40 ある村の噂 2
「おい、言葉は分かるか?ああ、逃げようとしても無駄だ、お前の体をガード障壁で囲んでいるからな。言葉が分かるなら、返事をしろ」
俺とポピィは木の陰から出て、そいつの側に近づいていった。
「わ、分かる。私をどうするつもりだ?」
そいつは、何とか障壁を破ろうと無駄なあがきをしながら、おびえた表情で答えた。
「それは、お前の返答次第だな。なぜ、俺たちを監視していたんだ?」
そいつは、ようやく障壁を破るのは不可能だと悟って、おとなしくなった。ポピィが言ったように、金髪を編み込んで後ろに束ね、植物の繊維で編んだような目の粗い上着にレザーアーマー、毛皮のひざ丈のパンツ、毛皮のショートブーツ、武器はショートボウといういでたちの、まだ見た目は十四、五歳くらいの若い少女だった。
何より、俺が一番気になった彼女の特徴は、耳の先が尖っていて、普通の人間よりやや長い点だった。
(エルフ?いや、サーナさんやエルシアさんの耳に比べると短いな。じゃあ、ハーフか、あるいはエルフの血が混じった人間か?)
俺がそんなことを考えていると、少女は顔を上げて正面から俺を見つめた。
「ここは、我らの神聖な森、勝手に入ってきた者は、撃退するのが村の掟だ」
そいつは、明るいとび色の目で睨みながらそう言った。
「村?もしかして、その村は、この先の台地の上にある村か?」
その少女は、驚いたような表情になって俺を見ながら言った。
「なぜ、村のことを知っている?」
「いや、噂に聞いただけだ。その村には、人族がかつて住んでいたと。見て分かると思うが、俺たちは人族だ。こっちのポピィは人族とノームの混血だがな。だから、もし、人族がまだいるなら、会ってみたいと思って、ここまで来たんだ」
俺の答えに、その少女はうつむいて、何か考えているようだったが、はっとしたように顔を上げた。
「私の仲間が近づいている。命が惜しかったらここを離れろ、見逃してやる」
(いや、見逃してやるって、今、捕まっているのはあんたの方なんですけど)
俺は心の中で突っ込みを入れながら、そいつに言った。
「まあ、そいつらより、俺たちの方が強いけどな。だが、争いごとはしたくないし、面倒だから、消えてやるよ。ただし、覚えておけよ。俺たちはこの先で野営している。もし、危害を加えるようだったら、容赦はしない、いいな?」
俺はそう言うと、そいつの体を覆っていた障壁を解除してから、ポピィに合図して、〈加速〉を使って風のように走り去った。
♢♢♢
《第三者視点》
俺たちが去ってから間もなく、少女がいる場所へ、五人の男女が音もなく木の上から飛び降りてきた。彼らも少女と同じ特徴的な耳の形をしていた。
「エステア、大丈夫?けがはない?」
「ええ、大丈夫よ、姉さん」
駆け寄ってきた若い女性にそう答えて、エステアと呼ばれた少女は立ち上がった。
「何があった、エステア?」
グループの中でリーダーらしき、年長のたくましい体の男が、少女に尋ねた。
「森に侵入してきた者たちがいたから、合図を出した後、監視していたの。そしたら、気づかれて、いきなり一人が風魔法を撃ってきて、逃げようとしたけど木を掴めなくて地面に落ちたの。でも、そいつは、何か不思議な魔法を使って、私の体が地面に落ちる前に空中で止めたのよ……」
少女の言葉に、五人の男女はお互いの顔を見合わせて、首をひねった。
「エ、エステア、あなた、やっぱり地面に落ちて頭を打ったのね?」
少女の姉だという女性が、妹の体を抱きしめてそう言った。
「ち、違う、本当なのよ。ほら、どこもケガしてないでしょう?信じてよ」
エステアは必死にそう言ったが、ほとんどの者たちは、何かの理由でエステアがウソを言っているのだと思っていた。
