35 ダンジョンの最奥にいたもの 1
本日、連続投稿です。
どうぞ、お楽しみください。
次の朝(か、どうかは判然としないが)、俺たちは食事を済ませると、入念な打ち合わせをしてから、いよいよ未踏の七階層へと降りていった。
そこは、今までの階層よりさらに明るく、通路も広かった。そして、意外なことにまったく魔物が現れなかった。
ナビの推測では、やはり、このダンジョンはダンジョンとしては若く、と言っても、800年くらいは経過しているらしいが、この七階層が今のところ最下層であり、まだ、この階層は生成の途中なのではないか、ということだ。
だから、まだ、この階層にふさわしい魔物が生成されていないのだという。俺たちにとっては幸運なことだった。
「トーマ様、あれを……」
先頭を行くポピィが、通路の奥を指さしながら振り返った。
彼女が指さす先には、古代の文様が描かれた大きな扉のようなものがあった。どうやら、そこが通路の突き当りらしい。その先にも道があるのか、それともそこが最奥なのか、いずれにしても、扉を開けてみるしかない。
「んん……見たことのない文様だな。だが、見事なものだ……」
ゴウゼン隊長が、扉を見上げながら感嘆の声を上げた。
その扉は、青銅のような金属でできており、鍵穴のようなものは見当たらなかった。隊長は見たことがないと言ったが、実は、俺は見覚えがあった。例の、ジャミール遺跡の地下にあった女神像、あの像の台座に同じような文様が彫られていたのだ。が、あえて、それは言わないでおいた。
「みんなで押してみましょう。鍵穴もないし、取っ手もないので、たぶん押して開けるんだと思います」
「だが、いきなり、魔物が襲ってきたら……」
ルッドさんは、意外と怖がりだった。
「大丈夫です。僕の経験では、強い敵ほど余裕をもって訪問者を迎えるものです」
俺の言葉に、ルッドさんはいっそう恐ろしくなったようで、引きつった笑顔を浮かべた。
ともあれ、扉を開かないことには前には進めない。俺たちは、扉の両側に分かれて、掛け声とともに一斉に扉を押した。と、きしんだ金属音を響かせて、意外にすんなりと扉は開いた。
そこで見たものは……。俺は、このダンジョンに入って一番の得体の知れない恐怖を感じた。
そこは、このダンジョンが生まれた頃の、どこかの国の祭祀場を模したのだろう。広さはテニスコート一面よりやや広いくらいで、天井の高さは五メートルほど、大理石のような石の素材で作られていた。中央には階段があり、その両脇には、人間らしきものをかたどったオブジェが並んでいる。そして、階段を上った先は台座になっており、その台座の上に、《そいつ》はいた。
♢♢♢
「ん?なんだ、あれは。スライムか?」
「ええ、どうやら、新種のようですね」
(い、いやいや、お二人さん、あれはそんな生易しいものではありませんよ)
おれは、《そいつ》が発する膨大な魔力と禍々(まがまが)しい雰囲気に、吐き気を催していた。
「ト、トーマ様、わたし、怖いです」
ポピィも、魔力の強さと何とも表現できない嫌悪感に顔をしかめながら、俺の腕にしがみついてきた。
《そいつ》は、台座の上でブヨブヨと動いていた。そして、絶え間なく色を変えていた。肌色になったり、紫になったり、金属のような鈍色になったり……そして、一番不気味だったのが、そいつの表面全体に、様々な〝顔〟が、浮き出ては消えていくことだった。男女の人間らしき顔、様々な魔物の顔、ドラゴンの顔、そして、何かよく分からない不気味な顔……それらが、あちこちに浮かび上がっては、別のものへと変わっていく。
『あれは、特殊な《ホムンクルス》だと思われます……』
(ホ、ホムンクルス!?)
