56 魔族の島ラパス
西に向かって広々とした平原を走っていると、点在する林の間に、整然と区画整理された畑や果樹園、柵を張り巡らした放牧地などが次々と視界に入ってきた。
(これはすごいな……前世でも、これだけの広大な、計画的に作られた農地は見たことがない。しかも、果てしなく続いている……これって、機械を使わないと、耕作や管理は無理なんじゃないか、なあ、ナビ?)
ケイドスに会って以来、ほとんどしゃべらなくなったナビにそう問いかけた。
『マスターの言いたいことは分かります。きっと、魔族の魔道具を使っているのではないか、ということですね?はい、おそらくそうでしょう』
(あ、ああ、そうか……)
なんか調子狂うな。というか、ナビが何か必死に自己調整をおこなっているように感じる。気のせいだろうか……。
「トーマ様、向こうに街、でしょうか?何か、たくさんの建物が……」
ポピィの言葉に、我に返って、彼女が指さす方向を見ると、今まさに沈もうとしている太陽を背に、様々な形の建物群が黒々としたシルエットとなって見えていた。それは、空想の中の〝近未来都市〟を思わせるような、この世界には不釣り合いなビジュアルだった。
♢♢♢
近づくにつれ、その都市?の異様さがはっきりと見えてきた。近未来都市に見えていたのは、たくさんの建物が不規則に合体したものが、林立している姿だった。例えるなら、前世で見た香港の〈九龍城〉の建物がすべて石造りで、縦に長くなっている状態だろうか。
俺とポピィは、街の門を遠くに眺めながら、大きな木の下に座って休憩をとっていた。いろいろ考えなければならないことが多かった。
魔族についての知識は、ケイドス王から教えてもらったが、〝魔族と人族との関係〟については、何も分からない。
目の前の街の様子から、人族の生活に魔族が関わっていることは明らかだが、どんな形で関わっているのだろうか。
「ポピィ、あの街に入るのはしばらく待って、様子を見てみよう。人々がどんな生活をしているのか、魔族と人族はどんな関係なのか、できれば知りたいからな」
「分かりました。では、もう少し隠れられる場所を探しましょう」
俺たちは頷き合って、辺りを見回した。林もあちこちにあったが、火や煙を見られたらまずい。
「よし、あそこに行こう」
俺は、街を見下ろせる小高い丘を指さした。
「でも、隠れる場所がありませんよ?」
ポピィの疑問に、俺はにやりと笑って答えた。
「ポピィにはまだ見せていなかったな。俺、土魔法がかなりレベルアップしたんだ。見せてやるよ」
そう言って立ち上がると、リュックを背負って走り出す。ポピィも慌てて後を追いかけてきた。
丘の上からは、城壁の中がよく見渡せた。街はそれほど大きくはなかった。周囲は二キロほどで、城壁に囲まれ、例のいびつな形のアパートのような建物が埋め尽くしている。あのすべてに人が住んでいるとしたら、相当な人口になるが、今のところ想像がつかない。
「さて、住処を作るか」
俺はそう言うと、頂上から少し下った場所に行って、両手に魔力を流した。
ポピィは、俺が魔法でどんどん地面を掘っていく様子を呆気に取られて眺めていた。三十分も経たないうちに、〈空気穴付き地下住居〉が出来上がった。住居と言っても、六畳一間くらいの広さで、天井は立ったときに頭が使えない程度の高さだったが、掘りだした土を固めてテーブルや椅子、かまど、二人分の寝台も作った。入口は雨が入らないように庇を作り、草を刈ってきて周囲に積んだ。まあ、一週間くらいなら見つからずに過ごせるだろう。
その日から、俺たちはその住処で寝泊まりをしながら、街の様子や出入りする人たちの様子を観察し始めた。
♢♢♢
朝、六時頃に城門が開く。まず門から出てくるのは、作業服を着て農具を持った農地で働くたくさんの人たちだ。それからしばらくして、荷物を満杯に積んだ荷馬車が何台か、列を作って城門から出て東の方へ向かっていく。またしばらくすると、西の方から、鮮魚や海産物を積んだ馬車が、街の中へ入っていく。
