65 ナビの秘密とパルトスの街への帰還 1
「本当に行ってしまうのか?」
東の端の海岸まで〈走行魔道具〉で送ってくれたミランダ署長が、名残惜し気にそう言った。
「はい。でも、また必ず立ち寄らせていただきますよ。魔法や魔道具について学びたいですから」
俺としては、ゆっくりこの国に滞在して、魔族の持つ魔法や魔道具の知識を学びたいと思っていた。だが、現在、守り神のアレッサが神域に帰ってしまったことで、魔族の国は大きな混乱の中にあった。この混乱が落ち着くまでは、しばらく時間がかかるだろう。
まあ、欲しいと思ったいくつかの魔道具は買ってストレージにしまっているけどね。
「ぜひ、また遊びに来てくれたまえ。その頃には、たぶん今より少しマシな国になっていると思うよ。ねえ、署長?」
ランベルトさんが、俺と握手をしながらそう言った。
「ああ、それは私が責任をもってやり遂げるつもりだ。魔族は自ら滅びの道を選ぶほど、愚かではないと信じている」
ミランダ署長は、強い決意のこもった目で頷いた。
「では、皆さんお元気で。ドラン先生によろしくお伝えください」
「お世話になりましたです」
俺とポピィは頭を下げてそう言うと、手を振りながら崖の方へ歩いていった。そして、崖の端でもう一度振り返って小さく頭を下げた後、俺たちは崖の下へ降りていった。
♢♢♢
俺たちは、来た時と同じように、ストレージから一本マストの小船を出すと波打ち際まで押していき、ボートが波に乗ったところで船に飛び乗る。後は魔法でマストに風を送るだけだ。
辺りは夜のような薄暗さで、波も穏やかだったが、来たとき現れたリッチの姿はなかった。たぶん、俺がズボンのポケットに入れている印章の魔力を感じて、どこかに隠れているのだろう。
そりゃあ、自分たちの支配神の気配を感じたらビビるだろうね。
それからほどなく対岸に着いた俺たちは、死の谷を通って再びケイドスの島の花園に帰ってきた。
俺とポピィは、丘の上のセリーヌの墓のそばに腰を下ろして、軽く昼食をとった。その途中で、ポピィにこう告げた。
「ポピィ、俺はこれを食べ終わったら少し瞑想に入る。だから、少し離れた所で見張りをしてほしいんだ。座りながらでかまわない、危険なことはまず無いだろうからな。頼めるか?」
ポピィは怪訝な表情ながらも頷いた。
「は、はい、分かったです」
ポピィが俺から少し離れた場所で見張りを始めたのを確認してから、俺は座りなおして目をつぶった。
(さて、ナビさん、話してもらおうか)
『……そうですね。ここに来た時から覚悟はしていましたから……』
ナビはあきらめたようにそう言った。
(てかさあ……今考えると、お前、最初から、俺をこの場所へ導いてきたんじゃないのか?)
『そ、そんなことはありませんよ』
俺の耳に、ナビがへたな口笛を吹いている音が聞こえたような気がした。
(まあ、いいや。それで、セリーヌさんとお前はどういう関係なんだ?)
『さて、どこから話したらいいのか……そうですね、まずセリーヌですが、彼女は天に召された後、この世界の創造神ケイノス様の御使いである上級天使になりました。主に、ケイノス様の代わりに神託を告げたり、転生する魂を転生先の母体に届けたりするのが仕事でした。
そんなある日、ケイノス様が彼女にこう言いました……』
~《ある日の神界にて》~
「このところ、我が担当する星域が広くなってきてな、いささか手が回らなくなってきたのだ。そこでセリーヌ、そなたを神に昇格させ、いくつかの星を代わりに担当してもらおうと思うが、どうじゃな?」
「は、はい、わたくしには過分なお役目とは思いますが、神命であれば、謹んで拝命いたします」
「うむ、もちろん戸惑いもあろう、今すぐとは言わぬ。そこで、神の仕事がどのようなものか、学ぶために、そなたに一つ仕事を頼みたい……」
主神ケイノスはそう言うと、左手を前に出して手のひらを上に向けた。次の瞬間、その手のひらの上に、青白く、か細い光を放つ魂が現れた。
セリーヌの目から見ても、その魂はやせ細り、今にも消えそうなほど頼りなく見えた。
「……この魂は、我の知り合いの神から託されたものだ。〈地球〉という名の、魔素の少ない星で死んだ若い男だそうだ。かの神が言うには、この魂の元の持ち主は、魔素の多い、とある星で、目立たぬながら多くの人々を救い、英雄に劣らぬ働きをしたものの、報われぬまま死んでしまった男らしい。そして、この者は、次に転生するときは〝魔法などない世界〟で生きたいと願ったそうだ。
そして、その願いはかなえられ、彼は〈地球という魔法のない星〉に転生した。ところが、ここでもまた、彼は自分が属する組織のために、命を削って働き、ついには若くして過労のために死んでしまった……」
主神ケイノスは、そこで小さくため息を吐いてから、セリーヌを見つめた。そして、こう言葉を続けた。
「……この魂を、我が担当する比較的平和な、《フォルカナ》という星に転生させようと思う。そこで、そなたに、この魂を見守りながら、《その星を繫栄に導く関わり方》を学んでもらおうと思う。されば、これをそなたに授けよう……」
主神はそう言うと、今度は右手をセリーヌに差し出した。その手のひらには、青白く光る小さな四角い透明な板のようなものがあった。
「……これは、〈アカシックレコード〉の情報の一部を記憶させた魔力体だ。自ら学び進化する疑似生命体と同じ機能を持っておる。これに、そなたの魂の一部を組み込み、さらに、こちらの魂と同化させる。そうすれば、この魂が転生した人物の目を通して、フォルカナの世界を見ることができ、さらには、その人物に適宜助言を与えることで、世界へのより良い関わり方や影響を学ぶことができよう。どうかな?」
「はい、分かりました。ただ、それだけ魂に他のものが付着するのですから、その転生者には何か影響はないのでしょうか?」
「それは心配ない。むしろ、メリットの方が多いぞ。例えば、魔力量は常人よりはるかに多いだろうし、スキルの獲得や魔力調節の能力の向上においても有利に働くだろう。ただし……その者が、どのような人生を望むかによってデメリットも生まれてくるやもしれぬ。なぜなら、その者が望めば、〈救国の英雄〉にも〈厄災の魔王〉にもなれる能力を持つわけだからな。
それゆえ、そなたの導きが重要になるのだ。もし、危険な未来が見えたら、そなたの魂を引き離して、元に戻すがよい。そうすれば、魔力体も同時にその者から離れ、能力も失われるはずだ」
「分かりました。心して導いてまいりましょう」
「うむ、では、頼んだぞ」
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