41 エルド村の話
本日二話目、連続投稿です。
ガキンッ、と再び防御シールドと金属が激しくぶつかる音がして、俺は男たちを避けて地面に着地した。一方、ポピィは予定通り、一人の男の首元を踏みつけて地面に倒すと、そいつの後頭部をナイフの柄で殴りつけ、気絶させた。
「へえ、仲間をおとりにして、背後から攻撃するとは、なかなか卑怯なことするね」
俺は男の方を振り返りながら言った。
「き、貴様、何者だ。目に見えない壁を身にまとうなど、とうてい普通の人間ではないな」
男はかなり動揺しているようだったが、二人の男たちが俺に向かおうとするのを手で制して、冷静さを見せながらそう言った。
「まあ、普通じゃないことは認めるよ。でも、そういうあんたらは、どうだい?大の大人の男が四人がかりで子どもを殺そうとしたじゃないか。それがあんたらの常識なのか?」
「神聖な森と村を守るためだ。勝手に入って来た自分たちの罪を悔やむんだな」
男の言葉に、俺のタガは外れた。
「そうか、分かった。掟に縛られて、何よりも大切な人の命を簡単に奪うような奴らに、生きている資格はない。覚悟はいいか?」
俺の言葉が終わらないうちに、そいつは近くの男に何かつぶやいたように見えた。そして、俺が言い終わると、急におびえたような表情になって口を開いた。
「ま、待て、そんな見えない壁に守られているのは、卑怯じゃないか?その壁を外して、正々堂々と俺と一対一で勝負しようじゃないか」
男が、言い終わるか終わらないその刹那に、二人の男が〈加速〉を使ってポピィに向かって突進した。不意を突かれたポピィは、あわや男たちの手に捕まるかと思われた。
だが、次の瞬間、男たちはポピィの体を掴んだまま、ずるずると地面に倒れこんでしまったのである。
「ふう、危なかったです。〈睡眠〉が役に立ったですよ、トーマ様」
ポピィはため息を吐きながらそう言った。まあ、たとえ〈睡眠〉が効かなくても、彼女が簡単に捕まることはなかっただろうが……。
「はっ、な、なぜだ?……ま、待て、悪かった、今度こそ、せ、正々堂々と……」
俺は思わず失笑しながら、メイスを構えて男に近づいていった。
「あんたさぁ、俺以上に腐ってるな。どうして、そうなった?」
男は焦ったように目をきょろきょろと泳がせていたが、いきなり、〈跳躍〉のスキルを発動して背後に逃走し始めた。
(まあ、逃げるならしかたがない。殺す価値もないし、追うだけ面倒だ)
俺が、そう思ってあきらめた直後だった。
「グワッ!」
男は叫び声をあげて地面に落ちてきたのである。
驚いて、男が落ちた森の薄暗闇の方を見ていると、あの少女と、もう一人少女によく似た少し年上の少女が、二人で男を引きずりながら現れたのだった。
男は、肩に近い胸の部分と腿に一本ずつ矢を刺されて、苦痛の声を上げていたが、まだ生きていた。
少女たちは、男を他の倒れた三人の男のそばに放り出すと、腰に携帯していた麻縄のロープで、男たちの手足をひとまとめにして縛り上げた。
それが済むと、二人は俺たちの前に来て、並んで跪いた。
「この者たちの非道、代わりに私たちが謝罪いたします。もし、許せないというなら、どうかこの者たちと私の命を奪ってくださって構いません。ただ、この妹のエステアだけは、どうかお許しください。この子は、あなたたちを助けようとここに来たのです……」
「姉さん、やめて。姉さんが死ぬなら、私も死ぬ」
二人の姉妹が言い争いを始めたので、俺は手で二人を制しながら、言った。
「もう、いいよ……こんな奴ら、殺す価値もない。でも、君たちもこいつらの仲間なんだろう?考え方や価値観は同じじゃないのか?」
二人は、俺の言葉に顔を見合わせたが、小さく頷き合ってから、姉の方が口を開いた。
「それについては、少しお話ししたいことがあります」
「うがああっ…くそがああっ!おい、レミア、エステア、貴様ら、こんな真似をしてただで済むと思うなよ。村に帰ったら、ラビル様にお願いして……」
