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43 村の大掃除をいたしましょう 1

(えっと、まさか、ロープで縛って引き上げるってことじゃ、ないよね?)

 

「上に行くまで少しの間、体が痛いかもしれませんが、お許しください」

 そう言うと。ラミアはエステアと二人で、俺とポピィの体を別々のロープで縛り始めた。


(やっぱり?……ロープが落ちてきた時点で分かっていたよ、ああ、分かっていたさ……っ!って、おいっ、もっと優しく引き揚げろっ!うわっ、岩に当たるって、くそっ……)

 俺は、心の中で悪態をつきながら、ポピィが岩にぶつからないように、両足で彼女の体を挟み込んだ。おかげで、俺は揺れるたびに背中や腿、頭が崖にぶつかってあちこちに傷や打撲を負った。


「なんだ、えらく軽いと思ったら、子どもだったのか」


「ガキかぁ、せめて綺麗なねえちゃんならよかったのによぉ」


(お前らなぁ……おぼえとけよ、あとでたっぷり痛い目にあわせてやるからな)


 崖の上には、監視所のような小さな小屋が建っていた。

 俺とポピィは、ラミアたちが上がってくるまで、地面に転がされていた。


「トーマ様、大丈夫ですか?おケガはありませんか?」


「ああ、大丈夫だ。お前もケガはないか?」


「はい、大丈夫です。トーマ様が、そ、その、かばってくださったので……」


(うん、そうか、それは良かった……って、痛え…血は出てないよな?)

 俺は、見張り番の二人がラミアたちを引き上げている隙に、自分にヒールの魔法を掛けた。瞬時に、痛みも傷もすーっと消えていった。


「お役目、ご苦労様です」

 見張り番の男の声がした。


「ああ、ご苦労様。この子たちは、道に迷って森に迷い込んだらしい。少し事情を訊いたら、明日の朝、適当な場所に解放してくるわ。記録には、そう書いておいて」

 ラミアの声だ。このやりとりから推測すると、ラミアたち私兵部隊は、かなり地位が高いようだ。まあ、王国で言うなら近衛兵のような立ち場なのだろう。


 やがて、二つの足音が近づいてきて、俺たちを優しく抱き起した。

「申し訳ありませんでした。今しばらくご辛抱を」

 ラミアが、番人たちに聞こえない小さな声でささやいた。


 そして俺たちは、二人の姉妹に抱きかかえられるようにしながら、すでに大半の家々が寝静まった村の中を、奥の方へ歩いていった。


「左手に見える大きな屋敷が、ラビンの屋敷です」

 途中、ラミアは、いかにも不快そうな口ぶりでそう言った。月の光に照らされて、いかにも成金趣味な装飾が施された三階建ての屋敷が、厳重な壁に取り囲まれた先に見えていた。


「さあ、着きました。ここが、私たちの家です。父母の他に、三人のハーフエルフの方々が一緒に住んでおられます」

 村の北の端の方に、姉妹たちの家があった。この世界のどこの村でも見かけるような、木造の二階建ての家である。


 ラミアとエステアは、玄関の所で、しばらく待つように言ってから、ドアを開けて中に入っていったが、やがて暗い家の中に明かりがつくのが見え、姉妹ともう一人、まだ若い女性が玄関に出てきた。


「お待たせしました、さあ、中へ。あっ、その前にロープを外さないと……」

 冷静に見えるラミアさん、もしかして少しそそっかしい?


♢♢♢


 姉妹以外に、まだ起きて彼女たちを待っていた女性は、ティアと呼ばれるハーフエルフだった。〝呼ばれる〟と言ったのは、彼女の正式な名は、エルフォーリア・ベル・ラティアという長い名前だったからだ。


「まあ、そうですか、向こうの大陸から、はるばるこの大陸へ旅を……素敵ですわ」

 ティアは、迫害され悲惨な歴史を背負ったこの村のエルフの末裔とは、とうてい思えないほど、なんだかほんわかとした雰囲気をまとった女性だった。


「噂では、獣人たちと人間の国が戦争をしていたと聞きましたが?」

 ラミアがお茶を運んできて、皆に配りながら尋ねた。


 そこまで、俺とポピィは、自己紹介をしてエステアやティアの質問にいろいろ答えていたところだった。


「ああ、それはもう四十年近く前のことだよ。今も国交は断絶したままだけど、民間の交易は始まっている。そのうち、アウグスト王国という人間の国と正式に国交を結ぶんじゃないかな、と思っている」


