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53 死の谷の王 2

 俺とポピィは、あまりの驚きと感動に言葉もなく、ゆっくりとその花畑の中に入り、花を踏まないように用心しながら散策を始めた。

 平穏と静寂が辺り一帯を包んでいた。美しい羽根を持った何種類かの蝶がゆっくりと飛び回り、時折、小鳥の鳴き声だけが静寂を破って楽し気に響いていた。


「あ、トーマ様、あそこに何かあります」

 ポピィが指さす方向には、何かの記念碑のようなものが建っていた。俺たちはそこへ歩いていった。


 それは、石とも宝石とも分からない不思議な素材で作られたモニュメントだった。長い年月の間にあちこちが苔で覆われていたが、刻まれている文字ははっきりとみることができる。ただ、それは俺が知らない文字だった。


『偉大なる光の聖女セリーヌ・バルセン、ここに眠る。彼女の魂に大いなる安らぎがあらんことを……』

 ナビが厳かな声で、俺にその文字の意味を教えてくれた。


(バルセン……どこかで聞いたことがあるな。つまり、これは墓なのか?)


『ドーラの街でルーシーが言っていましたね、ゴルダ王国の前に栄えていた王国がバルセン王国で、初代の王がリンド・バルセンでした。このセリーヌという人は、彼とかかわりのある人物でしょう』


 俺はナビの説明を聞きながら、感動を覚えたが、一方で何か違和感も感じていた。というのも、《聖女》といえば一国の運命も左右するほどの存在だ、という記憶(前世のラノベやアニメによる)が俺にはあったからだ。そんな聖女が、こんな辺境の島で亡くなっているとはどういうことなのか。それに、アカシックレコードもかくやと思えるほどのナビの情報バンクに、セリーヌという聖女の情報がないのもおかしい。いや、セリーヌが本当の聖女だとしたら、の話だが……。

 俺が、それをナビに問い詰めようとしたとき、ポピィのただならぬ声が聞こえてきた。


「トーマ様っ!何かこちらに近づいてきます。すごい魔力です」


 確かに感知した。これは今まで出会ったことがない魔力の持ち主だ。もし、魔物なら、おそらく創世龍クラスの化け物だろう。

 逃げるなら今しかないが、俺の足は動かなかった。いや、動けなかったと言った方が正しい。逃げても無駄だという気持ちと、ぜひ見てみたいという気持ちもあった。


「ポピィ、これは戦うような相手じゃない。もし、殺されるような状況になったら、亜空間に逃げ込む、いいな?」


「は、はい、です」


 そうした俺たちの命がけの覚悟とは裏腹に、〝そいつ〟は、悠然とむしろ優雅と言えるような姿と歩き方で、俺たちの方へ近づいてきた。

 身長は二メートル近く、足首まで覆うような長い白のドレスシャツの上に濃い紫色の金糸で豪華に刺繍されたローブを羽織っている。肩まで伸びた金髪の頭の上には、宝石がちりばめられた金の王冠、金色の口髭、そして深いしわが刻まれた顔……それは昔話で語られる〈苦悩する王〉の姿そのものだった。


「……リン…ドか……いや、そんなはずはないな……しかし、よく似ておる。髪の色は違うが、その目元、そして何より魔法の色が……」

 〝そいつ〟は、固まった俺たちから二メートルほど離れた所で立ち止まると、驚いたような表情でそうつぶやいた。


「ああ、怖がらせてしまったな、すまぬ……わしは、この辺りを治めておる王だ。強い魔力を感じてな、誰だろうと思い来てみたのだ。まあ、この墓にも用があったのだがな」

 王を名乗るその人物(?)はそう言うと、聖女の墓に近づき、ローブの下の隠れていた手を出して、その手に握っていた金色の美しいリンゴのような果実を墓前に供えた。


「セリーヌ……お前も驚いたのではないか?リンドによく似た人の子が来てくれたのだからな。あはは……長く生きていると、面白いことも、こうしてたまにあるよ」

 彼は墓を見つめながら、優しい声で語り掛けた。そして、俺たちの方へ振り返ってこう言った。

「久しぶりに人間に会って、外の世界の話を聞きたいのだが、わしの城に来てくれんか?」


 俺とポピィはどちらも、体の震えを必死に抑えながら顔を見合わせた。


「え、えと、おれ、ぼ、僕たちのような者がお、お城におじゃましてもいいのでしょうか?」

 俺は必死に勇気を出して王に尋ねた。


「ああ、ぜひ来てくれ。何も怖がらなくていいのだぞ。わしは、人間を食ったりはせぬからな。あははは……」


 ひいい、変な冗談はやめてくれ。俺は心の中で叫びながら、引きつった笑い顔を浮かべた。なぜ、そんなに怖がっているのかって?

 だって、その王の優しくリンゴを供えた手も、裸足の足も、〝白骨〟だったんだぜ。つまり、それは、この王が〝死の谷の王〟その人だということを示していたんだ。


♢♢♢


 俺たちは、王に連れられて、再び霧に包まれた世界に入っていった。俺たちが通り過ぎてきた所の一角に、崖の下へ降りていく石段があった。その階段を四十メートルほど下へ降りていくと谷底に着いた。王が歩き出すと、その少し先の地面が何やらぼーっと光り始めた。


「さあ、この転移魔法陣の上に乗ってくれ」

 王はそう言うと、自分が先に青白く光る円の中に入っていく。

 俺はまだ、この先に自分たちの〈死〉が待っているのではないか、という不安をぬぐい切れていなかったが、ナビの警告もなかったので、ポピィを促して魔法陣の中に足を踏み入れたのだった。


 一瞬、目の前の風景がフェードアウトしたかと思うと、次の瞬間、俺たちは薄暗い空間に立っていた。そこは洞窟のような通路で両側に松明が点々と灯されていた。王に案内されて、その通路の出口まで歩いていった。


「さあ、ここがわしの城だ。ようこそ、歓迎する」


 王の言葉に、俺たちはおずおずと少し明るい場所へ一歩を踏み出した。


 そこは、荘厳と呼ぶにふさわしい城の内部だった。ダンジョンのように明かりがなくても壁自体がほのかに光っており、所々に下げられた豪華なシャンデリアが、それに暖かな色の光を加えていた。

 王の眷属なのだろう、紫と金の衣装や鎧を着たスケルトンやゴーストたちが、それぞれの仕事をおこなっていた。


「ここは、わしの仕事場だ。少し歩くが、上の部屋で茶でも飲みながら話そう」

 王はそう言うと、手で何やら周囲にいる部下たちに合図した。

 そうした彼の動作や合図までもが、何か俺たちを〈死の宴〉へ招待するようなサインに思えて、内心びくびくしながら彼の後についていった。


(おい、ナビ、さっきから何も言わないが、このままついていっていいのか?)


『……あ、はい、何も問題ありません…いえ、ないと思います』

 ん?やっぱり何か変だ。ナビが上の空になっている。いったい、どうしたんだろう?


 階段や廊下をいくつか通って、王は一つの部屋の中へ入った。

「さあ、ここがいいだろう、入ってくれ」


 そこは、小さな部屋だったが、他の場所と違って明るく、窓の外には陽光に照らされた小さな、しかし美しい庭が広がっていた。


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