26 鉱石探しとダンジョンの旅へ 2
「村長さん、この村では夜に明かりを灯すには、どんなものを使っていますか?」
俺が突然話の方向を変えたので、村長もラントさんも戸惑ったように顔を見合わせた。
「ええっと、明かりかね?どの家でも魔石ランプを使っておるが……」
やはり、そうか。人間の国と同じだ。
この世界では、電気はまだ発見されていない。その代わり、明かりや調理用のコンロ、そして、水道には魔石が使われている。原理はごく簡単だ。例えばランプの場合、油やアルコールを入れる容器の部分の底に光魔法の魔法陣が描かれていて、その上に砕いた魔石を置く。そして、スイッチの代わりの導線部に手を触れて魔力を流せばよいのだ。すると魔法陣が発動し、魔石に含まれる魔素が燃料となって、魔石がなくなるまで光を放ち続けるというわけだ。一時的に消す場合は、魔法陣と魔石の間に、仕切りを差し込めばよい。
これと同じ方法で、家庭や店で使うコンロやオーブンには、火の魔法陣と魔石、水道には水の魔法陣と魔石が使われている。魔物を狩って魔石を取る冒険者の生活が成り立っているゆえんである。
商品に魔法陣を描くのは、《錬金術師》の仕事だ。だから、どこの街にも一人は必ず錬金術師がいることが多いし、彼らは国の認可を受けた高給取りの公務員でもある。
不思議なのは、これだけ魔法が生活の一部になっているのに、魔法を使える人間は少ないということだ。これは、実は錬金術師の罪でもあり、歴史的に、国の権力者たちが魔法使いを恐れて、魔法の研究を抑圧してきたからでもある。まあ、この話はまた別の機会にするとしよう。
「そうですか、じゃあ、物を冷やす道具とかはありませんか?」
「「物を冷やす道具!」」
オルグさんとラントさんが、同時に驚いて叫んだ。
「ちょいと、村長さんもラントさんも、大きな声は出さないでくださいな」
すかさず女将さんからの小言が飛んでくる。
「あ、いや、すまん、気を付けるよ」
「物を冷やす道具なんて、見たことも、聞いたこともねえぞ」
「やはり、そうですか。もし、あるなら果物を一週間どころか、何か月だって腐らせず保存できるんですが……それなら、もう一つの方法として、果物を使った加工品を作るのはどうでしょうか?」
「「かこ、うぐっ……」」
二人は、また声を上げようとして慌てて口を押さえた。
「か、加工品とは、例えば〈干しペルル(プラムに似た果実)〉のようなものかね?」
オルグさんの問いに、俺は頷いて言った。
「はい、そうです。後で、人間の国で使われている方法をいくつかメモしてお渡ししますから、試してみてください」
「なるほどのう、それは盲点だったわい」
「トーマ、お前ぇ、何でそんなにいろいろなこと知ってるんだ?すげえな」
ラントさんが、嬉し気に笑いながらそう言って、俺の頭を撫で回した。
(実は、物を冷やす魔法陣は作れそうな気がするんだよな。なあ、ナビさん。ナビさんが手助けしてくれたらできるんじゃないかな?)
