25 鉱石探しとダンジョンの旅へ 1
俺とポピィは、スノウの背に乗って一気に海を越え、すでにルンダ大陸の上空を飛んでいた。
(スノウ、この前下ろしてもらった、あの山の麓でいいよ)
《はーい、了解》
スノウは返事と同時に高度を下げていく。もう、あのラタント村が目視できるくらいになってきた。スノウは、前と同じ、村から少し離れた山中の小さな草原にゆっくり降り立った。
(いつもありがとうな、スノウ。あ、それから、この前、俺が街に着く前日の夜、街から五、六キロ離れた林の中で、魔人の男に会ったんだ。そいつは、アンガスという名でケガをしていた。まあ、世界樹と直接関係はないと思うけど、少し、注意をしておいてくれ)
《うん、分かったわ。そうか、じゃあ、あの時……実はね、ご主人様が来る二日前から、北の方で複数の大きな魔力が移動しているのを感じていたの。もしかすると、その男と関係があるのかもしれないわね》
(そうか……もし、今後、何か危険を感じたら、遠慮なく俺を呼びに来てくれ)
《うん、ありがとう。でも、大丈夫だよ。真竜以外なら負けることは無いと思うから》
え、スノウって、そんなに強かったの?だって、最初の時は、ワイバーンにやられて瀕死の状態だったじゃないか。
そんな俺の心の声は、どうやら漏れ出ていたらしい。スノウは、初めて怒ったような声で俺に言った。
《あの時はまだ、生命力が足りてなかったからよ、ご主人様。生命力が満ち溢れている今の私だったら、強力な光魔法で、敵をやっつけちゃうんだから》
(あ、ああ、うん、そうか、そうか…そいつはすごいな。いつか、スノウの勇姿を見てみたいものだな)
《ふふん、いいわよ。いつか、ご主人様が強い敵と戦う時、私がきっと加勢するわね》
スノウはそう言うと、俺とポピィに一回ずつ巻き付いて顔をすり寄せてから、名残惜し気に振り返りながら、パルトスの街へ帰っていった。
♢♢♢
「お、あれは……」
ラタント村の門番ガントは、そろそろ門を閉める時間かと、辺りを見回して、道の向こうから歩いてくる二人の人物の姿に思わず声を漏らした。
「おーい、トーマ、トーマじゃないか、あはは……」
「ガントさん、お久しぶりです」
俺は手を振りながら、ポピィとともに走っていった。
「よく来たな、トーマ、元気そうで何よりだ」
「はい、ガントさんもお元気そうで」
「ああ、元気だけが取り柄よ。で、そっちの可愛いお嬢ちゃんは、妹か?それにしちゃ、似てねえな……」
「あ、ええっと……」
俺は、とっさにどう言おうか迷った。そして、やはり妹ということにした方がいいと考えて、そう言おうとしたとき、気を利かせたのか、ポピィが緊張した顔でこう言ったのだ。
「え、えっと、トーマ様にお仕えしているポ、ポピィと申します。よろしくお願いします」
それを聞いたガントさんは、眉をひそめて俺を見た。
「お仕えしてる、だって?ということは……」
俺は、しまったと思い、あわてて辻褄合わせの作り話を口にした。
「あ、いや、違うんです、ガントさん。あの、ですね、ポピィのお母さんが、俺の家でお手伝いさんをしているんです。それで、ポピィも、小さい頃から一緒にお手伝いをしてくれていて、それで……」
「ああ、そういうことか、あはは……まさか、お前が奴隷の子を使っているのか、と思ってしまったぜ」
(ふう、危ない、危ない。獣人たちは差別に敏感な気がしたんだ。奴隷制度があるかどうかは、知らないけどな)
「さあ、入れ、入れ。村の皆も喜ぶぞ」
ガントさんは俺たちを門の内に入れると、日没までもうしばらく番をすると言った。
俺とポピィはガントさんに手を振ってから、宿屋に向けて歩き出した。
