61 魔族 1
自動走行魔道具は、洞窟のようなところを通って、開けた場所に出た。
「さあ、着いたよ。ここからは歩いていくから、降りてちょうだいね」
ミランダ署長がそう言うと、外からファルガスがドアを開けた。
俺たちは外に出て、初めて魔族の街を見回した。
(おお…すごい……これは俺が何となくイメージしていた魔族の街と合致しているな)
一言で表すなら、美しい〈地下宮殿〉だった。一つの山の地下をくり抜いて作られたのだろうか。広さは半径約百二十メートルの円ほど、岩の天井までは六十メートルくらいだろうか。
街の造りは、中央に天井を突き抜けるほどの高い塔のようなものがあって、それを中心に階段状に大小さまざまな建物が建てられている。建材は、あの〈聖女セリーヌ〉の墓に使われていたものと同じ、半透明の白い石材で、ガラスもふんだんに使われている。
辺りを照らす柔らかな光は、中央の塔の一番上の部分から発せられていた。おそらく、外の太陽光を取り入れるために作られた施設だろう。
「きれいですね、トーマ様……」
ポピィは歩きながら、夢を見ているような表情でつぶやいた。
「ああ、きれいだ……ミランダ署長、ここにどのくらいの魔族の人たちが住んでいるのですか?」
「ああ、そうだね…今は百九十二人だっけ?年々少なくなっているんだよ。君に来てもらった理由がそれなんだ」
ミランダ署長は深刻な表情になって、それから黙々と歩き続けた。
全く人の姿が見られない無人の通りを歩いて、とある建物の前でミランダ署長は立ち止まった。
「ここの所長に会って話を聞いてくれ。それで、君の意見を聞かせてほしい」
彼女に連れられて入ったその建物は、広いホールと受付があり、一見何かの役所かとも思ったが、後で病院だと聞かされた。患者は日に数人だという。けがの治療や薬をもらいに来る者がほとんどだそうだ。ただ、入院患者が十三人ほどいるという。
「ミランダ様、よくおいでくださいました」
受付の事務室で仕事をしていた魔族の若い女性が、うやうやしい態度で出てきた。
「ああ、ミレナ、お邪魔するよ。ドラン先生に会いたいのだが……」
「はい。先生なら研究室にいらっしゃいます。どうぞ、こちらへ」
ミレナの案内で〝先生〟と呼ばれるここの所長のもとへ向かった。
彼は白髪(銀髪ではなく、白髪だ)の老人だった。魔族なので年齢は想像がつかない。膨大な量の書物が棚を埋め尽くした部屋で、彼は何か熱心に書き物をしていた。
「ああ、ミランダか。ミレナ、お茶を頼む」
老人はゆっくりと椅子から立ち上がると、俺たちにソファに座るように促した。ファルガスはドアの横に控えて立っていた。
「先生、相変わらず無茶な生活はしているんじゃないか?」
「……今さら命を惜しんでどうなる……わしは、生きているうちにやり遂げなければならぬことが多すぎる。時間はいくらあっても足りぬ……」
「だから、そうやって無茶すれば時間が短く……いや、今日はいつもの言い争いを師に来たのではない。先生、この子の話を聞いてみないか?」
ミランダ署長の言葉に、老人はその赤い瞳を俺に向けた。
「ん?人族の子どもか。その子がどうしたというのじゃ?」
ミランダ署長は、俺とポピィに座るように促して、自分も老人の前に座った。
「この子には、ある特殊な能力があってな、分からないことを思い浮かべると、答えが頭の中に返ってくるそうだ」
老人は頭の上にはてなマークを浮かべたような顔で、ミランダ署長と俺を交互に見つめた。
「ふむ……まあ、そういう能力もあるのじゃろう。だからといって、わしが抱える問題をこの子に質問すれば、答えが返ってくるとでも?」
「それを試してほしいのだ」
ミランダ署長の熱量に押されたのか、老人は少し下を向いて考えてから、顔を上げ、俺に向かってこう言った。
「よかろう。では、試しにわしの質問に答えてみてくれ」
俺は小さく頷いた、ナビにも助力をお願いしながら……。
「体内にある臓器をすべて言えるかな?」
ああ、これならなんとかナビの力を借りなくても言えるかもしれない。
「はい、ええっと、上から食道、肺、心臓、胃、肝臓、すい臓、腎臓、脾臓、大腸、小腸、膀胱、女性だと、これに子宮と卵巣が入ります」
老人は明らかに驚いた表情をしながらも、その質問だけでは満足しなかった。
「なるほど、脳や精巣を含めなかったのは正解じゃな。場合によっては、気管を含めて、脾臓は除外することもある。では、精神の病に効果的な薬の材料をいくつか言えるかな?」
これはナビに訊かないと無理だ。
『……いきなり無茶な質問ですね。精神の病といっても多種多様で、それに合った薬も何十種類もありますから。まあ、ここでは統合失調症の基本的な薬を言っておきましょう……』
俺はナビの説明を聞きながら、それをそのまま老人に伝えた。
「ええっと、この国で揃えられる材料であれば、岩塩、硫黄、それと尿ですね」
「ほお……それをどうやって薬にするのかね?」
「……まず、岩塩と尿を加水分解し、煮詰めてからゆっくり冷まし、結晶化させます。その結晶と硫黄を混ぜて……」
俺は訳も分からないまま、ナビの説明を語った。ナビによると、それはフェノチアジンという薬の生成の仕方らしい。
「聞いたことのない処方だ……しかし、パグナス(フェノチアジンの類似薬)の成分とよく似ておる……ふむ……」
ドランは一つふうっと息を吐くと、こう言った。
「確かに、この子の能力は本物だ」
「おお、では、例のことを……」
意気込むミランダ署長に、ドラン医師は落ち着いた声で言った。
「まあ、そうあわてるな。これは、わしが生涯をかけて取り組んできた問題じゃ。そう簡単に解決策が見つかるとは思えぬ。資料とメモの準備をするので、しばらく待っていてくれ」
彼はそう言うと、お茶を持ってきて傍らに控えていたミレナに、二言三言何かささやいた。ミレナは頷くと、お茶をテーブルに置いてから部屋を出ていった。
「それにしても、不思議な能力じゃな。生まれつきのものか?」
ドラン医師の問いに答えようとすると、その前に、お茶を配っていたミランダ署長が口を開いた。
「ギフトよ。ナビゲーションシステムって言うらしいわ」
「ナ、ナビゲーションシステム?聞いたこともない言葉じゃな。どういう意味なのだ?」
「さあ、分からないわ。でも、すごい能力でしょう?この子はね、それだけじゃないの。ステータスも、魔族並み、いや魔力以外は我々を越える能力を持っているのだ」
ミランダ署長は、まるで自分の身内のように嬉しそうに言うのだった。
そこへ、ミレナがたくさんの資料を持って帰ってきた。
「さて、ではまず、我々魔族が直面している深刻な問題について説明しよう」
老医師ドランは、俺たちの前に資料を開きながら話し始めた。