32 フロアーボスの死闘
「ポピィ、ちょっといいか?」
俺は先頭を歩くポピィに近づいて、小さな声で言った。
「はいです」
ポピィは立ち止まったが、俺は歩くように促して、並んで歩き出した。
「次の蛇の魔物と戦う時、俺が魔法を発動するまでの間、そいつの動きを止めてほしいんだ。だから、その、闇魔法の〈睡眠〉で、そいつを眠らせてくれないか?」
俺の言葉に、ポピィは一瞬、迷うように目を逸らしたが、すぐに俺の方を真っすぐに見て頷いた。
「分かりました。トーマ様のお役に立てるなら、やるですっ!」
俺は一つポピィの肩をポンと叩いてから、元の位置に戻った。
それから約五分後、通路が右に折れている場所の手前で、ポピィが立ち止まった。
「この先に、大きな魔力反応があるです」
「ああ、俺も感知した。間違いない、キングバイパーだな。じゃあ、隊長、ルッドさん、さっきの打ち合わせ通りで」
「うむ、分かった。気をつけるんだぞ」
二人は頷くと、立ち止まって距離をとった。
俺はポピィと一緒に、足音を忍ばせながら、通路を右に曲がって進んだ。
(おお、おお、いるなぁ、でかい図体しやがって……ん、だが、思ったほどステータスは高くないぞ)
そいつは、全長十五メートルほど、鎌首をもたげると、高さ五メートルはある天井に楽々届くくらいの大きさだった。
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【名前】 *** Lv58
【種族】 ポイズン・バイパー
【性別】 ♂
【年齢】 800歳以上(推定)
【体力】 655
【物理力】416
【魔力】 63
【知力】 122
【敏捷性】380
【器用さ】89
【運】 75
【ギフト】***
【称号】
【スキル】
〈強化系〉身体強化Rnk10
〈攻撃系〉噛みつきRnk9 締め付けRnk10
猛毒Rnk10 威嚇Rnk8
〈防御系〉物理耐性Rnk10 魔法耐性Rnk9
毒耐性Rnk10 魔力感知Rnk9
〈その他〉
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「よし、ポピィ、ガード障壁で覆ったから、しばらくは大丈夫だと思うが、奴の攻撃はなるべくかわしながら、〈睡眠〉をかけてみてくれ」
「はい、了解です、行きますっ!」
ポピィは、ゲルベスト製のナイフを手に、勇躍、巨大毒蛇の前に飛び出していった。
俺は、ナビの助けを借りながら、蛇の巨体を覆うガード障壁の計算を始める。ただし、魔法をかけるときに動かれると、また、位置の計算をやり直さなければならない。どうか、ポピィの〈睡眠〉がかかりますようにと祈った。しかし、事はそんなに甘くはなかった。
「トーマ様、だめですっ、何度かけても弾かれてしまいます」
ポピィが、蛇の攻撃をかわしながら、泣きそうな声で叫んだ。
(ああ、そうか……ポピィの闇魔法はランク1だし、奴の魔法耐性はランク9だからな、通じないか。それなら、しかたがない)
「ポピィ、気にするな。こっちに戻って来い」
俺の声に、ポピィは悔しげな顔で、俺の側に戻って来た。
「ごめんなさいです、トーマ様」
「いや、奴の魔法耐性が上だったというだけさ。まあ、俺がやってみてだめならば、今回はあきらめよう」
ポピィは悔しそうだったが、しっかりと頷いた。
シールドで囲んでその中で焼き蛇にする、という当初の計画は実行できなくなったが、それなら真っ向から戦うまでだ。
「さあて……おい、デカブツ、余裕こいていられるのは、今だけだぞ。行くぞっ!」
俺は気合とともに、一気に魔力を放出して、そいつの顔面にウィンドボムを叩きこんだ。
ギッ、シャアアアアアアアッ!
巨大蛇が漏らす息の音が、あたりに響き渡り、猛毒の液が霧となって撒き散らされる。
俺は慌ててポピィの体をつかんで、口と鼻を袖で塞ぎながら、曲がり角まで走った。そして、ポピィをゴウゼン隊長たちの方へ押しやりながら言った。
「ポピィ、二人を連れて四階へ行ってくれ。俺が、何とか奴を止める」
「えっ、で、でも、トーマ様一人では……」
「俺は大丈夫だ、信じろ。さあ、早く、行け」
ポピィは今にも泣きそうな顔だったが、小さく頷くと、二人の騎士たちの方へ走っていった。
♢♢♢
キングバイパー(正確には、ポイズン・バイパーキングか)は、ようやく衝撃から立ち直って、しかし、まだ少しふらつきながら、ゆっくりとこちらに向かってきていた。
俺は正面から、奴の前まで歩いて近づいていった。
「おい、デカブツ、俺の魔法が強いか、お前の魔法耐性が強いか、勝負しようぜ」
俺の声に、そいつは爬虫類特有の金色の目の瞳孔をぎゅっと細くして、怒りが頂点に達した形相を見せ、大きく顎を開いた。そして、シャアアッという威嚇音とともに、頭を振りかぶって、まさに俺の体を一飲みにしようと襲い掛かろうとした途端、そいつは、そのまま頭から地面に倒れこんでしまったのだった。
ズドドーンッ、という大きな音と地響きが辺りを震わせて響き渡った。
「へへん、俺の勝ちだな」
口ではそう言ったものの、まだ俺の体は緊張と恐怖に震えていた。体全体にガード障壁は張っていたものの、嚙み砕かれる恐れはあったし、〈麻痺〉の魔法が弾かれる可能性もあった。いざという時は、奴の口の奥に、ファイヤーボムを叩きこんでやるつもりではあったが、まさに命がけの勝負だったのだ。
(ナビさんよ、珍しく警告とか、忠告とか何も言わなかったけど、俺を信じていたってことか?)
『呆れて何も言えなかっただけです』
ナビはそう答えただけだったが、だぶん、いざという時の奥の手を何か隠している、俺はそういう気がした。
ともあれ、〈麻痺〉が効くことが分かったのは僥倖だった。あとは、この巨体をどう始末するかだが……。
『最も安全な方法は、空間魔法でストレージを作り、その中で焼却することです』
(うん、そうだな。今なら動かないから、位置計算もできる。でも、それはかなり魔力を消耗するんだよなあ。あと、何匹かいるんだろう?魔力切れになりそうだよ)
『でしたら、最初の計画通り、ガード障壁で囲んで焼却しましょう。ただし、注意しないと、毒の成分が煙と一緒に空中に残る可能性がありますから、焼却後に〈キュア〉の魔法で、この辺り一帯を解毒する必要があります』
どっちも面倒くさいが、どっちの方法が、魔力の消費が少ないかを考えて、後者の方法を選択した。
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