「そんなに昔のことだったのね……まあ、しかたないわね、ここは外界から切り離された土地だから……」

 エステアが少し寂しそうに言った。


「もしかして、ここから外に出てみたい?」


 俺の探りに、エステアは姉とティアを交互にちらりと見てから、少し恥ずかしそうに頷いた。

「うん……この村が平和になったら、外の世界を見て回りたい……」


「エステアの小さい頃からの夢ですものね。私も見てみたいなあ、外の世界……そして、行ってみたいの、エルフの国に……」

 ティアが天井を見上げながらそう言った。


「そのためにも……一日でも早く、ラビンの支配を終わらせないと」

 ラミアの決意のこもった言葉に、全員がしっかりと頷いた。


「じゃあ、作戦会議といきますか?」

 俺は、他の四人を見回しながら言った。全員が真剣な目で頷いた。


♢♢♢


《ラミア視点》


 運命の日の朝、私と妹はいつものように、日の出とともに私兵部隊の詰所に出向いた。そして、副隊長のロムに、昨夜考えた通りの偽りの報告をした。ロムはそれを聞くと、すぐに数名の隊員を引き連れて、私が示した地図の場所に向かった。


 それから三十分後、緊急の招集の鐘が打ち鳴らされ、詰所に全隊員が集まった。明らかに動揺した様子のロムが、二十二名の隊員の前に立った。


「皆に重大な報告がある……」

 彼はそう前置きすると、かなり動揺しているのが分かるくらい落ち着きのない表情と目の動きを見せながら続けた。

「……昨日の夕方、第一部隊のエステアからの合図を受けて、バンズ隊長とグラン、コルグ、ラミア、バードンの四人がその場へ向かった。エステアとラミアの報告によると、そこには数名の侵入者とそれとは別に二名の迷子の子どもがいたらしい。エステアとラミアは、その二人の子を保護して、村に連れ帰り、バンズ隊長たちは他の侵入者たちを見張るために残った。それで、間違いはないな、ラミア、エステア?」


「ええ、間違いないわ」

 私は落ち着いて答えた。


 ロムは頷くと、皆を見回しながらこう言った。

「ところが、さっき、俺はその場所に行ってきたが、隊長たちの姿はなかった。確かに焚火の跡があり、大木が何本か倒れ、激しく争った形跡があった。ここから考えられるのは、隊長たちが、侵入者たちと戦い、逃げ出した侵入者たちを追いかけて移動した、ということだ……」


「いや、それはおかしいぞ。もし、そうなら、何らかの合図か、誰かが報告に戻るはずだ」

 第三部隊のリーダー、カイトだ。


 ロムは困ったように、手をせわしなく動かしながら答えた。

「ああ、だが、緊急事態だったかもしれない……」


 隊員たちがざわざわと騒ぎだした。


「静かにしろっ、俺の話を聞くんだ……いいか、今、俺たちがやらなければならないことは、まず、隊長たちの行方を確認すること、次に、侵入者の襲撃に備えて村の防御を固めること、この二つだ。そこで、第二部隊は、俺とともに隊長たちの行方を追う。第三部隊は、ラビン様のお屋敷を中心に防御体制の構築を急げ。それから、ラミアとエステアは、ラビン様に今回のことを報告し、そのままお側で護衛に当たる、いいな?」


 隊員たちは、ロムの的確な指示に全員がしっかりと頷いた。ただ、一人だけ、第三部隊のリーダー、カイトは顎に手をやっていぶかしげな顔で私とエステアの方を見た。


 カイトは、以前から私たち姉妹のことを疑っていた。私たちがエルフの血を引いていることも、私たちの家にハーフエルフの方々が一緒に住んでいることも、彼の疑念を大きくする要因だった。

 ただ、あのいやらしい男、ラビンがティナ様や私たち姉妹におぞましい欲望を持ち、何とか自分に好意を持たせようとしていることは、村の誰もが知っていることだ。だから、カイトも表立って私たちに害意を向けることはできなかった。


 私たちの計画は、昨夜話し合った通りの筋書きで進んでいた。これには、ある理由があったが、それはもう少し後に明らかになる。


読んでくださってありがとうございます。

少しでも面白いと思われたら、★の応援よろしくお願いします。


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