47 後始末と新たなる目標 2
「でも、こいつらを生かしておいたら、また同じことを繰り返すのではありませんか?」
一人の男の言葉に、多くの村人たちが「そうだ」という賛同の声を上げた。
ティアは少し悲し気な顔でうつむき、考え込んでいたが、やがて顔を上げて言った。
「では、せめて、この者たちの始末は私たち以外のものたちに任せませんか。〝魔物の始末は魔物に任せる〟というのはどうでしょうか?」
村人たちは、ティアの言葉の意味がよく分からず、ざわざわと話し始めた。その疑問に答えるように、ティアは続けた。
「この大地の下には、たくさんのスライムが生息しています。特に、東の台地の下には、見回りの者たちも足を踏み入れなかった、巨大なコロニーがあると聞いています。この者たちを、このままそこに放置する、という裁きはどうでしょうか?もし、それでも、この者たちが生き延びるなら、それは、神がこの者たちを生かすお考え、ということ、私たちがそれを阻むことはできないでしょう……それに、たとえこの者たちが生き延びたとしても、もうこの村に手出しをすることはできません。なぜなら……」
そこで、ティアはいったん言葉を切って、演壇の下にいた俺とポピィに手招きをした。俺とポピィは、少し緊張しながら壇上に上がっていった。
「……この方たちが、村を救ってくださった英雄のお二人、トーマさんとポピィさんです……」
ワアーッという歓声と拍手がしばらく続いた。ほんと、こういうのは慣れていなくて、下腹から足にかけてムズムズして居心地が悪い。
「……このトーマさんは、素晴らしい魔法の才能をお持ちで、なんと、村に外からの侵入者が入らないように、〈結界〉を張ってくださるそうです」
ワーッと歓声を上げかけた村人たちは、〈結界〉と聞いて、どんなものか分からず、お互いの顔を見合わせた。
その後、ティアが結界のことを説明し、村人たちも「それなら」と納得して、悪人たちの裁判は終了した。
♢♢♢
「いやあ、ティアさんもなかなかの演技派ですね?」
俺の言葉に、ティアはコロコロと可愛い声で笑ってから、こう言った。
「あはは……そうですか?でも、ちゃんと台本を考えてくださっていたので、簡単でしたよ。……本当に、何から何までお世話になりました」
ティアはそういって丁寧に頭を下げ、横にいたラミアとエステアも慌てて頭を下げた。俺は、ラミアの表情が少し曇っているのに気付いた。理由は分かっている。
ロムと第二部隊が帰ってきたとき、俺たちは彼らに降伏か抵抗か問いかけた。まあ、あの状態では抵抗しようとは考えないだろう。案の定、全員が降伏して杭に縛り付けられたのだが、その時、ラミアは第二部隊のリーダーであるジョアンを何とか助けたいと思い、村人たちを説得しようとした。
しかし、ジョアンは、自分も私兵部隊のリーダーとして、ラビンの悪事に協力したのだから、一人だけ助かるわけにはいかないと拒否したのである。潔い態度だ。
ラミアはそれで、ひどく落ち込んだわけだが、俺はちゃんと救いの手を用意していた。
実は、俺たちはティアが壇上に上がる前に、村人に聞こえない場所で打ち合わせをしていたのだ。
そこで決まったのは、村人たちを納得させるために、ラビンたちを縛ったまま台地の下に追放すること。その際、ジョアンの縄は緩めておき、彼には密かにナイフを隠し持たせること。このことはラミアがジョアンにこっそり伝えておくこと。ジョアンは、下に着いたらおそらく何人かの麻縄を切ってやるだろう。ラビンやバンズたちの縄はどうするか、それは彼に一任しよう。もし、全員が解放されたとして、また村に戻ってこられないように、俺が村の周囲に結界を張ること。以上だ。
「大丈夫だよ、ラミアさん。彼らもそう簡単にスライムにはやられないさ。まあ、体を縛られていたら分からないけどね。そこはジョアンさんの考え次第だ」
俺の言葉に、心の内を見透かされたラミアは少し赤くなったが、小さく頷いて答えた。
「そうですね。ジョアンは優しいから、きっと全員のロープを切ってあげると思います。でも、もう村には戻れない。きっと、どこかで新しい生き方を見つけるでしょう」