『はい……この世界の生き物はすべて魔素を基本にして生まれます。人間などの生物は、卵子と精子の結合から始まり、細胞分裂によって成長していきますが、その成長に必要な栄養素は魔素以外にも多岐にわたります。しかし、魔物は違います。魔物は核となる魔石の持つ思念の設計図によって、魔素だけで肉体が形作られていくのです。ホムンクルスは、その形成の途中の状態、例えるなら、魔物の卵です……』
(そうか……じゃあ、あいつは今、どんな魔物になるか迷っている状態ってことか?)
『はい、その通りです。ただ、普通のホムンクルスと違うのは、あのものが内包する魔石が、このダンジョンの《コア》だということです』
(なるほど、分かった。ただ、もう一つ、お前の説明で引っ掛かったのは、〝魔石が持つ思念の設計図〟という所だ。ということは、魔石って〝意志を持ち、考える〟力を持っている、ということなのか?)
『はい、その通りです。魔法を使えるマスターなら、想像するのがたやすいと思いますが、魔素は魔法の素材であり、使う者のイメージや意思を記憶するマイクロチップのような存在でもあります。魔力はそれを形にするためのエネルギーです。魔石は、つまり思念や記憶の塊でもあるのです』
聞けば聞くほど、この世界は魔素(前世では、謎の物質ダークマターと呼ばれていたっけ)によって成り立っている世界だと、思い知らされる。
♢♢♢
「……マ…―マ、トーマ、おい、大丈夫か?」
俺がナビと話している間、ぼーっとしていたので、皆、心配そうにこちらを見ていた。
「あ、ああ、大丈夫です。ええっと、初めに言っておきますが、あれはスライムではありません。怖がらせるつもりではありませんが、あれは、とんでもない化け物です」
俺の言葉に、三人は瞬時に青ざめる。俺が化け物と言うからには、本当にとんでもない〝何か〟だと理解したからだ。
「ただ、幸いなことに、あれは、そのとんでもない化け物に生まれ変わる前の状態、つまり卵の状態だということです」
「おお、では、今のうちにあれを倒せば良いのだな?」
ゴウゼン隊長の言葉に、俺はゆっくりと首を振った。
「恐らく、普通の方法であれを消滅させることは、不可能です。あいつの体の中心には、このダンジョンの《コア》があります……」
「コ、コア!つ、つまり、あいつがこのダンジョンを創ったというのか?」
「はい……ですから、《コア》は自分を守るための、あらゆる防衛手段をあれに施していると考えられます」
隊長たちは、がっくりと肩を落として落胆の表情を浮かべた。
「では、打つ手はもはや無いのか?」
俺は、小さく頷いた。
「はい。ただ、一つ試してみたいことがあります。それでダメだったら……あきらめて、帰りましょう。このダンジョンの攻略は、何年後か、何百年後か分かりませんが、未来の勇者、英雄に託すしかありません」
二人の獣人騎士は、無念そうに唸り声をあげ、その後大きくため息を吐いた。
「ううむ……と、なると、鉱山も当然……」
「はい、廃坑にしなければならないでしょう」
俺は静かにそう答えた。
ゴウゼン男爵は、自分を納得させるかのように空中を見上げて目をつぶり、そして目を開いてこう言った。
「そうだな……残念だが、仕方がない。だが、このダンジョンの全容が判明しただけでも、大きな成果だ。国王陛下も、きっと納得してくださるだろう」
「ええ、そうですね。トーマが言う通り、解決は未来の英雄に託しましょう」
ルッド騎士爵も頷いてそう言った。
「では、ちょっと試したいことをやりますので、皆さんは安全のため、扉の向こうで待っていてください。危険だと思った時には、俺も急いで逃げますので、すぐに扉を閉められるように準備しておいてください」
俺の言葉に三人は頷いて、口々に俺に気を付けるように言いながら離れていった。特にポピィは心配そうだったが、俺が微笑んで頷くと、涙ぐんだ目で精いっぱい微笑みながら、頷き返した。
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