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59 街の秘密 3

 俺はその後も何軒かの店を回り、それとなく聞き込みをしながら、ついでにいくつかの魔道具を買い、西通りに行って食料品も買った。驚くことに、他の人間の街ではまだ見かけなかった加工品がいくつかあった。魚や肉の瓶詰、固形スープ、うどんのような乾麺などだ。瓶詰のガラス容器は、使用後きれいに洗って、店に引き取ってもらう仕組みになっているらしい。


 買い物が終わった後、俺は昨日言われた通り、施政管理局を再び訪れた。受付に行くと、すぐに昨日の男性職員が出てきて、俺をバックヤードの中へ連れて入った。何人かの職員が、物珍しそうに見つめる中を、男に連れられて奥の部屋に入った。

 そこには、白髪に口髭を生やした老年の男が、大きな机の向こうに座ってこちらを見ていた。

 俺を連れてきた男性職員は、頭を下げるとすぐに部屋から出ていった。


「わざわざ来てもらってすまなかったね。こっちに座ってくれ」

 老年男性は椅子から立ち上がりながらそう言うと、俺に来客用のソファに座るように促した。


「トーマ君、だったかな?」


「はい」


「ふむ、君はノームだということだが、ウソだね?君は我々と同じ人族だ、そうだろう?」


 まあ、すぐにばれると思っていたので、抵抗はしなかった。


「はい、すみません。騒ぎを起こしたくなかったので」


 俺の答えに、老年男性は少し肩をすくめると、わずかに微笑を浮かべながら言った。

「確かに、それは正しい判断だったな。ああ、自己紹介が遅れたが、わしはケイン・ランベルト、ここの副署長をしている。君の本名を聞いていいかね?」


「トーマは本名です」


「姓は?」


「ああ、俺はある国の平民の生まれなので、姓はありません」


 ランベルト氏はあごに手をやって小さく頷いた後、真剣な目で見つめながら言った。

「そうか……さて、では本題に入るとしよう。君は、昨日受付で、『ノームの村から船でこの島に渡ってきた』と言ったそうだが、間違いないかね?」


「はい、間違いありません」


「うむ…それで、島の境界を守っているリッチを近づけない魔道具を、ある人物からもらった、と?」


「はい、預かっています。この島を去るときにお返しすることになっています」


「その人物については、話せないのだな?」


 俺は、彼がその人物について、ほとんど確証に近い予想を立てていることを感じた。ケイドス王もブローチを渡す時、〝何か困ったときはこれを見せるがよい〟と言っていた。つまりは、それを見れば、分かる者には分かる品だということだ。


 俺はポケット(ストレージ)からブローチを取り出して、ランベルト氏に見せた。

「死の谷のケイドス王から預かったブローチです」


 ランベルト氏は、驚愕の表情になり、思わず身を乗り出して俺の手のひらのブローチをまじまじと見つめた。

「おお……やはり、そうだったか……しかし、王はなぜ君にこれを?」


「それは、分かりません」

 俺は正直に答えた。今の所、冥界の王が見せた親愛とも思える情の理由は、不明だ。たぶん、もう少ししたら分かるのではないか、と勝手に予想はしているのだが……。


「ふむ……いずれにしても、そうとなれば、わしの手には負えん……」

 ランベルト氏はそう言って立ち上がると、続けて、

「…トーマ君、今から署長に会ってもらう。今の話をもう一度、署長に直接話してくれ」

そう言って、俺についてくるように促した。


 その部屋の奥に、出入り口とは別のもう一つのドアがあった。ランベルト氏は鍵を使ってそのドアを開いた。

 中は、大人二人が入ればいっぱいになるくらいの、狭く何もない四角の空間だ。


(ま、まさか…な)


 その、まさかだった。ランベルト氏に促されてその中に入ると、彼は右側の壁にあるボタンを押した。動き出した、軽い重力の感触が体に伝わる。間違いなくエレベーターだった。


 エレベーターが止まって、ドアが開くと、目の前に金属で補強した頑丈そうなドアがあった。ランベルト氏がドアをノックし、声をかけると、中から「入れ」という声がした。その声から、中にいるのが女性だと分かった。


「失礼いたします。今朝、お話した件で、署長に報告しなければならないことがありましたので、当事者の少年を連れてまいりました」

 ドアを開いたランベルト氏は、入り口で頭を下げながらそう言った。俺も一応軽く頭を下げていた。


「分かった…入りなさい」


 女性署長が返事をすると、ランベルト氏は俺の肩を押して部屋の中に入った。


「それで、何か困ったことでもあったの?」


「はい、実は……」

 ランドル氏は、俺の話をかいつまんで机の向こうの女性署長に語った。俺は、まだそれまで机の脚を見つめて、顔を上げていなかった。


「ふうん、あの冥界の王がそんなことを……ねえ、君、そのブローチを見せてくれない?」


 女性署長の声に、俺は初めて顔を上げて机の向こうにいる人物を見た。金色の髪、まだ二十代と言っても通用する若い容貌、そして、深い赤紫色の瞳……魔族の女性だった。

 俺は、ぼーっとして彼女の顔を見つめていたが、ランドル氏に背中を押されて、慌ててポケットの中からブローチを取り出し、彼女に見せた。


 女性署長は椅子から立ち上がると、俺の側まで来て、そのブローチを取り上げ、間近に観察し始めた。

「確かに冥界の王の紋章が刻まれているわね。魔力も込められている……間違いなさそうね。そうなると、この子は魔族の国に足を踏み入れることを許された、ということだわ」


(え、そうなの?じゃあ、ポピィに偵察を頼んで、こっそり侵入しようと思っていたけど、その必要はないということか)


 女性署長は、何やら考えながら俺を見つめていたが、

「それがどんな理由なのか、ぜひ知りたいわね。君は、なぜここに来ようと思ったの?」

 と問いかけた。


 俺は正直に答えた。

「俺は世界中を旅して回りたいと思っています。ここに来たのは、魔道具を見たいと思ったからです」


「ほう、魔道具を?」


「はい……」

 俺はエルド村の出来事を話した。ルーシーのことは、何が起こるか分からなかったので、話さないでおいた。

「……それで、魔族は魔道具を作るのが得意だと聞いて、ぜひ見てみたいと思って……」


 魔族の女性署長は、何度も頷きながら話を聞いていた。

「ああ、ランドル、後は私が対応するから仕事に戻っていいぞ」


「あ、はあ、よろしいのですか?」


「うむ。また用事があるときは呼ぶのでな」


 ランドル氏は残念そうな顔で、仕方なくエレベーターで自分の部屋に帰っていった。


 署長はランドル氏を見送ると、俺に笑顔を向けた。

「私はミランダだ。少年よ、名前は?」


「トーマです」


「トーマか。こっちに来て座ってくれ」

 女性署長ミランダは、来客用のソファに移動して座った。俺は、少し緊張しながら彼女の向かいのソファに座った。座った瞬間、ソファから魔力のようなものを感じたが、それはすぐに消えた。


「そうか、世界中を旅しているのか。何歳からそんな生活をしているのだ?」


「はい、十歳からです。今、二年目に入りました」


「もう二年も旅をな……危険な目にもあっただろう?人間にとっては、魔物は危険な生き物だからな……だが、君にとっては、それほど大した相手ではないかな?」


 彼女の言葉の真意がわからず、俺は答えに詰まって彼女を見た。ミランダ署長は微笑みを浮かべながら、俺の方に身を乗り出した。

「とても子どもとは思えないステータスだ。君は一体何者だい?」


 その赤い瞳に射すくめられるように、俺はしばらく言葉を失っていた。


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