「ト、トーマ様、ごめんなさいです。わたし、何かいけないことを言ったようです」
そうか、ポピィとしては当たり前のことを言っただけなのに、どうして俺があわてて訂正したのか、理解できなかったのだろう。
そこで、俺は少し考えてからこう言った。
「ポピィ、獣人たちは優しいから、奴隷とか、他人をいじめることが大嫌いなんだ。だから、この国にいるときは、なるべく俺たちは対等な関係だって思われた方がいい。実際、俺はポピィを友達、いや、相棒かな、そう思っているから」
「あ、相棒……」
ポピィは小さくつぶやいてから、なぜか火のように赤くなった。
村は夕暮れを迎え、夕餉の支度なのか、あちこちの家の煙突から煙が立ち上っていた。誰もいない通りを歩いて、中央広場の近くにあるロクさんの宿屋に着いた。ドアの向こうから、食堂で語らう人たちのざわめきが聞こえてくる。
「いらっしゃ……あっ、ト、トーマ君!」
食堂で給仕をしていたレイジーさんが、驚いて声を上げたので、数人の宿泊客たちも話をやめて俺たちに注目した。
「おや、トーマちゃん、久しぶりだね、いらっしゃい」
奥に炊事場から、女将さんのレビアさんも出てきた。
「皆さん、お久しぶりです。また、二、三日ご厄介になります」
「まあ、二、三日と言わず、ずっといてくれていいんだよ。さあ、さあ、こっちにお座りな。夕食はまだなんだろう?すぐ持ってくるからね」
俺たちは、女将さんとレイジーさんに挟まれ、一番奥のテーブルに連れていかれた。
こうして、俺とポピィは宿の人たちに温かく迎えられた。おいしい夕食を食べ、部屋に備え付けの大きな木桶にお湯をもらって体を洗い、(ポピィが、部屋は一つでいいとか、俺の背中を流すとか言い出して、ひと騒ぎあったが)気持ちよく眠ることができた。
♢♢♢
翌朝、食堂で朝食を食べていると、村長のオブロンさんとガントさんが、慌てた様子でドアを開いて入ってきた。
「おお、トーマ、いたか」
「お久しぶりです、村長さん。こっちは友達のポピィです」
俺たちが立ち上がって挨拶すると、オブロンさんは一つ咳ばらいをしてから、丁寧に腕を胸に当てて頭を下げた。
「ようこそ、ラタント村へ。二人を歓迎する」
そう言った後、村長はラントさんを促して、空いている椅子に座った。
「トーマ、ベローズ村のオルグから手紙をもらってな、詳しく聞かせてもらった。お前さん、すごいことをやってのけたな」
オブロン村長に続けて、ラントさんも興奮気味に言った。
「本当だぜ。俺も、さっき村長から聞いてびっくりしたところだ」
二人が聞いた話の詳しい内容は分からないが、交易に関することであることは間違いない。
「いや、ただ、お世話になった人たちに、少しでも何かできることはないかと考えただけで、大したことはしていません。それで、この村にも、交易品になるようなもの、例えば、果物とかどうかと思って、今回はそれを聞くためにうかがいました」
俺の言葉に、村長はしっかりと頷いた。
「うむ、オルグもそんなことを書いておった。だが、一つ問題があってな……オルグが言うには、一回の交易には片道で順調にいっても四日はかかる。果物を収穫して、ベローズ村に持っていくまでに二日。つまり、取り引きまでに一週間はかかるということじゃ。そうなると、どうしても鮮度の問題が出てくる。店に並ぶころには、腐るものも出るということじゃ」
なるほど、前世の日本で育った俺は、新鮮な野菜や果物は当たり前のように考えていたが、この世界では、輸送や保存の問題が絡んできて、難しい話になるのだ。
ただ、解決案はいくつかある。可能かどうかだが、提案してみる価値はあるだろう。