30 ドーラの街とダンジョン 2
「狙うのは、首、手首、膝の裏、三か所だ。ためらったら、やられるぞ」
俺たちにしか聞こえないくらいの小さな声で、ポピィに指示を出す。
「了解です」
ポピィはいい表情で頷いた。
彼女にとっては、良い実戦経験になるだろう。攻撃が単純な魔物と違って、知能が高い敵の動きは複雑だ。まあ、やられても死ぬ心配がないので、安心して戦える。
「始めっ!」
ゴウゼンの声で、試合が始まった。
幸いなことに、彼らのヘイトは俺に集中している。生意気な野郎を痛い目に遭わせたいという共通の思いだろう。こっちとしては、願ったり叶ったりだ。
「どりゃあああっ」
隊長の指示を忘れて、一人の猪の獣人の男が大木槌を振り上げて、俺に襲い掛かって来た(いや、そんな遅い攻撃じゃ、魔物は倒せませんよね)
俺は難なく避けてから、一気に跳躍して、そいつが呆気に取られている間に、頭を軽く叩いてやった。
「ぐおおっ、痛ええぇっ」
軽く叩いたつもりだったが、そいつは頭を押さえて地面を転がり回った。
「馬鹿野郎っ、指示を忘れたか!バースン、退場だ」
ゴウゼンの声に、数人の男たちが猪の獣人に駆け寄って、そのまま引っ張っていった。
残った四人は、素早く俺たちの周囲を取り囲もうとしたが、ポピィはちゃんと心得ていた。俺が指示を出さなくても、俺からさっと離れて、男たちの囲みを抜け出し、その目にも留まらぬ動きで、男たちを翻弄し始めたのだ。
「うわっ、くそっ」
「とっつかまえてやるっ、そりゃああっ」
もともと身体能力の高さと体力が自慢の獣人たちだったので、さすがにポピィの動きにも対応できていた。
だが、相手はポピィだけではないのだ。
「ほら、周りに注意しないと」
「っ!しまっ…ぐはっ……」
ポピィを盾で押し倒そうとした狼の獣人は、俺の一撃を避けきれず、わき腹を突かれて倒れた。
「くそっ、こいつ……ぐわっ!」
ポピィの体が素早く剣の動きをかいくぐって、馬の獣人の目の前に迫り、彼は慌てて盾で防ごうとしたが、ガラ空きの剣を持った手首に短剣の一撃が決まった。ゴトンと音を立てて、剣が地面に落ちた。
残りは槍を持った犬の獣人と剣と盾を持った狼の獣人の二人になったが、ここでゴウゼンの声が響いた。
「よし、そこまでっ」
周囲の観衆から一斉に、驚きと感嘆のどよめきが起こった。
♢♢♢
「なるほど、大口を叩くだけの実力はあるようだな。だが、その程度の力じゃ、ゴブリンやウルフは倒せても、防御力が突出した相手には通じないだろう……」
山猫ゴウゼン隊長は、少し驚いた様子でそう言った。
「ええっと、そうですね、まあ、いろいろ戦い方はありますけれど……」
俺は、適当にぼかすような言い方で答えた。
そう、戦い方はいろいろあるのだ。魔法を使えば、物理的な防御力はほとんど役に立たない。それに、力だって、あんたより60くらい高いよ。だが、今は魔法が使えることを知られてはいけない。どうにかダンジョンに入られさえすればいいのだ。
「ほう、例えば?」
ゴウゼンは、何か感づいているかのようにしつこく追及してきた。
「まあ、俺たちをダンジョンに入れてくれたら分かりますよ」
俺はニコニコしながら、ポピィの肩を抱いてそう答えた。
「……ふっ、食えない小僧だな……よかろう、約束は約束だ。お前たちがダンジョンに入ることを許可しよう……」
(おお、やったね。ゲルベスト鉱石が近づいてきたぞ)
「ただし……」
山猫ゴウゼンが、喜ぶ俺たちをギロリと睨みながら、続けてこう言った。
「他国の諜報員の疑いもあるので、同行者を二名付ける。一人は、ドラン・ルッド騎士爵、もう一人は、この私、バウル・ゴウゼン男爵だ」
