66 ナビの秘密とパルトスの街への帰還 2
~《現実世界》~
「……というわけで、私、ナビは、マスターとともにここにある、というわけです。ジャジャーン♪…… ……マスター? おーい……」
俺は痴呆のように、あんぐりと口を開けて、遠い彼方を見つめていた。
すべてが腑に落ちたと同時に、すべてのことがあまりに現実離れした状況なので、頭や心の整理が追いつかない状態だった。
(ああ、そうか……つまり、なにか?…ナビは、俺にとってのナビゲーションであると同時に、俺自身が、セリーヌ様が《神様になるためのナビゲーション》だったというわけか?)
『おお、さすがはマスター、その視点は思いつきませんでした』
(……褒められても、まったく嬉しくないんだが……だが、まあ、これで納得がいったよ。なんで、村人Aであるはずの俺が、こんなスキルや能力を得られるのか不思議だったからな)
『今まで、黙っていてすみません。あまり早くご自分の秘密を知ってしまうと、歪んだ考え方や生き方になってしまうのではないかと、不安がありましたので……怒ってますか、マスター?』
(いや、怒ってないよ。今はセリーヌ様の言葉と考えていいんだな?)
『はい、今、意識はセリーヌのものです。初めてお話しますね、トーマ。これからもどうかよろしくお願いします』
(はい、よろしくお願いします。それで、これまでのところ、俺はお役に立てていますか?)
『ええ、もちろんです! ああ、トーマ、期待以上なのですよ。できれば、今すぐにでも地上に降りて、あなたを抱きしめたいくらいです!』
(あ、いや、それは……でも、それなら良かったです。これからも、出来るだけ頑張りますね)
『ええ、でも、無理はだめですよ。ゆっくり、楽しく、あなたの人生を楽しんでください。あっ、それから、わたくしのことは意識しないで、今まで通り、ナビと仲良くしてくださいね。では、いったん意識を切ります。また、いずれお話ししましょう』
俺はふうっとため息を吐いて、青空を見上げた。
『マスター、今まで通り、仲良くお願いしますね』
どうやら、今は〈魔力体〉のナビに戻ったようだ。
(ああ、また、よろしくな。……あ、ところで、ナビ、リンド王の魂はもう転生したのか?)
『ええっと、それは私の情報ストックにはありません。ちょっと、セリーヌ様に聞いてみます。少々お待ちを……』
ナビはそう言うと、いったん気配を消した。が、すぐに戻って来て、こう言った。
『……お答えします。リンド・バルセンの魂はまだ転生していません。神界の特別な場所で〈そのとき〉が来るのを待っている状態ですね』
(なるほど。次に転生するにしても、歴史に関わる重要人物になるだろうからな。生まれ出るタイミングを待っているわけか)
『ああ、いや、それが……本人は、次に生まれ変わるなら、普通の人間に生まれて、平凡でも温かく幸せな家庭を持ちたい、と希望していたようです。それだけに、きっと扱いが難しいのではないかと、セリーヌ様が……』
思わず吹き出しそうになったが、いや、笑ってはいけない。その気持ち、痛いほどよく分かる。それこそが究極の幸せだよな、リンド先輩。
俺は立ち上がって、こちらをきょとんと見つめているポピィに、にっこりと微笑みかけた。
「ポピィ、お待たせ。さあ、旅の目的も一応果たしたし、《木漏れ日亭》に帰るとするか」
俺の言葉に、ポピィは元気よく立ち上がって走り寄ってきた。
「はいです。ふふふ……」
♢♢♢
その後、俺たちはケイドス王に別れの挨拶をした。
すでに、使い魔からの報告と、印章の機能(俺は全く気づいていなかったが)を通して、状況を確認していたケイドス王は、アレッサ様の決意を知って感無量という面持ちで、俺たちに感謝の言葉を述べた。(うん、ずいぶんと苦労していたんだね)
御礼ということで、とんでもない魔道具などの宝をくれようとしたので、俺は丁重にそれをお断りし、多量の金貨だけをいただいて、帰路に就いた。(もう、一生遊んで暮らしてもいいのではないだろうか)
再び霧の中を駆け抜け、ノームの村でサンドロ老人と再会した。
まるで、死人が生き返ったのを見たように、最初は怯えていたが、俺たちが別れた後の話をすると、まるで自分の孫たちが帰ってきたみたいに喜んでくれた。
俺は、ラパスの人間の居住区で買ったいくつかの魔道具の中で、〈強火力魔石コンロ〉をお土産として彼にプレゼントした。
「こ、こんなすごい魔道具、本当にもらっていいのか?」
サンドロ老人は、使い方を学んで何度か試しに火をつけた後、目を丸くしてそう尋ねた。
「はい、どうぞ使ってください。自分用にもう一台買っているんで」
まあ、本当は自分の野営用と《木漏れ日亭》へのお土産だったんだけど、自分用のは、また買いに行けばいいからね。
サンドロ老人に、また遊びに来ることを約束して、俺たちは海岸へと向かった。
「わあ、夕日がとってもきれいです、トーマ様」
「おお、本当だな……海はやっぱり大きいな」
スノウに来てもらうまでの、十数分、俺とポピィは丘の斜面に腰を下ろして、真っ赤に染まった夕焼けの空と、どこまでも広がる水平線を静かに眺めるのだった。