその娘と暮らすがよい。そして、いつの日か、この国に帰ってもよいと思ったら、いつでも帰って来い」


「はい。承知いたしました」


 アレッサは微笑んで頷くと、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「では、そなたたちをケイドスのもとに送り届けよう。かの者に海の向こうの大陸まで送ってもらうがよい。その旨を一筆したためておこう……」

 アレッサはそう言うと、その後細かい計画をアンガスと話し合った。



♢♢♢


《アンガス視点》


 俺たちは、その後、アレッサ様やケイドス様のおかげで、無事に東の大陸にたどり着いた。


 そこは、海岸以外は見渡す限りの大森林が広がっていた。後に分かったことだが、ここは、アウグスト王国の一部とローダス王国にまたがる未開拓の広大な森林だった。

 なぜ、ここが未開拓だったかというと、言わば〈魔物たちの天国〉というべき場所だったからだ。


 それからの俺たちの生活は、苦難の連続だった。永住の場所を見つけるために、森の中に分け入り、さまよい、次から次に襲い掛かってくる魔物たちと戦い続けた。

 そして、ようやく安住の地というべき場所を探し当てたのは、この地に降り立ってから一年半が過ぎた頃だった。


 そこは、以前から目を付けていた場所だったが、周辺に数種類の強い魔物が生息していて、なかなか近づけなかったのだ。だが、一年半の厳しい生活の中で、俺もエリーシアも義母上までもが、大きくステータスを上昇させていた。

 もはや、その周辺に俺たちを害するような魔物はいなかった。


 小高い丘があり、その周囲は木が少なく開けた場所だった。何より、丘のふもとには、澄んだ水を湛えた泉があり、森の獣や鳥たちの水飲み場になっていた。それを獲物として狙っていた魔物たちが多く生息していたのである。

 しかし、今や、そこには強者の魔力を放つ俺たちがいる。魔物たちは、その狩場を離れて他の場所へ移動していった。



♢♢♢


 俺たちは、丘のふもとのファングベアが巣穴に使っていた洞穴を利用して、住居を作った。木材はいくらでもあるし、魔道具作りが得意なエリーシアと義母上は生活に便利な道具を、次々と作ってくれた。必要な魔石は、魔物を狩れば手に入った。洞穴の奥を掘れば、必要な金属の鉱石も採掘できた。


 半年もかからず、俺たちは世界のどこを探してもないような快適な住居と、生活空間を手に入れることができた。


 それから後は、夢のような幸福な日々だった。


 二年後に、娘のアリョーシャが生まれ、それから三年後には息子のマルケスが生まれた。俺は愛する家族を守り、幸せにするために、森を開拓して畑を作り、小麦や野菜を栽培した。

 さらに、服を自分たちで作りたいという、エリーシア母子のために、ソロニーモスという魔物の巨大な蛾を手なずけ、養蚕も始めた。


 贅沢なものは何もなかった。でも、俺たちは誰よりも幸せだった。


 それから長い年月が夢のように過ぎていった。もちろんその間に悲しいこともあった。一番つらかったのは、息子のマルケスが、ワイバーンに連れ去られ亡くなったことだ。


 

 俺たちは明らかに油断していた。周辺に危険な魔物はおらず、俺たちはその辺り一帯の〈王〉だった。子どもたちが少々離れた場所に行って遊んでも、厳しく叱らなかった。

 だが、それはあくまでも〝その辺り一帯〟というだけだ。俺たちのことを知らずに、空からやってくる敵もいることを、もっと恐れて暮らすべきだった。


 マルケスと一緒に泉の側で遊んでいたアリョーシャが、狂ったように泣き叫んで帰ってきたときには、すでにマルケスの姿はなく、わずかに抵抗した跡と生々しい血が地面に残されていた。


 俺は、気が狂ったようになったエリーシアと義母、そしてアリョーシャを家に残してマルケスが連れ去られた方角へ、走り出した。

 もはや間に合わないと分かっていても、せめて憎むべきワイバーンを八つ裂きにし、せめて息子の遺骨なりとも持ち帰りたかった。


 三日間、わずかな睡眠と水だけをとって、俺は大森林の東に南北に連なる山脈を目指した。そのどこかにワイバーンのコロニーがあるはずだ。


 そして、それはすぐに見つかった。山脈よりずっと手前、岩山が続く一角にあった。なにしろ、ワイバーンは群れでコロニーを作り、なわばりを見張るために、常に何匹か空をぐるぐると回っているから、遠くからでも見つけやすい。


 俺は〈隠密〉のスキルを使って、奴らの巣の中に忍び込んだ。魔力を察知されないようエリーシアが作ってくれた魔力隠蔽のペンダントも着けていたので、潜入は簡単だった。ただ、ざっと見、五十以上ある巣穴から、息子を運び込んだ巣穴を見つけるのは困難だろうと思った。が、そうではなかった。


(この魔力は……微かだが、間違いない。あの子に着けてやった護身用のブレスレットのものだ……)


 それは、まるで、息子が助けを求めている微かな声のように思えた。俺は、それを頼りに、ある一つの巣穴にたどり着いた。


 そこには、メスのワイバーンと生まれて間もない3匹の幼生のワイバーンがいた。そして、彼らの寝ているかたわらには、マルケスが着けていた腕輪と黒くなった血の跡、そして小さな頭蓋骨とバラバラになった骨が散らばっていた。


 俺は気づかれないように、そっと巣穴に忍び込むと、まず散らばった骨と頭蓋骨、腕輪を回収してバッグに入れた。


「グェエエッ、ギエェ、グアアァ……」

 最初に俺に気づいたのは、一匹の幼生だった。その声に、母親と他の二匹も目を覚まし、けたたましい声を上げ始めた。

 すぐに脱出しなければ、他のワイバーンたちが集まってしまう。


 俺は、剣を引き抜くと、まず三匹の幼生たちの首を一気に切り飛ばした。母親のワイバーンは、大きなショックを受けて体を震わせながら、俺を睨みつけた。

 俺は、バッグから腕輪を取り出すと、それを母親の方に突き出して見せた。俺はそのまま入口へ移動した。母親は怒りと悲しみに叫びながらも、俺を追ってくることはなかった。


 マルケスを連れ去ったのは、おそらくそこにはいなかったオスだろう。生まれた子どもたちの餌として、ちょうどよい獲物だったに違いない。


 ただならぬ騒ぎを聞きつけて、たくさんのワイバーンたちが集まりつつあった。

 俺は、岩から岩へ身を潜めながら、何とか森の中へ逃げ込むことができた。


 それから四日かけて、俺は精も根も尽き果てた状態で、我が家に帰り着いた。



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