42 エルド村へ
「……私たち姉妹は、エルフの一族の血を受け継いでいます。長い年月の中で、人間との結婚を重ねて、エルフの血は薄まっていますが、一族の誇りは失っていません。純粋なエルフの一族は、ラビンによって全員殺されましたが、ハーフエルフの方が三名残っておられます。私たちは、その方々をお守りするため、あえて、部隊に入り、その方たちに危害が及ばないよう手を尽くしているのです」
ラミアは話し終えると、妹と抱き合って涙を流した。
「なるほどね。じゃあ、こいつらを村に連れて帰ったら、君たちは、その、なんだっけ……」
「ラビンです」
「そう、そのチャビンとかいう阿呆にひどい目に合わされるじゃないか。こいつらは、このまま、土の中に埋めたほうがいいんじゃないか?」
俺の言葉に、ラミアは小さく首を振ってこう言った。
「私たちは覚悟を決めています。機会があったら立ち上がろうと皆で話し合っていましたから。この者たちには、それ相応の罰を受けさせるつもりです。もちろん、ラビンを倒せたらという話ですが……私たちが立ち上がったら、村の人たちの多くが一緒に戦ってくれるはずです。皆で力を合わせれば……」
「ふむ……厳しいことを言うけど、それは無理だろうね。そのチャビンとかいうやつが持っているのは、おそらく魔道具だ。誰が作ったのかは分からないが、かなり高度な技術と魔法が使われている。魔法が使えるエルフたちが勝てないのだったら、まず、君たちには勝てないよ」
俺は、ナビからその鎧騎士のガーディアンについての推測を聞いたうえで、そう言った。
「でも、たとえそうでも、私たちは戦わねばならないのです」
姉妹は、しっかりと覚悟の決まった目で、きっぱりとそう言った。
「よし、分かった。君たちが本気でやるつもりなら、力を貸そう」
俺の言葉に、姉妹たちは、微かに抱いていた希望がかなった喜びに、小さな歓声を上げて頭を下げた。
「ありがとうございます。なんとお礼を言えばいいか」
「いや、礼はいらないよ。俺も勝てるという保証はない。だから、無理だと判断したら、俺はさっさと手を引いて消える。それでもいいか?」
俺の言葉にラミアは頷いて言った。
「はい、構いません。もともと、私たちだけでやろうとしていた計画です」
俺は頷くと、ポピィに目を向けた。
「ポピィ、そういうことだ。今から、この人たちの村へ行く」
「分かりました。出発の準備をするです」
姉妹は驚いて、俺に言った。
「えっ、今から……でも夜は危険です。強力な魔物はいませんが、地上にはいろいろな種類のスライムが蠢いています。そのため、我々は木の上を移動します」
「ああ、それなら心配しなくていい。俺とポピィは体の周囲にシールドを張っているから、攻撃は防御できる。君たちは、木の上を行けばいい」
俺の答えに、もう姉妹は呆れるばかりだ。
「分かりました。私たちも地上を歩きます。では、バンズたちを起こしてください」
「いや、それも大丈夫。こうすればいいので……」
俺はそう言うと、四人の男たちを次々にストレージの中へ放り込んでいった。
「えええっ!……」
はい、今日一番の驚きの叫び、いただきました。
「ど、どこに消えたのですか、かの者たちは?」
「これは、空間魔法といって、ある大きさの別空間を作って、そこにいろいろ収納できるようにする魔法なんだ」
「く、空間魔法……聞いたこともない魔法だわ」
「あ、あなたは、いったい、何者なの?」
俺は、焚火の火に水魔法で水を掛けながら笑って答えた。
「ただの魔法好きの人間の少年だよ。あはは……」
♢♢♢
月の光だけが差し込む暗い森の中を、俺たちは無言で進んでいた。
ラミアとエステアの姉妹も、エルフの血を引いているためか、魔法の才があり、ラミアは光の治癒魔法、エステアは風魔法のウィンドカッターとウィンドボムが使えるらしい。当然、魔力感知もできるということだったので、俺たちは松明なしで、全員魔力感知だけで進んでいったのである。
ラミアが言った通り、確かに森の中はスライムの楽園だった。捕食者がいないせいだろう。普通のスライムより大きく、種類も多かった。中には危険なスライムもいた。例えば、ポイズンスライムやアシッドスライムなど、毒や酸の液を吐くもの、名前は分からないが、木と木の間に蜘蛛の巣のように網状の体を広げて、虫や小鳥などを捕食するもの(俺は、アメーバスライムと命名した)などだ。
「もうすぐ、第二部隊の偵察範囲に入ります。すみませんが、体を軽く縛らせてもらいます」
歩き始めて約一時間が経過しようとしていた。ラミアとエステアは、そう言って、俺たちの体を、ロープで緩めに縛った。そのロープは俺が故郷から持ってきたものだ。
それから、また二十分ほど歩いた時だった。ふいに魔力感知に複数の動く何かが掛かったが、次の瞬間、それは目の前に飛び降りてきた。三人の男たちだった。
「ラミアとエステアか。その子たちは?」
「ジョアン、見回りご苦労様。この子たちは旅の途中で、この森に迷い込んだらしい。一応村に連れていく」
「そうか、分かった。ときに、バンズ隊長たちは見なかったか?侵入者の合図があって出ていったが、まだ村に帰ってきていないのだ」
ラミアの顔に緊張が走ったが、暗がりで表情の変化がよく見えなかったのは幸いだった。
「ああ、他にも侵入者の一団がいてな、野営を始めたので、隊長たちはそいつらの監視をするということだ」
「そうか、分かった。じゃあ、気を付けて帰れよ」
ジョアンと呼ばれたこの男は、おそらく、ラミアに少なからぬ好意を抱いている様子が、言葉の端々や声色から感じ取れた。
男たちが再び木の上に跳び上がって、風のように消えていった後、俺たちは全員小さなため息を吐いた。
「うまくいきましたね。今のジョアンは、いざとなったら私たちの味方になってくれると思います。では、行きましょう。村はもうすぐです」
ラミアはもうすぐと言ったが、実際には、そこからさらに十数分歩かねばならなかった。
今、俺たちの目の前には、三十メートルは優に超えていると思われる垂直に近い崖が、黒々と聳え立っていた。(実はその付近が、崖が一番低い場所だったらしい)
「こっちです」
ラミアはそう言って、何か特別な目印があるらしい地点まで移動した。その理由は後で分かったのだが……。
彼女は、そこまで行くと、上を見上げてピューツと指笛を鳴らした。すると、すぐに崖の上から二本のロープが落ちてきたのである。