「まあ、いい。そいつらはどんな者たちだったのだ?これから、探し出して、捕まえるか、抵抗するなら始末するまでだ」
リーダーの男の言葉に、エステアは真剣な顔で答えた。
「二人とも、まだ、私より年下の子どもたちよ。男の子と女の子で、男の子は、自分は人族で、女の子は人族とノームの混血だと言っていたわ。それから、エルド村のことも知っていたわ。人族が住んでいるなら会ってみたいと思って来たのだと言っていた……」
そこで、エステアは少し言葉を切ると、より険しい表情になって続けた。
「バンズさん、あの子たちには手を出さない方がいいわ。恐ろしく強いのよ。自分たちに危害を加えたら、容赦はしないって言ってたわ」
それを聞いた、バンズという名のリーダーの男は眉間にしわを寄せて、冷酷な笑みを口元に浮かべながらエステアを睨みつけた。
「エステア、お前が負けたのは、お前が未熟だからだ。だが、それはまだ若いから仕方がない、許してやろう。だがな、俺に向かって指図をするなどおこがましい、そうだろう?」
「バ、バンズ、許してあげて、この子はまだショックで気が動転しているのよ、だから……」
バンズは、エステアの姉を手で制すると、続けてこう言った。
「たかが、人間の子どもに俺が後れを取るはずがなかろう?その目で、よく見ておくんだ。おい、行くぞ。まだ、遠くには行っていないはずだ、必ず探し出せ」
バンズはそう言うと、〈跳躍〉のスキルを使って木の上に飛び上がった。エステアと姉以外の三人も、彼に続いて木の上にジャンプして、そのまま木から木へと猿のように身軽に飛び移りながら消えていった。
「姉さん、あの子たちが心配だわ。私たちも行きましょう」
「大丈夫?」
エステアは頷き、姉とともに木の上に跳び上がった。
《トーマ視点》
キャンプ地に帰った俺は、ポピィと一緒に夕食の下ごしらえをしながら、絶え間なく周囲に気を配っていた。ナビにも、魔力感知をするように頼んでいた。というのも、警告はしてきたが、あの少女の仲間に血の気の多い奴がいたら、きっとここへ来るだろうと予測していたからだ。
「トーマ様、ハーブが少し足りないので、その辺りで採ってきますね」
「ああ、そうか、うん…っ!待てっ、ポピィ!……ゆっくり俺の側に来い」
俺はなるべく慌てず、静かにポピィに命じた。ポピィは不思議そうな顔だったが、言われるまま、俺の側に歩いてきた。
ガキーンッ!
突然、俺の頭の近くで高い金属音が響き、足元に矢がポトリと落ちた。
(危ないなぁ…シールド張ってなかったらケガじゃすまないところだぞ)
俺は、ポピィにシールドを掛けると、ゆっくりと背後を振り返った。ナビの探索で、背後を囲むように五人ほどの何者かがいることが分かったからである。
「あれだけ警告しておいたのに、無視していきなり殺そうとするんだね?そっちが、その気なら、死んでも文句はないよね?」
俺は大きな声でそう叫んでから、特大のウィンドカッターを三発、連続して周囲の木に向かって放った。
ズパパパンッ……次々に木が切れる音とその後にバサバサ、ドスンと木が倒れる音が、静かな森の空気を震わせて響き渡った。
そして、数秒間の静寂が戻ってきたと思った刹那、〈加速〉と思われるスキルを使って、三人の男たちが、ナイフを手に俺たちに襲い掛かってきたのである。
だが、そんな攻撃にやられる俺たちではなかった。三人の男たちが俺たちがいたはずの場所に、ナイフを突き出したときには、すでに俺たちの姿は消えていた。
俺とポピィは空中に跳び上がり、そのまま落下の勢いで男たちを足で踏みつける予定だった。
ところが、そのとき、もう一つの影が大きく跳躍して、俺の背後から襲い掛かってきたのだった。