31 ドーラの街とダンジョン 3
いよいよ俺たちは、ダンジョンの中に足を踏み入れた。
先頭に松明を持ったポピィ、続いて俺、俺の後ろに大きな盾を持ったゴウゼン隊長、しんがりが、腕利きの剣士だというルッド騎士爵だ。
「よいか、このダンジョンは、まだ6階層までしか探索が進んでおらん。というのも、6階層にメタル・ゴーレムが立ちはだかっているからだ。そいつを倒さない限り、このダンジョンの機能は止まらないのだ……」
ゴウゼン隊長は、一階層へ下りる階段の前で立ち止まり、そう言った。
「騎士団には、魔法が使える人はいないんですか?」
まだ、何か言おうとしていたゴウゼン隊長は、俺の問いに驚いたようだったが、少し視線を遠くにやってこう話し始めた。
「いる…いや、いた、と言うべきか。我々獣人族が、基本的に魔法を使えないのは、お前も知っておるだろう。だが、その男、ルベンには人族の血が流れていた。祖父が人族だったのだ。ルベンは前の戦争で、獣人側の兵士としてローダス軍と戦った。その時、人前で初めて魔法を使ったのだ。彼はたちまち英雄になった。国王から騎士爵を賜り、王都の騎士団の一つを任されるほどの出世をした……」
ゴウゼンは、そこでいったん言葉を切り、俺の方に目を向けてこう続けた。
「……実は、このダンジョンの攻略を最初に任されたのは、彼の騎士団だったのだ。だが、それは無残な結果に終わった。ルベンは確かに火属性の魔法が使えた。だが、彼の魔法はメタル・ゴーレムどころか、その前の階層のキング・バイパー(巨大な蛇の魔物)にさえ通じなかったのだ。彼の部隊は壊滅し、彼も瀕死の状態で王都に帰って来た。その後を任されたのが、わが第三騎士団というわけだ。残念ながら、わが部隊には魔法を使えるものはおらぬ」
「なるほど、そういうことが……隊長さん、ルッドさん、魔物と戦う前に、お二人に話しておきたいことがあります……」
俺の真剣な表情に、二人は無言で頷いた。
「実は、俺たちは魔法が使えます……」
「な、なんだってっ?」
「っ!まことか?」
当然、二人は驚き、疑ったが、俺はポピィを促してかぶっていたフードを外した。
「……俺は、人族で、ポピィは、人族とノームの混血なんです。今まで隠していてすみません」
二人の騎士は、あまりにも予想外の事態に混乱したが、さすがに取り乱したりはしなかった。
♢♢♢
「……そういうことだったのか。つまり、ラタント村の村長と口裏を合わせて、この鉱山の様子を見に来たと、そして、できるようであれば、手助けしようと……」
(まあ、かなり美化・脚色されていますけど、要はそういうことです、はい)
俺たちは、階段の手前の床に向かい合って座り、話をしていた。
『そろそろ〈詐欺師〉のスキルが身につきそうですね、マスター?』
(うるさいよ……結果、この街の人たちもこの国も助かるんだから、良いことだろうが)
「ああ、村長さんはどうか許してあげてください。俺が無理を言ってお願いしたのです」
二人の騎士は、ため息をついて顔を見合わせた後、期せずして同時に笑い声を上げた。
「あはは……まるで物語の舞台にいるようですね、男爵殿?」
「ふふ……まったくだ。それにしても、その年でどうやれば、あんな強さが身につくのだ?人族というのは、子どもの時から、そんなに強いのか?」
「いいえ、まあ、俺たちが特殊なだけです。話せば長くなりますが、簡単に言うと、生き残るために強くならざるを得なかったからです」
俺の言葉に、ポピィは思わず涙ぐみ、二人の騎士はただ低く唸って頷いた。
「よし、では出発しよう。トーマ、ポピィ、お前たちに期待しているぞ。だが、決して無理はするな、よいな?」
ゴウゼン隊長の言葉に、俺たちはしっかりと頷いた。
♢♢♢
俺たちは慎重にダンジョンの中を進んでいった。一階層は暗く、魔物は全く出てこなかった。