リーダーの男が、苦痛に呻きながら喚き始めた。
「うるさいなあ、その汚い口を開くなよ。ポピィ、こいつも眠らせてくれ」
俺はそう吐き捨てると、ポピィに頼んで、そいつを眠らせてもらった。
「了解です」
ポピィは頷きながらも、そいつを汚物を見るような嫌そうな目で見ながら近づいていった。
「そ、そんなものが効くかっ!」
そいつは、強がってそう言うと目をつぶった。
「いいんですか?ほら、避けないと、ナイフが喉の上に落ちますよ」
「ひっ、やめ……」
恐怖で一瞬目を開いたのが最後だった。そいつは、ことりと眠りに落ちた。
(まずいな……純真なポピィが、俺に毒されている。どうしよう……)
『それは仕方のないことです。今後、マスターが純真な少年になるなら別ですが……』
いや、それは無理です。だって、中身は汚れ切ったアラフォーのおっさんだもの……。
♢♢♢
夜の帳が深い森を覆い、ときおり静寂を破って聞こえてくるのは、夜行性の鳥や獣の声だった。
俺たちは、焚火を囲んで座り、ポピィが淹れてくれた食後のハーブティーを飲んでいた。そこまでの間に、レミアとエステアの姉妹は、自分たちの村、エルド村のことを話してくれた。その概要は、こんなものだった。
*********
エルド村は、噂の通り、今から約三百年前にこの大陸に流れ着いた人間たちによって作られた村だという。その人たちは、どこかの国の戦乱から逃れた兵士や一般民だったらしい。彼らは苦労の末、今、村がある台地にたどり着き、ようやく貧しくも平和な暮らしを手に入れたのだ。
それから月日は流れ、村は大きくなり、人口も増えた。さらには、もともとこの辺りの森に時折訪れていた、エルフたちが、村を見つけ、村人たちと交易を中心に交流を始め、やがて、この村に住み着くエルフたちもいた。また、獣人の中にも、村に移住してくる者たちがいたらしい。
こうして、村が大きくなると、村をまとめ、もめごとや悩みを解決する村長、あるいは指導者が必要になった。そこで、村人たちは話し合い、とあるエルフの一族に、その役目をお願いすることにした。というのも、エルフはご存じの如く長命であり、村の歴史に詳しいこと、そして、魔法に精通し、病気やケガの治療から、魔物討伐まで、村の生命線を守ってくれる存在でもあったからである。
そのエルフの一族の長は、村人たちの願いを聞き入れ、それ以来、そのエルフの一族が
代々村長兼村の守り神として、二百年余り平和に村を治めてきた。
ところが、今から二十二年前、突如として村に異変が起こった。それは、村の平凡な牧童だったラビルという若者が起こしたものだった。
ある日、ラビルは、どこから手に入れたのか、大きな宝石をはめ込んだ首飾りを着けて、村の広場で叫んだ。
「今日から、この村は俺が支配する。逆らう者は、皆殺しだ」
当然、村人たちは反発し、当時の村長であったエルフも彼の暴挙を諫め、止めようとした。ところが、彼の首飾りから、突然、全身を鎧で覆った騎士が現れ、村長や何人かの村の男たちを剣で切り殺したのである。これを見た村人たちは恐怖に襲われ、もう彼に逆らう気持ちを失った。それでも、エルフの一族の者たちは、魔法を駆使して、その鎧騎士を打ち倒そうとしたが、逆に返り討ちに遭い、ことごとく殺されてしまった。
それ以来、村はラビルの支配下に置かれ、現在に至るという。彼は、自分に忠実な者たちで私兵部隊を作り、常に反乱の芽を摘み取っているという。
*********
「……そこで眠っているバンズは、ラビルの右腕で、部隊の隊長です。私と妹も、その部隊に入っているのですが、それには理由があるのです……」
ラミアは苦悶に満ちた表情でそう言うと、理由を語り始めた。
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