38 使い魔ルーシーとその後 2
「……じゃから、たまにでよい、我も一緒の旅をしてもよいか?」
俺が懸命に、ルーシーの切ない願いをどうかなえてやるか、考えていると、ルーシーがさっきの言葉に続けて、ちょっと気になることを口にした。
「あ、ああ、それは構わないが、どうやって……」
俺の返事に、ルーシーはにんまりと微笑んだ。そして、一同が思わず、あっと声を上げている間に、自分の胸に指をグニグニと差し込んで、パキッという音とともに体内の魔石の欠片を取り出したのである。
それは、親指の先ほどの大きさの、虹色に輝く美しい魔石だった。
「おお、我のコアの色も変わったのう……何とも美しい色じゃ」
ルーシーはいかにも満足げに、その魔石をしばらく空中にかざして見ていたが、やがて、それを右の手のひらに乗せ、左の手のひらをその上からかぶせた。そうやって、しばらく目をつぶっていたが、十数秒後、目と手のひらを同時に開いた。
彼女は右の手のひらに乗ったものを満足そうに見てから、俺に近づいて来た。
「主殿、これを身に着けてたもれ。そして、我の力が必要な時、これに主殿の魔力を流せば、いつでも子の魔石を通って主殿の前に出てくることができるのじゃ」
そう言って、彼女が差し出したのは、魔石がはめ込まれた腕輪だった。輪の部分は、おそらくミスリルだろう。
俺は驚きながらそれを受け取った。
(え、まじか、転移魔法じゃん……そんなことができるんだ)
「ちょっと、試していいか?」
俺は、階段を駆け上がって台座の側に立った。
(おい、ルーシー、聞こえるか?)
階段下にいたルーシーが、飛び上がって驚くのが見えた。
『な、な、なんじゃああ?あ、主殿の声か?頭の中に聞こえてきたぞ?』
(あはは……驚かせてすまなかった。実はな、テイムすると、知能の高い相手とは、こうやってテレパシーという方法で話ができるんだ)
『知らなかったぞ、そんな魔法があるとは……だが、これで、いつでも主殿と話せるな?』
(ああ。でも、これは緊急の時と、俺がお前を呼び出す時だけに使う。いいな?)
『むう、たまに話をするのはだめか?』
(まあ、たまにはいいだろう。さて、じゃあここに転移してみろ)
『了解じゃ』
ルーシーの返事とほとんど同時に、彼女の姿は、流動物のように細長くなって渦を巻きながらある一点にヒュッと吸い込まれて、消えた、と、今度は俺の目の前で、先ほどの逆再生の形で彼女が姿を現した。
「おお、そうなるのか、すげえ。気分が悪くなったりしないのか?」
「いいや、何ともないぞ、ふふふ……どんなに遠くでも、これで移動できるぞ」
ルーシーは、わざわざ台座の上に登って、腰に手を当て、フンッと顔を天井に向けた。
♢♢♢
こうして、足掛け三日に渡るダンジョン調査は終わりを迎えた。
隊長とルッドさんを送り出した第三騎士団では、三日も帰ってこない二人を心配して、ダンジョンの前の広場に全員が集まり、捜索のために突入する準備をしていたが、無事にダンジョンから出てきた隊長たちを見て、怒号のような歓喜の叫び声を上げたのだった。
ダンジョンを出る前、ゴウゼン隊長は今後のことを話す中で、俺たちにこう言った。
「街に帰ったら、このダンジョンのことと鉱山が復活したことを、代官のビストール子爵と街の者たちにも報告せねばならぬ。おそらく、お祭り騒ぎになると思うが、できれば、トーマとポピィ、そしてルーシー殿も街の者たちに顔を見せてもらえないか?このダンジョンのことを皆に周知させたいのだ」
(うわぁ、一番苦手な奴だ……なんとか逃れる方法はないかな)
「うむ、構わぬぞ」
ルーシーがにこやかに答えた。
(えっ、おい、何でお前が、主人の俺を差し置いて答えてるんだよ)
「おお、ありがたい。では、ルーシー殿のことは、どう紹介したら良いだろうか?」
「ふむ、そうじゃのう……ダンジョンの王妃ルーシー様でどうじゃ?主殿が王で、我が王妃じゃ、ちょうどよいであろう?」
(待て待て、何か、勝手に話が進んでいるんだが)
「おい、待て、王とか王妃とか言ったら、この国の人が混乱するだろう?ルーシーは、このダンジョンの守護者、俺は、そうだな、その守護者を守る守り人でいいだろう?」
俺の提案に、ルーシーはあからさまに不満そうに口を尖らせた。
「なんか、普通過ぎてつまらんのう……」
(ぐぬ、こいつ、俺の僕だという自覚はないな)
「んん……だったら、ルーシーはこのダンジョンの守り神、いや、女神でどうだ?」
「おお、神か、それはいいな。では、我は今日から、このドーラのダンジョンの女神、ルーシー様じゃ、はははは……」
♢♢♢
と、まあ、そんな疲れる展開があって、今、俺たちは何をしているかというと……周囲から湧き上がる人々の歓声の中を、幌を外した軍用の大きな馬車に乗って、大通りをゆっくり進んでいた。そう、パレードの主役を演じていたのである。
ここまでの流れを簡単に書くと、ダンジョンを出た俺たちは、広場に待機していた騎士たちの歓呼の中を、彼らとともに街へ帰っていった。
そして、駐屯所のゴウゼン隊長の専用テントで、お茶を飲みながら休んでいるところへ、知らせを受けて飛んできたドーラの街の代官(領政官)、ビストール子爵の訪問を受けた。
彼はいかにも気が弱そうな、小太りの犬の獣人で、顔の汗を拭きながら、最初から最後までひたすら、鉱山が再開できる喜びと、それを成し遂げた騎士団や俺たちに対するお礼の言葉をしゃべり続けた。そして、最後に、すぐにパレードの準備をすること、さらにそのまま王都まで行進して、王都でもパレードをしようとまで言い出したので、さすがにそれはゴウゼン騎士団長が代表して、丁寧にお断りしたのだった。
「うむ、うむ、ああ、どうも……おお、花束か、いただくのじゃ……」
パレードを一番楽しんでいたのは、ルーシーだった。満面に笑みを浮かべながら、馬車の上で立って群衆に手を振り、少女たちが差し出す花束を受け取っていた。
ビストール子爵が、「ダンジョンを攻略し鉱山を復活させた英雄たちとダンジョンを守る女神が、領政所の正面広場で挨拶をされる」という触れ込みを街中に出したために、街中の人たちが、一目見ようと通りに押し掛けたのである。
その後の広場での挨拶と、それに続く領政所ホールでの祝賀会のことは、あえて書くまい。まあ、ご想像の通り、ルーシーの独演場に近かった。ただ、意外なことに、彼女は酒があまり強くないことが分かった。
〝ダンジョンの女神〟が、いつしか〝ドーラの街の守り神〟に祭り上げられて、すっかり気分を良くし、次から次に挨拶に来る人々からワインを注がれて、それを全部飲んでいたところ、およそ八杯くらいのところで、フラフラになり、ベッドに連れていかれたのだ。
俺はワインを飲みたかったが、子どもという手前、我慢せざるを得なかった。ルーシーはよくて、なんで俺は飲んではいけないんだ、と、心の中で恨み言を言いながら、料理をやけ食いしていたら、ポピィに「太ったら、カッコ悪いです」と言われてしまった。
ともあれ、こうしてドーラの街のダンジョン攻略は、なんとか幕を閉じたのであった。
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