50 ノームの島と死の谷 1
本日より、後半部始めます。
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(なあ、ナビ、これ、絶対に流されてるよな?)
俺は、自分の不安をポピィには悟られないように、平然としているふりをしていたが、心の中でナビにずっと話しかけていた。
俺たちは、今、十メートル先もほとんど見えない深い霧の中、手製の船で海を渡っていた。
ルンダ大陸の西の果ての海岸で、俺たちはしばらくキャンプをした。というのも、遠い場所に行くのに、毎回スノウに頼って甘えてばかりではいけない、という今考えると余計な配慮(プライド?)のせいで、「手作りした船で海を渡ろう」などと考えたのだ。
船自体は、思ったより大きく頑丈なものができた。ただ、動力装置がどうしてもうまくできなかった。そりゃあそうだろう。メカの知識がほとんどない人間が、魔法だけで蒸気機関とか、燃焼エンジンとか作れるわけがなかった。
それで、いちおう帆柱を立てて、帆布の代わりに葉っぱのついた木の枝を集めて組み上げ、ロープで帆柱にくくりつけたのだが……長くは持たなかった。思ったより風が強く、三時間も経つ頃には、あちこちが折れてぼろぼろになってしまった。
というわけで、今、船は風よりも、海流の力に流されて進んでいるのだ。
『かなり北に向かって進んでいますね。しかし、幸運なことに、前方四キロ弱の所に島影が見えます。このまま進めば、その島に着くでしょう。もちろん、今からスノウを呼ぶという手もありますが……』
(ぐ……いや、初志貫徹だ。たぶん、その島に来い、と呼ばれていたんだ)
『なるほど、それは一理ありますね。なにしろ、その島は、私が遠くからでも認識できたくらいに膨大な魔力を発していますから』
おいおい、また物騒な情報を平然とぶち込むんだからな、こいつは……。
♢♢♢
それから、一時間半後、船は「とある島」の海岸に着いた。岩場だったので、土魔法で岩のタラップを作り、揺れる船から何とか下りることができた。
「まだ、体が揺れている感じがするです」
ポピィは船酔い寸前だったが、なんとか倒れる前に上陸することができた。
「ああ、すまなかったな。今度作るときは、もっとましな船を作ることにするよ」
俺の言葉に、ポピィは「また、船ですか」といった顔で苦笑いを浮かべた。
俺たちは海岸から少し歩いて、低い丘の平地で休憩をとった。まだ、辺りには霧が立ち込めており、周囲の様子は見えない。背後にある森だけが、ぼんやりと黒い影を見せていた。
「天気が良くなるまで、とりあえず海岸沿いを進んでみるか」
「そうですね。先導します」
俺とポピィは立ち上がってリュックを背負った。そして、ポピィが前を歩き、左手に海を見ながら、多分北の方角へ歩き出した。
(なあ、ナビ、さっきこの島から膨大な魔力が出ていると言っていたけど、それはこの島にそんな、とてつもない魔力を持った〝何か〟がいるってことか?)
『……今のところ、何とも判断しかねます。これほど大きな魔力を持った生き物となると、考えられるのは〝創世龍〟ですが、それにしては魔力の分布が散漫で、集中している場所が特定できません。まるで、この霧のように島全体を覆っているような感じなのです』
(ううん……何だろうな?まあ、今は用心しながら調べるしかないか)
俺は、ナビとそんな話をしながら歩いていた。
「トーマ様、家があります」
かれこれ十分近く歩いたとき、ポピィが立ち止まって俺にそう告げた。ポピィの側に行って前方に目を凝らすと、確かに霧の中にぼんやりと小さな家の形が見えた。
「用心して近くに行ってみよう」
俺の言葉にポピィは頷いて、〈隠蔽〉のスキルを使いながら前を歩き出した。
近づいてみると、そこには数件の家が並んでいることが分かった。どの家も比較的小さく、石と土でできた壁に干し草を積み上げた草ぶきの屋根が特徴的だった。
ポピィがその家々をじっと見上げて、何か考えていた。
「ポピィ、どうかしたのか?」
俺の問いかけに、ポピィはちょっと下を向いてから、顔を上げてぽつりとこう言った。
「何かなつかしい感じがしたです……小さい頃、こんな家に住んでいたです」
「そうか……中に人の気配はあるから、声をかけてみようか」
俺はそう言って、一番手前の家のドアの所へ向かった。
「すみません、旅の者ですが、少しお話を聞かせてもらえませんか?」
俺はできるだけ丁寧な言葉づかいで、ドアを軽く叩きながら声を掛けた。家の中で、何人かの気配が動くのを感じたが、返事はなかった。
しばらく様子をうかがったが、どうやら警戒されてようで応対してもらえなかった。俺があきらめて、ドアから離れると、ポピィが側に来てこう言った。
「私が試してもいいですか?」
俺が頷くと、ポピィはわずかに微笑んでから、ドアに向かって口を開いた。
「#&%、+$=%*?」
それは俺が初めて聞く言葉だった。驚いてポピィを見ると、彼女は少し恥ずかしそうに頬を染めながら小さな声で言った。
「これ、ノーム語なんです。母に小さい頃習って覚えました」
「なるほど……そうか、この家がノームの家に似ていたから……」
ポピィは小さく頷いたが、寂しげに笑って、
「はい……でも、やっぱりだめだったよう…」
と、言いかけたとき、ガチャッっと鍵が開く音がして、ドアがそっと開いたのだった。
俺たちは緊張して、ドアから少し離れた。
半ば開いたドアの間から、子どもの背丈くらいの女性と思われる人物がそっと顔をのぞかせて、俺たちを見た。
「&%**=?」
「私たちに、何の用か聞いています」
ポピィが嬉しそうに、その人物の言葉を通訳した。ポピィの直感は当たったのだ。この家に住んでいるのは、ポピィの母親と同じ、ノーム族の人だった。
♢♢♢
その後、ポピィのおかげで話が通じ、俺たちはその家の中に入れてもらうことができた。初めて見るノームの人たちは、まさに、前世の動画で見た〝ホビット〟だった。ただし、動画のホビットたちより、顔立ちは端正で、〈土属性の妖精〉というのが最も適切な表現だろう。
その家の家族は、夫婦と二人の子供たちの四人家族だった。
「*%#=&#$+?」
旦那さんが、何か不安そうな顔で口を開いた。それを聞いたポピィは、怪訝な表情で俺を見た。
「本当に生きているのかって聞いてます」
「え?……どういう意味か、訊いてくれるか?」
俺の言葉にポピィは頷いて、旦那さんと話し始めた。その結果、驚くべきことがわかった。