37 使い魔ルーシーとその後 1
七階層での展開が、あまりにも非現実的だったのは、俺自身が一番自覚している。当然、遠くから成り行きを見守っていた、ポピィと二人の獣人騎士たちにとっては、なおさら理解不能な展開だったに違いない。
「ええっと、こいつは、ダンジョンコアが変化した、いや、〝姿を変えたダンジョンコア〟と言った方が正確かな…あはは……で、名前はルーシー、一応、女の子です」
「一応、ではなく、れっきとしたレディじゃと言うておるであろう?なんなら、脱いで見せようか、主殿?」
「わ、分かったから、やめろ、すまん、謝る……ああ、ええっと、そんなわけで、ダンジョンコアをテイムしたら、こうなりました」
俺は、今、中央階段の下で、集まった三人の前で、ルーシーを紹介していた。
三人は、目をぱちくりさせて、むやみに手を動かしながら、言葉を探しているようだった。
「すまん、何が何だが、よく分からぬが、ええっと、このルーシー嬢は、あの台座の上にいたスライムのような、あれが変化したもの、と考えてよいのだな?」
ゴウゼン隊長の言葉に、ルーシーがぴくりと反応する。
「我をスライムのような下等な魔物に例えるなど、気分が悪いのう……」
「わわ、おい、やめろ。ここにいる人たちは、俺の仲間だ。威嚇するんじゃない」
俺は、慌てて彼女をたしなめた。
獣人たちが魔力を感じ取れなくて幸いだった。ルーシーの〈威圧〉は、魔力を感じられる者なら、気絶するレベルのものだったからだ。
「あ、これは、すまぬ。許せよ、人間」
「あ、うむ、いや、私の方こそすまない。他に例えるものを知らなくてな」
「ルーシーさんは、トーマ様のことを〝あるじどの〟と呼んでたですが……」
ポピィが真剣な顔でルーシーに問いかけた。
「……その、ルーシーさんはトーマ様にお仕えすることになったのですか?」
「うむ、その通りじゃ。お前はなかなか賢いようじゃな、名前は?」
ルーシーがポピィを、孫を見るような眼差しで見ながら尋ねた。
「ルーシー、この人たちを紹介しよう」
ポピィが答える前に、俺が割り込んだ。ポピィが、まずいことを言い出しそうな予感があったからだ。
「こちらはゴウゼン男爵、そちらがルッド騎士爵、王都から来られて、このダンジョンを調査しておられた」
俺はあえて過去形で言った。調査は実質終わったのだから、構わないだろう。
「ほう、バルセン王国の貴族か……先ごろより、何度かこのダンジョンに侵入しては帰っておった者たちじゃな?」
(〝バルセン王国〟、この国の名前か?そういえば、この国の正式な名前は聞いてなかったな)
「あ、いや、それについては、この通り、謝罪いたす。それにしても……」
「ええ、バルセン王国とは、また古い国名ですね。今はゴルダ王国と言います。バルセン王国は、今から約千三百年前にこの国を統一した国です。七百年前に三つの国に分裂し、滅んでいます」
二人の騎士たちは、真摯にルーシーに頭を下げた後、興味深げにそんな話をした。
「そうか、バルセンはやはり滅んだのか……」
ルーシーは感慨深げに、そして少し寂し気な顔でつぶやき、さらに続けた。
「……我の記憶には、バルセンで生き、そして死んでいった者たちの多くの記憶が刻まれておる。言葉はなるべく新しい時代のものを使っておるので、通じるじゃろう?……」
(うん、通じているけど、見かけとのギャップはすごいよ)
「……ところで、おぬしらは、ケガ人まで出しながら、なにゆえこのダンジョンに侵入したのじゃ?」
「ああ、それについては俺が答えよう……」
ルーシーの問いかけに、ゴウゼン隊長が答えようとしたが、俺はルーシーが機嫌を損なうことを恐れて、代わりに応えた。
「このダンジョンの西には、鉱山がある。この国にとっては大切な鉱山だ。その鉱山の奥に、この二、三か月前から魔物が現れて、人を襲うようになった。調べてみると、どうやらこのダンジョンとつながっているらしい、ということが分かったんだ」
「なるほど……しばし待たれよ……」
ルーシーは頷くと、少し下を向いて目をつぶった。そして、何やら手を動かし始めた。
