24 ポピィのランクアップ
「ポピィ、鍛錬の方はどんな感じだい?」
南門を出て、近くの森を目指しながら、うきうきと歩いているポピィに尋ねた。
ポピィは急に歩く速度を落として、悲しげにうつむく。
「あまり、できてないです……月に二度のお休みの日には、ギルドの依頼を受けて、魔物を狩ったり、時々は、《虹の翼》のルードさんたちと一緒に戦闘訓練をしたりしましたが、強くなった実感は、あまりないのです」
「うむ…まあ、それは仕方がないさ。宿屋の仕事があるから、訓練する時間はなかっただろうしな。でもな、俺が見る限り、お前は確実に強くなっていると思うぞ」
ポピィは、俺の言葉に驚いて顔を上げた。
「本当です?わたし、強くなったですか?」
俺は微笑みながら頷いて言った。
「ああ。スノウを呼ぶ前に、森の中で少し模擬戦闘やってみるか?」
「はいですっ!」
ポピィは、あのお日様のような笑顔で大きく頷いた。
♢♢♢
俺のポピィに対する評価は、別に、彼女を喜ばせるためだけではなかった。歩きながら、素早く、彼女の今のステータスを確認したからだ。
【名前】 ポピィ Lv 17
【種族】 人間とノームのハーフ
【性別】 ♀
【年齢】 13
【体力】 308 【物理力】145
【魔力】 150 【知力】 288
【敏捷性】451 【器用さ】345
【運】 90
【ギフト】暗殺者
【称号】
【スキル】
〈強化系〉身体強化Rnk6 跳躍Rnk6
〈攻撃系〉投擲Rnk6 刺突Rnk5 短剣術Rak5
風魔法Rnk3 闇魔法Rnk1
〈防御系〉回避Rnk6
〈その他〉魔力察知Rnk6 隠蔽Rnk6 調理Rnk5
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一年前に比べて、レベルは1しか上がっていないが、他のステータスは軒並み上がっている。特に目立つのは、体力と敏捷性の伸びだ。スキルも順調にランクが上がっているが、特に風魔法が伸びている。逆に闇魔法は全く伸びていない。これは、彼女の思いが反映したものだろう。レベルが他の数値に比べて1しか上がっていないのも、おそらく闇魔法をまったく使わなかったからだ。
俺としては、彼女が強くなるためには、闇魔法も訓練した方が良いという考えだが、これは、彼女自身が決めることだ。彼女に任せよう。
「さあ、どこからでもいいぞ。魔法も自由に使っていい」
「分かりました……いきますっ!」
(うおっ、早っ!)
油断したわけではなかったが、敏捷性の高さに〈跳躍〉のスキルの高さが加わって、ポピィは地面を蹴った瞬間、俺の目の前まで迫っていた。
俺は何とか地面を転がって、ダガーナイフの攻撃範囲から逃れたが、ポピィは地面に着く前にウィンドカッターを放ってきた。俺は慌てて無属性魔法で防御壁を作り、それを弾き返す。
ポピィは、俺に立ち直る隙を与えず第二次攻撃の態勢に入る。《暗殺者》のギフトは伊達じゃないな。だが、俺も、やられっぱなしでいるわけにはいかない。
左手でメイスを空中に放り投げるのと同時に、右手で地面に向かってウィンドボムを放つ。右手にかなりの衝撃が走って痛かったが、予定通り俺の体は空中に舞い上がった。
俺がいた場所に突進したポピィは、あっけにとられた顔で、はっと空中に目を向けたが、すでに遅かった。
俺は空中でメイスをつかむと、そのまま落下して、メイスをピタリとポピィの頭の上で止めながら着地した。
「ま、負けました、です」
ポピィは、まだ驚きの表情だったが、すぐに悔し気にうつむいて頭を下げた。
♢♢♢
「いやあ、危なかったなぁ……あはは……すごいぞ、ポピィ、この一年で、よくこれだけ強くなったな」
「ほ、本当に、わたし、強くなったですか?」
まだ、自信なさげな彼女の茶色の巻き毛の頭を優しく撫でて頷く。
「ああ、本当だ。今のお前なら、ソロで単体のBランクの魔物なら倒せるはずだ。そんなお前に、ご褒美をあげよう」
俺はそう言うと、ストレージから一振りのナイフを取り出し、彼女に差し出した。ポピィは大きな目を見開いて、ためらいがちに両手でそれを受け取った。
銀の装飾が施された美しい赤革の鞘に、黒革のグリップを巻いた細身の柄が見えている。
ポピィは思わず感嘆の声を漏らしながら、しばらくそれを見ていたが、確認するようにもう一度俺の顔を見た。俺が頷くと、そっと鍔を止めてあるフックを外して、柄を握り、ゆっくりと鞘から引き抜いていく。
森の薄暗い光の中で、ほのかに赤い光を放つナイフの全身が現れた。
「わあ……こ、これは……」
ポピィは、思わず息を飲んでナイフを見つめた。
「それは、獣人国で採れるゲルベスタという鉱石で作られたナイフだ。今使っているダガーより、少し重いけど、切れ味は数段上だぞ。それに、魔導率が半端ない。お前がエンチャントのスキルを覚えたら、そのナイフに風の魔法をまとわせて、遠距離の敵も攻撃できるようになる」
俺の説明に、なぜかポピィは泣きそうな顔になった。
「こ、こんなすごいナイフ、わたしが使ってもいいのですか?」
(うーん…乙女心は難しいな。俺なら、ホイホイ喜んでいただくのだが……)
『私がアドバイスしてもいいですか?』
(いや、いい。俺の言葉で言う)
俺は一つ咳払いをしてから、なるべく軽い調子でこう言った。
「ああ、俺はナイフは使わないからな。それは、その、今後、お前にも守ってもらうことがあるかもしれないから、護衛の代金の前払い、とでも思ってくれればいいんだ」
俺のしどろもどろの理屈に、ポピィは今度は真剣な表情になって、しっかりと頷いた。
「分かりました。ポピィは、命を懸けてトーマ様をお守りすることを、神様に誓いますです」
「う、うん、よろしく頼む。まあ、あんまり力まなくていいからな。楽しくいこう、楽しくな…あはは……」
『うわぁ、やはり、ぐだぐだですね』
ナビが呆れたように、小さくつぶやいた。
その後、俺たちはスノウに来てもらって、獣人国までの空の旅を楽しんだのだった。