『はい、できますよ。ただし、それを教えたら、多分、この村は大変なことになりますよ。国中から、商人や錬金術師が押し寄せるでしょうし、国そのものから取り調べを……』
(分かった、はい、すみませんでした。確かに、そうなる未来が鮮やかに目に浮かびました)
そうなんだよな。真鍮のような偶然できることもある合金と違って、魔法陣は魔法の知識がないと、決して生まれるものではないから、扱いは慎重にならざるを得ないのだ。
その日、俺は村長さんと一緒に、村の果樹園を見て回り、どの果実がどんな加工に向いているかアドバイスしたり、午後からは、実際に宿屋で調理場を借りて、リンゴやプラムを使ったジャムや焼き菓子、ジャムに蜂蜜を加えて煮詰め、型に入れて固めたキャンディなどを作った。
ジャムや焼き菓子はこの世界にもあるが、複数の果実を混ぜたり、ハーブを加えることで、
他の商品と差別化できることをアドバイスした。
一方、ポピィは、この村の猟師であるバットさんにお願いして、近隣の魔物狩りに同行させてもらった。
最初、村長さんやラントさん、それにバットさんも、ポピィが魔物と戦えるのかと疑っていたが、俺とポピィが模擬戦のデモンストレーションをやって見せると、驚きとともに認めてくれたのだ。夕方、大量のホーンラビットやボアを荷車に積んで二人が現れた時は、村人たちも大騒ぎになって、急いで男たち総出の解体作業が行われたのであった。
こうして俺たちは、それから二日ほど村に滞在してから、名残を惜しむ村の人たちに別れを告げ、また新たな旅に出発した。
♢♢♢
ポピィが楽し気に鼻歌を口ずさみながら、軽い足取りで山道を先導していく。ラタント村での経験は、彼女にとって、また一つ他人に対する信頼感を増すことができた経験だったのだろう。
「トーマ様、鉱石って、どうやって見つけるんです?」
ふいに、ポピィが振り返ってそう尋ねた。
「ああ、そうだな……説明するから、ちょっとそこで休憩しようか」
俺はそう言って、少し先にある岩場を指さした。
***********
実は、ラタント村を出る前日、俺は村長のオルグさんから興味深い話を聞いていたのだ。それは、俺がゲルベストが交易品として一番の目玉になるだろうと言ったことがきっかけだった。
宿屋の食堂で昼食を摂りながら、俺たちは話をしていた。
「ゲルベスト鉱石は、この先のダラスト山の向こう側、北の果ての鉱山街ドーラが主産地なのじゃ。ここは国が管理する鉱山でな、主に南回りの船でほとんどが王都に運ばれておる……」
そこでオルグさんは、いったん話を切った後、少し声を落としてこう続けた。
「……ところが、最近、鉱山の近くでダンジョンが見つかったらしい……」
「ダンジョン?」
俺の驚きの声に、オルグさんは手で声を落とすように指示してから、顔を近づけてこう言った。
「このことは、国が隠していることでな。お前さんには、ゲルベストがなかなか手に入らない状況であることを知っておいてもらいたいので話すのじゃ。この村からも鉱山には何人か働きに出ていてな、その中のラモンという男が、数か月前、大ケガを負って村に帰って来たのだが、その男が話してくれたことじゃ……」
村長の話によると、数か月前、新たな鉱脈を見つけるために、岩山を切り崩しているとき、
突然大きな洞窟が姿を現したらしい。数人の鉱夫が調査のために中に入ったが、数時間後、その内の二人だけが帰ってきた。しかも、二人とも瀕死の大ケガを負っていた。
彼らの話によると、洞窟の中は、明かりがなくてもぼんやりとした光があり、あちこちに階段や小部屋が存在していたという。そして、階段を二つほど降りた時、突然、狼のような魔物に襲われたのだという。二人以外はそれで亡くなったのだ。
「……そして、どうやらその洞窟は、鉱山の坑道の最深部とつながっているらしいということが、最近分かったのじゃ。というのも、坑道の奥から頻繁に魔物が現れるようになったからじゃ。そういうわけで、今、鉱山は実質閉鎖の状態でな。国からも、騎士団や兵士がかなり送り込まれているようじゃが、どうなることやら……」
***********
俺は、村長の話を簡潔にポピィに伝えてから、こう続けた。
「……ということで、つまり、俺たちでダンジョンを攻略する。そして安全な状態にしてから、鉱石をいただく。といっても、ただお礼としてわずかな鉱石をもらうわけじゃないぞ。鉱石は一つ貰えばいいんだ……」
俺の話に、ポピィは目を輝かせて何度も頷きながら聞いていた。
「そ、それをどうするんです?」
続きを聞きたがる彼女に、俺は得意げに人差し指を立てながら続けた。
「ふふん、それを使って、新たな鉱脈を探し出す」
ポピィの頭の上に?マークが立つ。まあ、無理もない。これは、俺とナビにしか理解できない内容だからな。
「まあ、今は分からなくていいよ。とりあえず、今から目の前の山を越えて、ドーラ鉱山へいく。そして、ダンジョンを攻略する。オーケー?」
「オ、オーケーの了解ですっ!」
ポピィはいかにも嬉しそうに、こぶしを突き上げて元気に答えた。
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