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54 死の谷の王 3

「お互い、自己紹介がまだだったな。わしはケイドス、この世界を創った創世四神のうちの一柱、〈破壊と断罪の神アレウス〉様の命を受けて、死者の裁きと冥界の門を守ることを仕事にしておる」


 やはり、彼は神話の中で語られる冥界の王ケイドスだった。


「俺はトーマ、この子はポピィです。世界中を見て回りたくて、旅をしています」


「ほお、そなたたち二人だけでか?これまで、どんな旅をしてきたのだ?良ければ、話しを聞かせてくれぬか」


 俺とポピィは承諾して、ラマータの街での出会いから始めて、エプラの街で潜入捜査をして、麻薬販売一味を壊滅させたこと、そして、ポピィといったん別れて、一人での旅をかいつまんで話した。


 ケイドス王は目を輝かせながら話を聞き、時には鋭い質問をしながら、終始にこやかな笑顔を浮かべていた。これが本当に冥界の王と恐れられる存在なのか、と疑うほど、慈愛に溢れた姿だった。


 話をしている途中で、侍女と思われる霊体のすごい美女が、紅茶と焼きたてのクッキーを持って(空中に浮かべて)きた。ポピィは、クッキーをもらって一口食べると、そのおいしさに顔がとろけていた。


「セリーヌは、この部屋から庭を眺めながら、そのクッキーを食べるのが好きだった……」

 王は、ポピィの様子を目を細めて見つめながら、ぽつりとつぶやいた。


「あの、お尋ねしてよろしいですか?」

 俺は疑問に思っていたことを、この人外の王に質問しようと思った。


「うむ、何だ?」


「はい…先ほど、王様がお供えをされていたお墓には、『偉大なる光の聖女セリーヌ……』と墓碑銘が刻まれていました。セリーヌ様とは、いったいどのようなお方だったのでしょうか?」


 俺の問いに、ケイドス王は驚いたような顔で答えた。

「ほお、あの神代文字が読めるのか?いったい、どこでその知識を……いや、今はそれは問うまい。ふむ、少し長くなるが、話して聞かせよう……」


 王はそう言うと、遥か古代の思い出を、ゆっくりと嚙みしめるように語り始めた。以下は、王が語った話の要約である。


♢♢♢


 聖女セリーヌの出自は不明だという。死ぬ最後の時まで、彼女はそれを明かすことはなかったらしい。


 ある日、突然、彼女はこの島に現れ、例の墓があった場所に住み始めた。ケイドスは困惑したが、しばらく様子を見ることにした。すると、彼女はまず、せっせと大小の石を拾ってきて、地面を掘り、その土に水を加えて練り、掘った場所に石を積み上げ、その上に練り上げた土を塗りこめていった。その作業を十日間ほど続けて、ついに小さな住処を完成させた。

 その間、彼女は水たまりの水に浄化魔法を掛けて飲み、そこらへんに生えている雑草を小さな鍋で煮て食べるだけだった。当然、彼女は見る見るうちに痩せていったが、平然とにこにこしながら、今度は住居の周りを耕し始めた。


 ここまで黙って様子を見ていたケイドスは、ついに、直接と会って話をしてみようと思い立った。彼女を驚かせないように、人間の姿(今より若干若い男の姿)に変身して、彼女のもとを訪ねた。

 セリーヌは、まるで予想でもしていたかのように、自然な態度で彼を迎えた。


「冥界の王ケイドスですね?私はセリーヌといいます。しばらくこの地に滞在したいと思います」


「それは構わぬが、いったいここで何をするつもりなのだ?」


 ケイドスの問いに、セリーヌはやつれた顔に、まるで日差しのような温かく、まばゆい笑顔を浮かべて答えた。

「ここは、浮かばれぬ思いを抱いた死者の魂が流れ着く場所、私はそうした魂に安らぎを与え、天に帰してやりたいと思います」


 それを聞いたケイドスは仰天した。つまり、彼女はケイドスの役目に真っ向から対抗しようというのである。

 ケイドスは、罪人の魂、消えない恨みや憎しみを抱いた魂が、二度とこの世界に生まれ変われないように、冥界に追放して消滅させることが役目だった。しかし、彼女はそんな魂を浄化し、もう一度生まれ変われるように天界に帰す役目をしようと言っているのだ。


「それを、わしが許すと思うのか?」


「……許せないでしょうね。殺したければ殺しなさい。これは私に課せられた贖罪、止めることはできません」

 セリーヌはそう言って、微笑みながら首を垂れたという。


 本来なら、すぐに彼女の首を切り落とすところだろう。だが、なぜかケイドスはそれができなかった。

「……贖罪と言ったな。どんな罪を犯したのだ?」


 セリーヌは顔を上げると、静かな微笑みを浮かべてこう言った。

「それは言えません…言うべきでもありません。でも、安心しなさい。私はそう長くは生きられません。あなたにとっては、まばたきほどの時間でしょう。あなたはあなたの役目を果たしなさい」


♢♢♢


「……それから二十数年、セリーヌは生きた。確かに、悠久の時を生きるわしにとっては、まばたきにも満たない短い時間だった。だが……」

 ケイドスはそこで口をつぐむと、何かをぐっと飲みこむようにしばらく下を向いてから、顔を上げた。

「……ある時な、何を思ったのか、どこかへふらりと出かけたかと思っていると、一週間ほどして、彼女は人間の子を抱いて戻ってきた。そして、まるでわが子のように育て始めた。しかも、このわしのところへやってきて、子どもに飲ませる乳をどうにかしてもらえないか、というのだ。冥界の王に、乳をだぞ。わしは呆れてしまってな……そんなものが城にあるはずもない。しかたなく、部下に命じて、近くの人間の村まで行かせ、つがいの牛を二頭買わせて持って来させた。やがて、その子、リンドが五歳になると、今度はその子に剣術を教えてくれと言う。まったく、めちゃくちゃな女だった。あはは……」


 そう言って笑う王の頬には、出るはずもない涙が流れ落ちているように思えた。


「リンド…バルセン……その子が、後のゴルダ王国の初代国王ですね?」


「うむ、そうだ」


「つかぬことをお聞きしますが、リンド・バルセン王は、ご家族を連れてどこかの島へ行かれたと聞きました。もしや、王の子孫が〝魔族〟と呼ばれる者たちではありませんか?」


 俺の問いに、ケイドス王は驚くとともに真剣な表情になった。

「なぜ、そのように思ったのだ?」


 王の問いに、俺はアンガスという名の魔族に会ったことがあること、エルド村でルーシーから聞いた話の中のリンドの子どもたちの特徴が、その魔族の特徴と似ていたことなどを話した。


「……やはり、ただの子どもではないと思ったが、そなたはいったい何者なのだ?最初はリンドによく似た魔力の持ち主だと思ったが、それだけではなかった。そなたの中に、何かなつかしいものを感じる。そう、あのセリーヌに似た何かなつかしい感じだ……」

 ケイドス王はそう言った後、戸惑う俺を尻目に、紅茶をゆっくりすすった。そして、こう続けた。

「……そなたの言う通り、リンドの子どもたちが、今の魔族の先祖だ」


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