27 山越えは、楽しい? 1
「ポピィ、コウモリを頼む。うわっ!くそっ…ハリネズミ野郎は、俺が何とかするっ!」
「了解ですっ!」
今、俺たちはダラスト山の険しい山道の途中で、魔物の群れと戦っている。今夜のねぐらを探していたとき、山道から少しそれた崖の途中に、ちょうど良さそうな洞穴を見つけて近づいたのが運の尽きだった。洞穴の中から、吸血コウモリ(ケイブバット)と初めて見る固い針の毛皮に包まれたハリネズミの魔物が、大量に出てきたのだ。
コウモリの方は、まだ何とか対処できたが、ハリネズミの方が厄介だった。彼らは体を丸くして、トゲトゲボールになって飛んでくるのだ。一匹や二匹なら躱せるが、いっぺんに四方から来られると躱すのが難しい。
(くそっ、こいつらこんな何もない岩山で、何喰ってこんな大量に生息してやがるんだ?)
俺は防御壁でトゲトゲボールの攻撃を防ぎながら、メイスで一匹ずつ叩き潰していた。
『岩です』
(は、岩?……岩って栄養あるのか?いや、そもそも食えるのか?)
『マスター、もうお忘れですか?魔物の体は何によってできていますか?』
(あ、そうか、魔素か……おっと、この野郎っ!)
『そうです。魔物は魔素さえあれば生きていけます。ダンジョンで魔物が生きていけるのは、それが理由です。魔物は魔素を豊富に含んだ植物や動物を食べます。当然、岩や土を食べる魔物も存在します』
ナビのありがた~い講義を聞いているうちに、何とかあらかたのハリネズミは始末することができた。
ポピィの方を見ると、こちらもコウモリは逃げ去ったようで、あと二、三匹になったハリネズミと戦っていた。
「よし、まかせろっ!」
俺はポピィの側へ走って、メイスをバット代わりに、ハリネズミたちを次々に遠くへ打ち飛ばしていった。
「大丈夫か、ポピィ?ケガはないか?」
「はい、大丈夫ですっ。ふふ……」
ポピィはそう言って、なぜか楽し気に笑い声を上げる。
「ん?どうした?」
俺の問いに、ポピィは小さく首を振ってこう答えた。
「いえ、あの、とっても楽しいなって……こうして、トーマ様と一緒に旅をして、一緒に戦えて、とっても楽しいのです」
「お、おう、そうか……」
(いやあ、ポピィもだんだん戦闘狂になりつつあるなあ。俺の影響だろうな。まあ、でも、魔物を前に逃げ出すよりいいよな?うん、いいはずだ)
『……』
なぜか、ナビがため息を吐いたような気がした。
♢♢♢
標高が高い山岳地帯の夜は寒い。
俺は、洞穴の奥と入口を土魔法で塞ぎ、天井部分に空気穴を開ける。さらに鍋を掛けられるかまどを作り、薪を入れて火をつけた。薪は、ポピィが近くの林から大量に運んできてくれた。
かまどの周りを土魔法で掘り下げ、段差を作って座れるようにした。一夜のねぐらとしては上出来だろう。これで干し草とかあればもっと快適なんだが、贅沢は言うまい。
「トーマ様の収納魔法は本当にすごいのです。なんでも入れられて、何でも出てくるのです」
俺が、夕食用に干し魚とパン、野菜、鍋を取り出すのを見たポピィが、感嘆の声を上げた。そして、自分が料理を作ると言って、今度は自分のリュックから、調理用のナイフや塩、ハーブなどの小瓶を取り出す。
俺はポピィが料理を作っている間、少し離れたところで、ある実験をしようと考えた。
(ナビ、物を冷やす魔法陣を教えてくれ)
『了解しました。では、まず、魔法陣の説明からいたしますね』
(はい、お願いします)
『魔法陣には、主に二つの働きがあります。一つ目は、周囲の空気や物質から魔素を集めること。二つ目は魔力を増幅することです。つまり、魔法陣はマスターがお持ちのイメージとしては、コンセントと電流の増幅回路が分かりやすいでしょう……』
(ほう、なるほど)
『……一番簡単な魔法陣は、六芒星です。ただ、これは魔素の吸引率が低いし、魔力の増幅力も小さいので、ろうそくほどの炎を灯すのが精一杯です。そこで、もっと効率を高めるために、様々な模様、つまり回路が作られました。例えば、こんなものです……』
ナビがそう言った直後、俺の脳裏に白く光る複雑な魔法陣の映像が浮かび上がった。基本的には、円の内部に幾何学模様がびっしりと描かれたもので、それが三つ、三角形の形で線で結ばれたものや半分ほど重なり合ったものなど、多種多様だ。
(うわあ、頭が痛くなる……)
『……さらに、魔法陣に言葉を書き加えることで、魔力を瞬時に、より強く増幅させることが可能だという事実が発見され、魔法陣の研究は大きく発展しました。ただし、これはあくまで魔法を自在に操れない人間のために作られたもの、マスターのような魔法使いには、全く必要のないものです』
(い、いや、ほめてくれるのは嬉しいけどさ、魔法陣を使った道具とか、作ってみたいじゃん。水を入れておくと、冷たい水がいつでも飲める水筒とかさ……)
『なるほど。でしたら、一番簡単な円の中に六芒星の魔法陣を描いて、その中心に何語でもいいので、〈氷〉という意味の言葉を書いてみてください』
(おう、分かった)
俺は薪の束から細い枝を折り取って、地面にまず円を描き、その中に六芒星を描いた。そして、その真ん中に漢字で〈氷〉と書いた。
「トーマ様、何をしてるんです?」
スープの仕込みを終えたポピィが、何だろうという顔で近づいてきた。
「ポピィ、今から変なことが起きるかもしれないが、驚かないでくれ」
「あ、はいです。驚くのにはもう慣れたですよ、ふふふ……」
「あ、ああ、そうか」
俺は、横に座ったポピィに少しどぎまぎしながら、地面に目を戻した。
(ナビ、できたぞ。ここからどうするんだ?)
『はい。それでは、その上に小さなもので構いませんから、魔石を一つ置いてください』
俺はストレージから、ゴブリンの魔石を取り出して、氷の文字の上に置いた。
『では、氷をイメージしながら、魔石に氷を固定するつもりで六芒星に魔力を流してください』
俺は、魔法陣の端に指を触れてから目をつぶった。そして、魔石がつららになるイメージを思い浮かべながら、指先に魔力を流した。
「わっ、じ、地面の模様から光が……」
ポピィの叫びに、目を開けてみると、俺が描いた魔法陣が青白い光を放ち、中心の魔石から白い湯気のようなものが立ち上り始めていた。
湯気だと思ったものは、魔石から立ち上る冷気だった。魔法陣の光は、すぐに消えたが、冷気はずっと立ち上り続けた。