ところが、二階層の階段を下りると、途端に辺りは薄ぼんやりとした光が覆い、松明も必要でなくなった。そして、少しずつ魔物が姿を現すようになった。といっても、出てくるのはスライムやケイブバットなどで、先頭のポピィが簡単に処理していった。
「トーマ様、ここに隠し部屋があるみたいです」
そろそろ三層への階段だと、ルッドさんが言った直後、ポピィが立ち止まって、通路の右側の壁を指さした。
「おっ、そうか。隊長さん、調べてもいいですか?」
「あ、ああ、もちろんだ。だが、どうして隠し部屋があると分かったのだ?」
ゴウゼンとルッドは興味津々という顔で、ポピィのそばに歩み寄った。
「ええっと、こっちから、少し強い魔力を感じたです。壁を見たら、この辺りだけ、ぼんやり光っていたです」
ポピィの説明に、魔力が分からない獣人の二人は、ただ感心して頷くだけだった。
俺は、ウィンドボムを使って壁の一部を破壊した。初めて、実際に魔法を使う場面を目にした二人の獣人騎士は、小さな歓声を上げて喜んだ。
その隠し部屋には、三体のアーマード・スケルトンが宝箱を守っていたが、ゴウゼン隊長とルッドさん、そして俺で一体ずつ倒して始末した。スケルトンたちは、バラバラになっても動いていたが、胸の奥にある魔石を抜き取ると、魔素の霧になって消えていった。
宝箱には、きれいに輝く騎士用の盾が入っていた。俺とポピィは盾は使わないので、そのお宝は隊長に渡した。ルッドさんが少し欲しそうな様子だった。
第三層から、少し忙しくなってきた。魔物も、ゴブリンやランドウルフ、オークなどが現れるようになり、集団で襲ってくるケースが増えたからだ。
ただ、まあ、俺とポピィにとっては慣れ親しんだ相手だ。二人の獣人騎士たちの手を煩わせることもなく、次々に撃退していった。
「ううむ…見事な連携だな。まったく無駄がない……」
「ほれぼれしますね。魔法が使えると、これほどまでに効率的な戦いができるものなのか」
二人の騎士たちは、前方で繰り広げられる戦闘を眺めながら囁き合うのだった。
三階層、四階層と順調に進み、たくさんの魔石といくつかのお宝を手に入れた。それらは全部俺たちのものにしてよいとゴウゼン隊長は言ってくれたが、お宝の中には、貴重な魔道具のようなものもあったので、俺は一応帰ってから、山分けしようと提案した。
「欲がない奴だな。まあ、こちらとしてはありがたいが……」
(いやいや、いいんですよ。もっと貴重なお宝をいただく予定ですから)
いよいよ五階層に足を踏み入れた。ここには、毒の牙を持つ巨大な蛇の魔物が、数匹いるとゴウゼン隊長は教えてくれた。
「……我々も、一度はこの階を切り抜けたが、数名の犠牲を出してしまった。そして、六階層のメタル・ゴーレムの出現で完全撤退、というわけだ……」
隊長は、いかにも悔し気に、奥歯を噛みしめながら吐き捨てるようにそう言った。
(毒蛇か……前世のゲームやアニメで見たのは、たしか毒液に触れたり、蛇が吐く息を吸い込んだりしても、猛毒に侵されて死んでしまうような設定だったが、現実にもそれほどのものなのか?)
『はい、それに近いと思います。ただ、マスターは光魔法を使えますから、毒の治療は可能かと。もう一つ厄介なのは、キングクラスの蛇になると、外皮が非常に硬いことです。物理攻撃はほとんど弾かれますし、魔法攻撃も簡単なものは通りません』
(うーん、そうなると、あの方法しかないか……)
俺は作戦を決めると、ゴウゼン隊長とルッダさんに言った。
「隊長さん、ルッダさん、蛇は俺たちがなんとかやってみます。だから、そいつが現れたら、毒液や息が届かない場所で待機してください。無理だと思ったら、合図しますので、すぐに四階へ戻ってください」
二人の獣人騎士は、真剣な顔で頷いた。