昼を過ぎたころから、農地で働いていた人たちが、三々五々街に帰ってくる。また、東に行った馬車も一台、二台と次々に街に帰ってくる。
夕方、農地で働いていた人たちの最後の集団が帰ってきて、しばらくすると城門が閉じられる。
街の一日は、だいたいこの繰り返しだった。魔族らしき姿は、まだ見ていないし、農業機械のようなものも見ていない。もしかすると、俺の想像が飛躍しすぎていたのかもしれない。
三日目の朝、そろそろ食料の備蓄も少なくなってきたので、思い切って街に入ってみようということになった。いざというときは、ケイドス王から預かったブローチが役に立ってくれるだろう。
「じゃあ、行くか」
俺の言葉にポピィが頷き、俺たちは丘を駆け下りて城門へ向かった。
「こんにちは」
俺とポピィはにこやかに門番に挨拶しながら、そのまま街の方へ歩いて行こうとした。
「おい、待て」
門番は二人いて、どちらも人族の男だったが、片方の門番が俺たちを呼び止めた。やはり素直には通してもらえないかと、心の中でため息を吐きながら立ち止まった。
「お前たち、見かけない顔だな。どこから来た?」
門番の問いに、俺は一応考えていた答えを言ってみた。
「ええっと、あっちのノームの村から来ました」
「はあ?ノ、ノームの村からだって?」
門番は驚いて、もう一人の門番を手招きした。
「おい、こいつら、ノームの村から来たって言ってるんだが……」
「ええっ!じゃあ、あの死の谷を抜けてきたっていうのか?お、お前たち、ノームなのか?」
「はい、ちょっと商売をしたくて来ました」
俺ははっきりとノームだとは言わなかったが、彼らは俺たちの背格好を見て、ノームだと信じたようだった。まあ、ポピィは、尖った耳が髪の間から少し突き出していたので、ノームだとすぐにわかるんだけどな。俺は髪で耳が隠れていたのが幸いしたようだ。
「よく無事だったな。よし、じゃあ、街に入ったら、すぐに施政管理署で出入許可証を作ってもらうんだ。金は持っているか?」
「ああ、この街はどんな通貨を使っているのですか?」
「一応、外の大陸の通貨も金属の含有量で換金はできるが、時間がかかるし面倒だ。何か売れるものがあったら、施政管理署の中に素材買い取り所があるから、そこで換金してもらいな」
「分かりました。いろいろ教えてもらって、ありがとうございます」
俺たちは門番に礼を言って、街の中に入っていった。
門から真っすぐに、石畳のきれいな広い道が通っていた。両側には、例の奇妙な集合住宅のような高層建築が立ち並んでいる。道はきれいな碁盤目状になっていて、前世の京都の町のような感じだ。
やはり、人の数が多い。だが、不思議なことに、どこの街にもある喧騒がまったくない。人々は、お互いに言葉を交わすこともほとんどなく、黙々と自分の目的を果たすために行動しているように見える。
「あの、すみません」
俺は、通りかかった中年の女性に声をかけてみた。女性は少し驚いたような顔で立ち止まり、俺たちを物珍しそうに見てから、
「何か用?」
と、冷たい声で返事をした。
「ええっと、施政管理署に行きたいのですが、場所が分からなくて……」
「ああ、それなら、この道を真っすぐに行くと、大きな広場があるから、その先の一番大きな建物よ」
女性は、打って変わって優しい声で道を教えてくれた。
「どうもありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして」
女性はにこやかにそう答えると、再び無表情になって歩き出した。
明らかにここの人間たちはおかしい。だが、魔法で操られているような感じには見えない。門番もそうだったが、ちゃんと感情は表現していた。一体何なんだ?
「この街の人って、なんか変わってますね?」
ポピィも違和感を感じているようだった。
「うん……もう少し様子を見てみようか。とりあえず、施政管理署ってところに行ってみよう」
「はいです」
俺たちは、教えられたとおりに歩いて、大きな広場に出た。
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