5 一つの計画
やがて、ゼムさんはため息交じりに話し始めた。
「若い頃はな、退屈な故郷が嫌で……二度と戻るかって決めて、仲間たちとこの大陸へ移住してきたんだ……だが、この年になると、妙に故郷のことが思い出されてな。あはは……わしも年を取ったんだな。まあ、死ぬ前にもう一度故郷をこの目で見たいとは思っておった」
「じゃあ、行きませんか?皆で」
ゼムさんは俺に目を戻すと、じっと見つめてから、探るように口を開いた。
「皆?それは、この集落にいる者全員ということか?」
俺はしっかりと頷いた。
ゼムさんは、また視線を遠くに向けながら一つ息を吐いた。
「故郷で、もう一度、人生をやり直せ、と?」
俺も、もう一度頷いて言った。
「そうです。ゼムさんは、ベローズ村って知ってますか?」
「ベローズ?……いや、分からないな」
俺はリュックからオブロン村長にもらった封筒を取り出した。
「これは、俺がしばらくの間お世話になった村の村長さんから、ベローズ村のオルグさんという人に渡せと言われて預かった手紙です。俺がこっちに戻りたいと言ったら、これをオルグさんに見せれば何とかしてくれるだろうと言うんです……」
ゼムさんは俺が何を言いたいのか分からない様子で、俺と封筒を交互に見ていた。
「……俺は短い間でしたが、獣人の人たちの村で暮らし、街にも行って確信したことがあります。それは、獣人の人たちのほとんどは、とても誠実で、信頼できる人たちだということです。ベローズ村にはきっと船があるはずです。そして、ゼムさんやバルさんたち若い人たちには、こちらの国での多くの経験や知識がある……」
「お、おい、いったい何が言いたいんだ?」
ゼムさんの戸惑った顔を見ながら、俺はにやりと微笑んだ。
「ベローズ村で、オルグさんと相談して、船による交易、つまり商船の商売を立ち上げてみませんか?」
俺の提案に、ゼムさんは呆気に取られて、しばらくの間、口を開けたまま俺を見つめていた。
「やれやれ、また、とんでもないことを言いだしおったな……言っておくが、わしは商売の経験はない、だが、商売が、口で言うほど簡単でないことは分かっておるつもりだ。第一、そんな資金などもっておらん」
俺は少し考えてから、頷いた。
「分かりました。では、その話はいったん保留にします。とりあえず、観光のつもりで、皆でベローズ村に行ってみましょうよ」
ゼムさんは苦笑してから、小さく頷いた。
「あはは……まったく、お前さんは本当に子どもなのか、いまだに疑っておるよ。そうだな、皆の意見も聞いてみてから考えてみよう」
♢♢♢
その日の夕方、ゼムさんの家にこの集落の若者たちが全員集まっていた。リトとリラの兄妹、バルとギル(実はこの二人も兄弟だった)、ルド、そしてベルとメルの姉妹の計七人だ。
俺は、この街を出てからの一週間ほどの体験を彼らに話した。彼らにとってはルーツでありながら、まだ見たことのない獣人の国の話に、食い入るように聞き入った。
「……ということで、今日こっちに帰って来たんだ」
「へえ、そうかあ。こっちと生活は変わらないみたいだな」
「100ベル銀貨が二倍以上の価値になるのか、いいな。こっちで稼いで売りに行けば、向こうで金持ちになれるんじゃ?」
「あはは……そいつは、毎日食うのがやっとの俺たちには夢物語だな」
バルの言葉に、若い獣人たちはあ、ああっと力ない声を上げて肩を落とした。
「ところで、トーマ兄ちゃん、どうやって帰って来たんだ?」
リトの問いに俺ははっとして、すぐには答えられなかった。
(しまったぁ、その説明を考えるのを忘れていたよ)
『魔法で飛んで帰って来た、とでも言いますか』
ナビにからかわれながら、俺が焦っていると、ゼムさんが当然と言った口調で言った
「ベローズ村から船に乗せてもらったんだろう、違うのか?」
「あ、いや、そうなんです。港ではなく、人目につかない海岸で降ろしてもらって……」
リトたちもなるほどといった顔で頷いていた。俺はほっと胸をなでおろしながら、ゼムさんにそっと感謝した。
「ええっと、それでさ、皆は故郷の大陸に行ってみたいかな?」
俺の問い掛けに、若い獣人たちは目を輝かせながら、お互いの顔を見合った。そして、一斉に頷きながら「行きたい」と答えた。
俺はにっこりと頷いてから、ゼムさんの方を向いた。
「ということです、ゼムさん。皆でちょっと小さな旅行に出かけましょう」
ゼムさんはため息を吐いて苦笑しながら、肩をすくめた。
「やれやれ、まんまとお前さんの口車に乗せられてしまったな。よし、分かった。そうと決まれば明日から旅の準備だ。お前たち、働いてもらうからな」
「おう、何でも言ってくれ」
「やったぁ、旅行だ、旅行だ」
「わあ、楽しみぃ、ふふ……」
若い獣人たちは楽しげな声を上げて喜び合った。
♢♢♢
(さて、こっちもいろいろと準備をしないとな。忙しいぞ)
俺は獣人たちに別れを告げて、街の方角へ向かった。
『マスター、本気ですか、商船の話は?』
(ああ、まあ、半分かな。大儲けは出来なくても、ゼムさんたちが生きがいを感じながら、生活できるくらいのことは出来るんじゃないかって思うんだ。だから、今からその下調べをしようと思ってな)
俺は街には入らず、加速を使って一気に草原を走り抜けた。ブロスタの街を横目に見ながら、俺が目指していたのは、海岸沿いの別の街だ。このローダス王国の王都に近い港町なら、俺が欲しい情報が手に入るはずだ。