62 魔族 2
「我々魔族の人口は、六百六十年前の九百十三人をピークに、年々減少している。さらに、平均寿命も、四百年前から次第に短くなり、今では二百三十歳だ。原因はいくつかある。まず、人口が減少し始める以前は、魔族は人族と婚姻するのが習わしだった。それは当然のことだ。我々魔族の始祖は三人の姉弟妹だったからだ。姉弟妹たちがそれぞれ人族と婚姻し、子孫を残し、その子孫たちがまた人族と婚姻することで魔族は増えていったのだ……」
ドランはそこまで語ると、一つため息を吐いてお茶をすすった。そして、やるせない表情で続きを語り始めた。
「……だが、そこには常に、ある問題が内在していた。それは、人族が魔族に比べて圧倒的に寿命が短いということだ。人族と婚姻した魔族はやがて伴侶の、そして時には子どもたちの死をも見送らねばならなかった。その悲しみを知った魔族は、次第に人族との婚姻を避けるようになっていった。これが、人口減少が始まった一つの原因だ。
もう一つは、人口が減少し始めた頃から、生まれてくる子どもたちに、先天的な病気や身体の異常を持つ者たちが増え始めたことだ……」
ドランは、そこで俺たちに、ある一冊の資料を開いて見せた。そこには、一つ一つの病気や異常について、図解入りの詳しい解説が書かれていた。
もう、この時点で俺の中には一つの解答が出ていた。そこで、俺はドラン医師に質問した。
「ドラン先生、魔族の人たちは、人族と婚姻しなくなってから、魔族同士で婚姻する人が増えたのではありませんか?」
ドランは驚いたように目を見開いてから、頷いた。
「うむ、その通りだ。なぜ分かった?」
「あ、ええっと、説明する前に少し考える時間をください」
俺はどう説明したらいいのか迷った。ナビに尋ねるしかない。
(これを説明するには、〈遺伝子〉のことから説明しなければならないけど、この世界には〈遺伝子〉という知識はあるのかな?そもそも、これを説明していいものか、どう思う?)
『〈遺伝子〉という知識はありません。ですが、〈遺伝病〉の説明のためには、遺伝子のことを知ってもらわなければならないでしょう。私がフォローしますので、頑張ってください、マスター』
やっぱり、そうなるか……しかたがない。
「ええっと、説明します。ちょっと、絵を描くものが欲しいのですが……」
俺の言葉に、ドラン医師はすぐに自分の机から論文用紙とインクとペンを持ってきた。
「ええっと、子どもが親の形質を受け継ぐの知っていると思いますが、その仕組みについては知っていますか?」
ドラン医師とミランダ署長は、目を輝かせて俺を見つめながら、同時に首を横に振った。
「では、例として、目の色について、簡単に説明します……」
俺は、ナビの助けを借りながら、下手な絵を使って模式的な遺伝の仕組みを説明した。そこまでは、さすがに二人ともすぐに理解し、感激していた。だが、そこから遺伝病が起こる原因を説明するのは大変だった。
二人の質問攻めに答えながら、DNAという遺伝子の概念を説明し、塩基配列の不具合で病気や異常が起こる原因をどうにか理解してもらうことができた。
その頃になると、二人の顔は深刻な様子でやや青ざめていた。
「なんということだ……原因は〈呪い〉ではなかった。魔族同士の近親婚が原因だったのか……」
「ああ、我々は大きな過ちと罪を犯してしまった……」
二人はつぶやきながら、頭を抱えてうつむいてしまった。
♢♢♢
「どういうことですか?」
俺の問いに、ドラン医師が大きなため息を吐いてから答えた。
「我々は、出生数の減少や病気や異常の原因が〈呪い〉だと考え、〈解呪魔法〉の研究ばかりを続けてきたのだ」
「しかも……」
ミランダ署長が続けて言った。
「……その呪いは、いつしか魔族たちの間で、始母神アレッサ様が人間と交わったことが原因だと、ひそやかに噂され、広まっていったのだ。当然それは、アレッサ様のお耳にも届くことになった。アレッサ様はあるとき、魔族たちを広場に集められ、その噂と呪いのことを強く否定された。大部分の魔族はそのお言葉を信じた。しかし、一部の者たち……これは私の一族も含まれるので、言いづらいが、アレッサ様が否定されるのは逆に怪しい、ご自分の罪を隠そうとなさっているのではないか、と、今考えると恐ろしい不遜な考えを持ってしまったのだ……」
ミランダ署長は苦悶の表情でうなだれた。
(アレッサというのは、ルーシーが言っていた〈破壊と断罪の龍アレウス〉の化身だよな。人間のリンド・バルセンと結婚して三人の子どもを産んだ。その子どもたちの子孫が今の魔族だ。アレウスって、この世界では神なんだろう?ということは、不老不死だから……)
「あの、アレッサ様は、今、どちらに?」
俺の問いに、ミランダ署長が少し顔を上げて弱々しく答えた。
「今は、とある場所で誰にも会わず、侍女一人だけをお側に置いて隠棲しておられる」
「……うむ、そうじゃ、こうしてはおられぬ。真実を公表し、アレッサ様の冤罪を晴らさねばならぬ。そして、許しを請うのだ」
ドラン医師がそう言って立ち上がった。
「ああ、そうだな……だが、ロドス王が何と言われるか……問題は、この少年が人族であることと、この少年の話を証明する手段がないことだ」
「うむ……だが、わしはこの子の話を信じる。実に論理的で、事実とも一致しておる。それに、わしはもう先が長くない身だ。王を怒らせて殺されようとも構わぬ。ミランダ、おぬしは、この子に害が及ばぬよう守るのだ」
ドラン医師の言葉に、ミランダは真剣な表情で頷いた。
「分かった。では、すぐに広場で公表する準備をしよう。ファルガス、王城へ向かうぞ。トーマ、君たちは、私が帰るまでここにいてくれ」
「分かりました」
ミランダは頷くと、ドアへ向かった。
「ミランダ様、良いのですか、あんな人族の子どもの言葉を信用して?」
「む……そうか、お前は私の護衛であり、監視役でもあったな」
「い、いや、それは……」
「隠さなくてもいい。最初から分かっていたことだ。だが、今は王城へ行ってもらうぞ」
「……はい」
ファルガスは、ちらりと俺たちの方を睨むと、ミランダの後を追って外へ出ていった。