「……うむ、確かに三階層の西の通路の先が崩れておった。そこから魔物が漏れ出しておったようじゃ……これでよし。修復したので、もう、心配ないぞ」
ルーシーの言葉に、ゴウゼン隊長もルッダさんも唖然となったが、ダンジョンそのものが言うのだから、信じざるを得なかった。
「そ、それは、ありがたい。感謝いたす」
ゴウゼン隊長の謝意に、ルーシーはニコニコしながら上機嫌だった。
「それから、この子はポピィ、俺と一緒に旅をしている仲間だ」
「おお、主殿の旅の道連れか。今後は同じ仲間じゃな、よろしく頼むぞ」
「こ、こちらこそ、よろしくなのです」
「ということは……」
ルッダさんが、何かに気づいたように言った。
「……ルーシー殿は、ここを出て、トーマたちと旅をされる、と?」
「うむ、当然じゃ」
ルーシーは、いかにも楽し気な笑顔で頷いた。
俺は頭をフル回転させて、納得している一同に向かって、こう切り出した。
「ああ、そのことだがな、ルーシー……お前の力を見込んで、ぜひお願いしたいことがあるんだ……」
「ほう、我にお願いとな?我の力を見込んで……ふふん、何でも言うてたもれ、主殿」
ルーシーの鼻は、天井に向かって少し伸びたように見えた。
♢♢♢
「実は、ダンジョンと言うのは、その街,いや、その国にとって、とても重要なものなんだ……」
俺の言葉に、ルーシーは当然だといった顔で頷く。
「……どういうことかというと、強くなりたいという若者たちが、ダンジョンに挑戦し、そこで鍛えられて、国の役に立つ人材に育つ、ということが一つ。もう一つは、ダンジョンで採れる魔石や宝物が、街の経済を潤し、ひいては、国に多くの税金が入るということだ。だから、どこの国でも、発見されたダンジョンは国が大切に管理している……」
「うむ、そうか、話は分かった。ダンジョンにとっても、多くの生き物が入ってくれて、命を落としてくれれば、多くの魂が手に入り、ダンジョンのレベルが上がるから嬉しいのう。まあ、そのために、魔物や罠や餌となる宝をあちこちに置いておくわけじゃ。だが、良いのか?ダンジョンに人を入れれば、一定の死者が出ることになるぞ?」
ルーシーの言葉に、俺はちらりとゴウゼン隊長の方を見た。彼はルッドさんと顔を見合わせて頷き合うと、俺の方を向いてゆっくりと頷いた。
「ああ、それはやむを得ないことだ。挑戦する者たちもそれを覚悟して挑むんだからな。それでだ、ルーシーにお願いしたいのは、このダンジョンをもっと楽しくして、何十年、何百年先も、若者たちが挑戦し続けられるダンジョンにしてほしいんだ……」
「ダンジョンを、楽しく……?」
ルーシーは、眉をひそめて、小さな顎に手をやった。
「うん。あんまり魔物が強すぎると、誰も挑戦できなくなる。逆に、弱すぎると、鍛えられない。どこに、どんな魔物を配置するかが、重要だ。また、お宝が少ないと、これまた人は入らなくなるし、多すぎると無駄な争いが起きてしまう。その調整を、やってくれないか?面白い仕掛けがある部屋をたくさん作って、世界中から、このダンジョンは面白い、最高だって言われるように、してみたくないか?」
俺の話を聞きながら、ルーシーの目がだんだん輝き始め、楽し気な笑みが浮かんでいた。
「最高のダンジョン、か……おお、いいな、主殿、面白そうじゃ。だが……」
ルーシーは俺に目を向け、少し寂し気な表情でこう言った。
「我は、主殿と旅もしたいのじゃ。まだ、見たことのない世界を、この目で見てみたいのじゃ……」
ルーシーの言葉は、俺の胸に響いた。俺も、できればその願いをかなえてやりたかった。しかし、ルーシーはあまりにも危険な存在だ。言い換えれば《厄災》そのものだ。彼女に悪気はなくても、ちょっとした過ちで、大災害を引き起こしかねない。
いくら、俺にテイムされたといっても、何かの拍子に、例えば、凶悪で俺より強い魔族がテイムを打ち破ってルーシーを取り込んだとしたら、もう、その時点でこの世界は終わりを迎えてしまう。
だから、可哀想だが、ルーシーには永遠にこのダンジョンの中にいてもらわなければならないのだ。
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