「そんなに心配なら、ジョアンを追いかけていったら、お姉ちゃん?もう、私たち、自由に生きていいんだよ」
うん、エステアの言うことは正しい。本当に好きなら、追いかけていけば良いだけだ。
しかし、ラミアは小さく首を振った。
「いいえ、私にはもっと大事な使命があるから、村に残るわ。これから、この村を皆が楽しく暮らせる村にしないといけない。ティア様お一人に、ご苦労をおかけするわけにはいかない。それに、私も、ティア様にもっと魔法を教えていただきたいの」
「まあ、うふふ……そうですわね、これからは自由に魔法が使えるんですものね。いいわ、ラミア、一緒に魔法を探求していきましょう」
「はいっ、ふふ……」
ラミアとティアは嬉しそうに微笑み合った。そして、ティアが俺の方に笑顔を向けた。
「じゃあ、手始めに、トーマ様、〈結界〉をどうやって張るのか、実際に見せてくださいな」
「ああ、ええっと、もう夕方だから、実際の所は明日やりますが、やり方だけを簡単に説明しますね」
俺はそう答えて、リュックの中からメモ用紙と炭筆、そしてゴブリンから採取した魔石を二個取り出した。ティアとラミアはもちろん、エステアとポピィも興味津々に見つめている。
魔法の講義と言っても、俺はただナビ先生の説明を伝えるだけだ。少々後ろめたい気持ちだった。
「ええっと、まず、これくらいの大きさの容器を用意して、その底に〈結界〉の魔法陣を刻みます。そして、その上にこのくらいの魔石を二、三個置いて、後は魔力を流すだけです。じゃあ、ちょっと簡単な結界を作ってみます」
俺はそう言うと、二枚のメモ用紙に、ナビが見せてくれた簡単な魔法陣のイメージをそのまま描き込んでいった。
魔法陣を描いた後、その上に俺の言葉で、結界のイメージ、大きさの三次元数値を書き込む。二枚とも出来たら、それぞれの上に魔石を置く。
「ラミアさん、この〇印に指を置いて、魔力を流し込んでみて」
俺がそう言うと、ラミアは少し緊張しながらも目を輝かせて、一枚の紙の印の上に指を置いた。そして目をつぶって集中した。
「わあっ、模様から光が出てきた」
エステアが興奮したように声を上げた。
ラミアの魔力の特性である金色(光魔法の色)の光は、数秒で消えた。
「うん、出来ました。ほら、エステア、この二枚の紙の間にナイフを刺してみて」
俺の言葉に、今度はエステアが不思議そうな表情で、二つの魔法陣の間の何もない空間に、そっとナイフを突き入れた。
コツンッ、と音がして、ナイフは何かに阻まれ、それ以上先には進めなかった。
エステアも、他の少女たちも思わず「あっ」と叫んで、驚きに目を丸くした。
「これが簡単な〈結界〉です。実際のものは、これを大きくしただけですよ」
「素晴らしいですわ……」
ティアは、その細い指先で結界をコツコツと突きながら、夢見るような表情でつぶやいた。
「トーマ様は、いったいどこでこんなすごい魔法を学ばれたのですか?」
ティアの問いに、はい、すべてナビ先生の受け売りです、とはさすがに言えなかったので、俺はちょっと考えてから答えた。
「あの、まあ、原理さえ理解すれば、そんなに難しい魔法ではありませんよ。俺は、たまたま店で買った魔法の本に書かれていたものを、少し応用しただけで……あはは……」
「でも、この模様を覚えるのは難しそう。それに、この不思議な文字も……」
今度はラミアが、メモ用紙を見ながら言った。
俺が魔法陣の上に書いたのは、へたくそな日本語とアラビア数字だった。
「ああ、これも覚えれば簡単です。文字は皆さんが使う文字で大丈夫ですから」
「ふふふ……では、明日からトーマ様を師として、皆で魔法の勉強をいたしましょう。トーマ様、どうかよろしくお願いいたします」
ティアがそう言って頭を下げると、他の少女たちも一斉に頭を下げた。
えっ、いや、あの、明日結界を張り終わったら、さっさと次の旅に出発する予定だったんだが……。
『こうなったら、しかたありませんね。マスターもこの機会に、魔法の研究を深めたらどうですか?』
(はい、そうします……)
俺はため息をついて、頷くしかなかった。