(うわあ、面倒くさいなあ。まあ、でも、ここの責任者としては仕方がない判断なのだろう。だが、そうなると、どこかの時点で、俺が魔法を使えること、もしくは、獣人ではなく人族であることを知られることになるだろう。まあ、その時はその時で、どうにか切り抜けるしかないな)
♢♢♢
その日、俺たちは広場の近くにあった宿屋に泊まった。ほとんど客もおらず、宿の女将さんはひどく喜んで、俺たちを特別料理でもてなしてくれた。といっても、パンを一つとスープの中の肉を増量してくれただけだったが……。
そして次の日、俺たちは朝から準備を整えて、前日約束した時間に広場に向かった。門の近くのベンチに座って、門番の視線を受けながら二十分ほど待っていると、やがて門が開いて、立派な鎧を身に着け、馬にまたがった二人の騎士が出てきた。
「待たせたな。ダンジョンの場所は、ほら、あの丘の途中に監視塔が見えるだろう、あの先にある。我々は馬で先に行って、変化がないか確認し、準備をしておく。後からゆっくり来るがいい」
「あそこですね、分かりました……」
俺はそう言うと、ポピィと目を合わせ、小さく頷き合う。
「じゃあ、先に行っておきますので、どうぞ、ごゆっくり」
「えっ?お、おい」
二人の騎士が呆気に取られている間に、俺たちは〈加速〉を使って一気に走り出した。ゴウゼンとルッドの二人は、慌てて馬に拍車をかけて俺たちの後を追いかけた。
五分ほど走ると、丘の途中の開けた場所に着いた。前方の崖に、かんぬきをはめた頑丈な鉄の扉があった。
(あれか……どうだ、ナビ、何か感じるか?)
『はい。典型的な洞窟型ダンジョンですね。まだ、できてからそれほど年月は経ってないようです。階層も……七階、いや八階層くらいでしょうか』
(へえ、やっぱり、お前の探索センサーはすごいな。でも、けっこう大きなダンジョンだな)
「トーマ様、ラマータのダンジョンに似てますね」
ポピィの言葉に、俺は妙な既視感の正体に気がついた。
「ああ、そうだな。ラマータの中級ダンジョンがこんな感じの洞窟型だったな。大きさも、ちょうどあれくらいじゃないかな」
俺たちがそんな話をしていると、馬のいななきと足音が聞こえてきた。ようやく二人の騎士様のおでましである。
「お、お前たち、いったいどんな足をしているのだ。まるで、伝説のフェンリル族の血を引いているかのようだ……ま、まさかな……」
物静かなタイプと思っていたルッド騎士爵が、驚愕と興奮が混じった声で言った。
「いいえ、そんなたいそうなものじゃありませんよ。〈加速〉のスキルを使っただけです」
俺の答えに、今度はゴウゼン隊長が驚きの声を上げた。
「〈加速〉だと?その年で、二人とも〈加速〉のスキルを身につけたというのか……」
二人の騎士は顔を見合わせて、言葉を失ったようだった。
そうか、獣人族はなまじ身体能力が高いばかりに、あえて〈加速〉のスキルを身につける必要性を感じないのだろう。そのため、〈加速〉のスキルは特別なものとして、ハードルが高くなっているのではないだろうか。
『はい、それも理由ですが、もう一つの理由として、生まれつき高い身体能力を持つ場合、どこかの能力をさらに高めようとすると、必要な経験値がより高くなるのです。つまり、生まれつきレベル10の者が12くらいに高めるためには、子ども時代の時間をほとんど費やさねばならない理屈です』
(なるほどな……じゃあ、つまり、その努力をした獣人は、恐ろしく強いってことだな)
俺は、ぜひそんな獣人に会ってみたいと思うのだった。
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